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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
四章 鏖殺人と「人間」の少女
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一話

四章の語り手:グリス王国転生局秘書官(一等職員) 宮野ユキ

「宮野さん!よ、よろしければ、お、お、俺と、付き合ってください!」


 盛大に喉をつまらせていたが、その人物は何とかその本懐を果たしたようだった。

 相手の言葉が途切れたのを待って、転生局の秘書官、宮野ユキはゆっくりと顔をあげる。


 眼前では、ユキをここに呼び出した人物が、右手をユキの方に突き出したまま、深々と頭を下げていた。

 その手は震え、膝もガクガクと揺れているが、決して言葉を撤回しようとしない態度からは、彼の強い覚悟が感じられる。


 ──気が滅入るなあ……。


 相手に気がつかれないよう、ユキは密かに嘆息する。

 転生局に入る前、研修生として各部署を回っていた頃から、この手の申し込み──要するに告白と言うやつはしばしばユキの元にやって来ていた。


 それでも、二、三年前まではまだユキも幼く、他の職員との年の差が大きかったため、告白される件数は少なかったのだが(たまたま国家理事会を訪れた、他の職員の子どもに告白されることが多かった)、ユキがこの国での成人年齢に達してからは、若い職員を中心に、呼び出されることが増えている。


 経験から言えば、呼び出しの半分くらいは、「かねがね噂の、転生局で働く少女をからかいたい」という好奇心によるもの。

 しかしもう半分は、本気でユキに惚れた、というものだ。


 ふざけて告白してくる輩に関しては、そこまで悩むことはない。

 適当にあしらってやれば良いのだから。


 だが、本気で告白してきた人に対しては、やはりユキも心苦しくなる。

 ユキには、その思いに応える気は、全く無いのだ。


「……申し訳ありません、私はあなたの思いに応えることは出来ません」


 静かに口を開くと、相手の動きがピタリと止まる。

 やがて、半泣きになった顔がユキを見つめてきた。

 確か、内務省の若手の中でも、顔立ちが整っているとのことで噂になっていた人物だが、どうやら少々気弱な性格らしい。


「理由を聞いても、良いですか?」


 絞り出すようにして、酷い顔になった相手から疑問の声が飛んでくる。

 やはりこの人物も、今までの人物たちと同様、自分を振る理由が知りたいらしい。


 だが、ユキはその言葉よりも、相手の視線の方が気になった。

 顔をあげてすぐ、ユキの足を──車椅子の前面に重ねられた両足を、不躾と言っていいほどあからさまに見つめてくる。

 その様子から、彼が考えていることを何となく察したユキは、先回りして口を開く。


「……別に、私が自分の足のことを気にして、告白を断っている訳じゃありません」


 気がつかれないようにはしたかったのだが、やはりどうしてもその回答は刺々しい口調になってしまった。

 相手の様子が、はっきりと気まずそうなそれに変わる。

 その様子を見て、ユキは今度ははっきりと嘆息した。


 自分の行動や思考を、車椅子を乗っているというだけで特定の方向に決めつけてくる人々への対応は、それなりに慣れてきたと自覚している。

 しかし、このような場所でもそれを求められるのは、さすがに気分が悪くなる。


 この青年と、ユキはろくに話したことはない。

 ただ、唯一の接点として、三ヶ月ほど前に彼の部署に書類を取りに行ったことがある。


 その程度の関係性の相手から、このような事をされるたびに、ユキは妙な気分に陥る。

 自分のアイデンティティーが、自身の性格や実績ではなく、その足だと言われているような、そんな気分に。

 我が儘だと言われるかもしれないが、お世辞にも、気持ちいいものではない。


「あ、あの、じゃあ!」


 ユキの心中を察することなく、相手からは新たな言葉が投げ掛けられる。

 正直、既にかなり精神的に疲れていたのだが、一応耳を傾けた。


「何ですか?」

「例の、転生局についての噂についてだけでも、聞かせて欲しいんだ」


 ──噂?


 突然現れた単語に見当がつかず、ユキは眉をひそめる。


 思い当たらなかったからではない。

 多すぎるからだ。

 変な話になるが、転生局については妙な噂が多いため、このように噂とだけ言われても、とても絞り込めない。




「うん、前々から言われている噂──君が、鏖殺人が囲っている愛人だって言う噂について。それについて聞いたら、諦めもつくからさ」


 そこでもう一度、ユキは相手の顔を見つめた。

 そこには、もはや数秒前までの、気弱そうな表情はなかった。


 隠そうと思っても隠しきれない、にやついた笑いを浮かべた顔だけがある。

 自分を振った相手を、せいぜい苦しめてから帰ろうとする、見苦しい男の顔が。


 その時、ユキの中で何かが切れた。










「ふーん、それで、ビンタしちゃったんだ」

「してませんよ、失礼な」

「じゃあ、何したの?」

「殴ったんです、グーで」


 わあ、とわざとらしい感嘆を口にして、鐘原が自分の座る食堂の椅子を後ろに傾ける。

 どうやら、驚きでのけぞっている、というのを表現したいらしい。


 仕事上では結構固い人──中央警士局で働く、やり手の一・五等職員なのだが、今のような休憩時間では結構砕けた姿を見せる。

 もちろん、顔馴染みのユキの前だということが大きいのだろうが。


「だけど、内務の彼、そんな感じの性格だったのね」


 アイスティーの中身をストローでカラカラと回しつつ、鐘原は感心したような感想を述べる。


「まあ、あんまり良い噂はなかったけどね。結構女癖が悪いとか、気弱な振りをして同情を誘ってるだとか」


 気弱な振り、と聞いて、ユキはあの人物が告白してきた時の表情を思い出す。

 最初は言葉を詰まらせていたし、断った時には泣きそうな表情を浮かべていた。

 だが、それ以降はだんだん態度が悪くなっていた。


 終盤のあの姿こそが地で、当初の様子は演技だったのだろうか。

 だとしたら、中々に強かな人物だ。


「……そういえば、鐘原さんに一度聞きたかったんですけど」

「ん、何々?」


 鐘原は興味を持ったようで、身を乗り出してくる。

 今年で二十七歳の彼女だが、こういった様子は初めて会った五年前の頃から何も変わっていない。

 だからこそ、少し聞いてみたくなった。


「その、嫌みとか、そういうんじゃないんですけど……鐘原さんから見て、私の顔は、その、可愛らしいですか?」


 さすがに気恥ずかしい質問だったため、どうしても声は小さくなる。

 何だか、自分がとんでもない勘違いをしている女性になった気分だ。


 ユキは、小さい頃から、自分の容姿というものをあまり誉められたことがない。

 だと言うのに、ここのところやけに告白されることが多い。

 それも、特に接点の無い相手──相手も自分の顔しか知らないだろう、という関係性の者からだ。


 相手は自分のどこに惚れたのだろう、と前々から疑問だったのだ。

 だからこそ一応、好意を抱く理由になりうる、自分の顔について、客観的な評価をされてみたい。


 そんなことを考えて、ユキはもう一度鐘原の方を見ようとする。

 だが、そこに彼女の姿はなかった。


「えっ……?」

「こっち!」


 戸惑って声をあげると、背後から鐘原の力強い声が響く。

 慌てて振り向けば、そこには腕を組んで仁王立ちする彼女の姿があった。

 いつの間にか席を立ち、ユキの背後に回り込んでいたらしい。


「自分の顔が可愛いかって?」

「えっと、その……」

「何で告白されるかって?」

「いや、あの……」

「そりゃあ、あんた」


 そこで、鐘原はユキの両頬をムニッと掴んだ。

 さらに、そこそこ大きい声で叫ぶ。



「あんたが、ここの職員の中でもずば抜けて可愛い、美少女だからだーーー!」



「いや、ちょっと、鐘原さん、声大きい……」

「ダメ、これだけは言わせてもらう!というか、絶対に言う!あんた、私とか、普通の女の子に無いものでできてるんだから!」


 その言葉とともに、彼女の手がユキの頬から、体の各所へ移動する。


「まず髪!肩を越えるくらいの黒髪ロング!そしてめっちゃ艶やか!何使ってんの?」

「いえ、石鹸で洗っているだけですよ……」


「次に肌!凄い白さ!シミ一つ無い!透けて奥が見えそう!」

「この足ですから、内勤が多いので……」

「だまらっしゃい!私だってほぼ内勤だけど、シミやら小じわが増えてるわ!さらに瞳!何か紫っぽくて凄い綺麗!何これ、宝石!?」

「生まれつきです……」


「さらに顔立ち!極上!以上!」

「へ!?」

「やかましい、私が男だったら襲ってるわ!というか、同性でもちょっとクラッとくる!」

「鐘原さん、そんなこと考えてたんですか……?」


「もっと言えば体格!最高!無骨を通り過ぎてもはやダサい一等職員の制服も、あんたが着ると何か可愛く見える!」

「気のせいでは……」


「さらに女の子の出っ張り!デカい!十八歳なのに!しかも未だに成長中!」

「ちょ、鐘原さん、食堂の人も見てる……」


 最後の諫め言は、何とか鐘原の耳に届いたらしい。

 辛うじて理性が働いたらしく、糸が外れた人形のように動きを止める。


 のそのそと鐘原が椅子に戻るのを見て、ユキはほっと一息つく。

 どうやら自分は、鐘原の中の触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。

 だが────。


「……だけど、鐘原さんだって凄い綺麗だと思いますよ。背が高いし、美人だし」

「……ユキ、私たち、昔から姉妹みたいに接してきたし、全く悪気がないことは分かってるんだけど、それやめて。今の私にかなり効く。……あんたはどうか知らないけど、他の人からすれば、あんたのアイデンティティー、足でも性格でもなく、その顔だからね。……それに引き換え、私はさー…………」


 鐘原ツバキ、二十七歳。

 平均結婚年齢二十五歳のこの国では、結構ギリギリの年齢である。

 中央警士局の激務に耐える根性が、相手を怯ませてしまうのか、結婚願望こそあれど、お見合い十連敗中。

 そこから、普段のようにお見合い相手の愚痴を吐く鐘原の姿を、ユキは苦笑いで見守った。










 そして同時に、こうも思っていた。

 彼女は、自分のアイデンティティーを顔だとした。

 告白してきたあの人物は、たぶん、足だと。


 だが、その全てが間違っている。

 恐らく────。


 ユキのアイデンティティーは。

 自分の動かない足でも。

 鐘原が誉める容姿でも。

 あるいは、性格や実績でもなく。


 彼女の秘める、恋心にある。

 それこそが、宮野ユキという人物を形作っている。


 鏖殺人に恋をしているという、唯一無二のアイデンティティーが。

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