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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
三章 鏖殺人と証言集
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ある村民の述懐 その一

 いやあ、すいませんね。

 何しろここは、辺鄙な村でしょう?

 都の新聞社の人が来るなんてのは初めてのことでね。


 ここに来るまでも、大変だったんじゃないですか?

 ええっと、確か一番早い馬車を使っても王都から二日……いや、三日だったかな?


 ……ええ、すいませんね。村の子供たちも珍しがっちゃって。

 まあ、少しきつく叱っておいたから、あいつらもしばらくはこの小屋には近づきはしないでしょう。


 この小屋ですか?ああ、そうか。都には牧場なんてないんでしたっけね。

 これはうっかりしてた。何しろ、俺は生まれてこの方この村を出たことがないもんで。


 ええとですね、俺は知っての通り本職は木こり──林業って言った方がいいのかな。そっちをやってるんですが、親の方は昔から牧場をやってましてね。

 その親が三年前にぽっくり逝ってしまって、俺が受け継いだのがこの牧場に放し飼いにしている牛たちと、この小屋なんですよ。


 小屋自体はまあ、牛がちょっとした拍子に逃げだしたりしないように見ておくだけの、見張り小屋なんですがね。

 ただまあ、糞だの餌だのを置いておくのにも役に立つんで。


 ただ、私事なんですが、ちょうどこの小屋っていうのが、俺の家──さすがにここは村の中でも辺鄙すぎるんで、もっと村の中央に近いところに家を建てているんですが──と、俺が木こりをやる時に向かう山の中間ぐらいの場所にあるんでね。

 これが俺にとっては都合が良かった。


 牧場を継いでからは山に行く時間は減らしてるんですが、そのせいか、たまに行ってみれば、体の動かし方を少し忘れてしまったのか、家に帰るまでがしんどくてしょうがない。

 そんなときは、この小屋に入ってしまって、ここで寝てしまおうって魂胆ですよ。


 ここからなら山に行くにも、ちゃんと家に帰るにも近いですしね。

 ……ええ、はい、あの子供を見つけたのも、ここに泊まっていた晩でしたね。

 だから、ここに連れてきたんですがね。


 もう、一年前ぐらいになるのかなあ……。


 いつも通りに山で仕事をして、疲れて帰ってきた時ですよ。

 どうにも足がしんどくて、早々に家まで歩くのは諦めましたね。


 もうその時にはこの小屋に食べ物やら水やらを運んでいたんで、最初からこっちで寝よう、と決めてたんです。

 そこからはまあ、いつも通りですわな。道具を片付けて、軽く飯でも食べて。


 水浴びをやったところで、気が抜けたんですかね、急に眠くなったんですよ。

 それで、少し早い気もしたんですが横になったのかな。

 ちょうど、毛布を掴んだ瞬間でした。


 正確な時間は分からないんですけどね。

 ああ、でも夏の割に空が暗かったから、夏場に日が暮れてからさらに後の時間──二十一時くらいだったのかな。


 ぐらっ、て地面が揺れたんですよ。

 ……いや、違うな。

 地面が、じゃなくて、何というか、俺が存在しているこの場所そのものが揺れたというか……。


 こう、変な言い方ですけど、俺の存在そのものが揺れている、というか。

 いやいや、地震ぐらいは俺も知ってますよ、記者さん。それとは違います。


 ……空間が揺れたんじゃないかって?

 空間って、何ですかそれ?


 まあ、都の人が言うのなら、その言い方が一番正しいのかもしれないですけどね。

 まあ、二十五年の俺の生涯で、あ、いやその時は二十四年か、とにかくその時の俺には体験したこともない、妙な揺れだったんですよ。

 正直に言えば、結構怖かったですね。


 揺れが続いた時間ですか?えーと、どうだったかな。

 何となく、結構続いていたような印象があるんですけど、ああいう怖い体験っていうのは変に長く感じるそうですしね。


 個人的に一分ぐらいはあったと思うけど、もしかしたら十秒くらいだったかもしれない。

 それだけの間、寝台の上でいたんですよ。怖かったんですね、やっぱり。


 まあ、そんなだから、揺れが収まった時はうれしかったですよ。

 やった、と思って意味もなく寝台から飛び降りたのを覚えてます。

 実際には、何も終わっちゃいなかったんですけどね。


 ええ、彼に気が付いたのはすぐですよ。

 何しろ、寝台から降りた時に踏んじゃったんだから。気が付かないわけがない。


 ただ、さすがに最初はそれが人だとは気が付きませんでしたね。子牛でも紛れ込んできたのかと思った。

 なーんか柔らかいものを踏んでるなー、とは思っていたんですよ。


 ただ、ほら、今記者さんがいるところもそうですけど、この部屋は汚いでしょう?

 正直、揺れで何か落ちてきたとしても不思議じゃないんですよ。

 

 ランタンを見つけるまではそれが何かわかりませんでしたね、はい。

 月も出ていなかったし。何も見えなくて。


 だからまあ、明かりをつけた時にはたまげましたよ。

 何しろ、この小汚い小屋のど真ん中に、男の子が倒れてたんですからね。それも、見たことがないような格好して。

 今思えば、叫ばなかったのは奇跡ですよ。


 はい、はい、そうです。

 「門」だったんですね、あの揺れは。


 後になって鏖殺人が教えてくれましたよ。

 何の因果か、ちょうど、俺が寝ようとした瞬間、この小屋の天井近くで「門」が発生したんですね。

 それも、結構大きい奴が。


 しかしまあ、「門」というのは気色悪い揺れ方をしながら現れるもんですねえ。

 記者さんが言うところの空間の揺れ、ですか。


 あれを浴び続けながら移動するんだから、異世界転生者とか言うのも大したもんですよ、ある意味。

 何で移動型の異世界転生者が、こっちの世界に来た時にはだいたい気絶しているのか、何となくわかる気がします。


 ええと、それでですね、記者さんとしては面白くないんでしょうけど、ここからは少し、俺自身は覚えてない話なんですよ。

 何しろ、気が付けば目の前に異世界転生者がいたっていうのが、俺にとっては強烈すぎたんで。


 正直、次の瞬間には殺されるって思いましたよ。

 ただ、あれですね。

 あとから聞いたんですけど、異世界転生者とか言うのは、こっちに来てもすぐには魔法とやらが使えないんですってね。

 その時の俺は知りませんでしたけど。


 そう考えたら、ほとんどただの子供なんだから、あんまり怯える必要はなかったのかもしれませんね。

 まあ、結果から言えば、ですけど。


 だけど、やはり我々みたいな一般人としては、異世界転生者と言えば佐藤トシオくらいしか知りませんから。

 ついさっきも、子どもたちへの脅し文句につかってきたばかりですよ。

 「そんな風にお客さんに迷惑なことをやっていると、佐藤トシオみたいになっちゃうぞ!」なんて。


 記者さんも、小さい頃はよく言い聞かされたでしょう?

 魔法で世界を滅ぼそうとした、異世界から来た悪魔だって。

 まあそんなだから、この小屋の真ん中に、その佐藤トシオと同郷の奴がいるって言うのは、かなり怖かったですね、はい。


 ここから先は、帰ってきた時の小屋の様子とかも見ての推測になるんですが……。

 その時の俺は多分、混乱しつつも、何とかこれを村の奴らに知らせなきゃいけないって思ったんでしょうね。

 寝間着のまま、必死になって靴紐を結んでいたのを、何となく覚えてます。


 ただ、混乱していたせいなのかどうかは分からないんですが……俺は、その異世界転生者も村の中心部まで連れて行こうとしたんですね。

 いやー、今となっては、まずここから逃げて、後で助けを呼んでからまたここに来ればよかったと思うんですけどね。


 何でそう思ったのかな?

 やっぱり、実物を見せないと信頼してもらえないかも、と無意識に思ったのかもしれませんね。分かりませんけど。


 それでまあ、混乱した俺は意外な行動力を見せるんですよ。

 記者さんも入ってくるときに見たと思いますけど、入り口のところにリヤカーが置いてあったでしょう?


 あれはまあ、牧場で使う奴なんですが、何を思ったのか、俺はあれで異世界転生者を運び込もうと思ったんですね。

 今思い返してみても、妙な判断ですよ。

 そもそも、怖がっていたはずの異世界転生者を、よく荷台に積めましたね。


 相手が気絶したままでよかったですよ。

 いくら魔法が使えなくても、途中で起きていたら逃げられているだろうし。

 案外軽いな、とか思いながら、その異世界転生者の男の子を運んだことは、辛うじて覚えています。


 そこからは、疲れていたのか本当に覚えていないんですが……。

 まあ、必死にリヤカーを引きずって、そのまま村の中心にまで来たんでしょうね。

 俺が覚えているのも、村長の家についてからですし。


 ……記者さんが聞きたいのは、きっとここからですよ。

 何しろ、あの鏖殺人が、異世界転生者の墓を作った話なんですからね。

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