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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
三章 鏖殺人と証言集
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ある看護師の証言 その二

 結局ね、その日はその患者さんを家に帰したんですよ。

 まあ、当然といえば当然だなって、そう思ったのを覚えています。


 だって、人生相談ですらない、ただの妄想語りみたいなもんですしね。医者としても正直やることはなかったんです。

 例え、その妄想の内容がどれほど本人にとって生々しくても、ね。


 だからね、帰り際、突然院長が次の診察の日取りについて質問し始めた時には、本当にびっくりしたんです。

 だってそうでしょう?


 そういった妄想に心を囚われることが病気だったとしても、うちは別にそう言ったことへの専門じゃないんですよ。

 もう一回うちに来てくれたとしても、正直できることなんてないんです。


 仮にもう一度来てもらうとしたら、専門医への紹介状を渡す時くらいですよ。

 それなのに、うちの院長はもう一度ここに来い、なんて言い出す。

 相談しに来たその方も、だいぶ不思議がっていましたよ。


 何で院長がそんなことを言い出したのか、分かったのはその日の診察が終わってからです。

 確かね、院長が突然、伝書カラスを用意してくれ、とか言い出したんですよ。


 普段カルテの整理をやっている時、別の医師の意見が聞きたい、とか言い出して伝書カラスを飛ばすことはあるんですよ。

 だけどね、診察が終わってすぐにそんなことを言い出す、というのは今までなかったんです。


 変でしょう?

 だから、私は院長に尋ねたんですよ。どうしてですかってね。

 そうしたら、院長が言ったのは、もっと変な言葉だったんです。


「俺にも分からん。だが、ある特徴を持つ患者さんが現れた時には、転生局に通報しなければならない。そういう法律がこの国にはあるんだよ」


 未だに詳しいことは教えてもらっていないんですけどね。少なくとも院長は、医師になる時にそのことを厳命されたそうなんです。

 妄想の内容を真剣に語りだすような患者さんが現れた時は、一日以内に転生局に知らせろって。

 誰とは言いませんでしたけど、あの患者さんのことだなって、すぐにわかりました。


 正直ね、最初は何かを誤魔化しているのかなって思ったんです。

 私だって、一応は看護師としての資格がありますし。


 院長には敵わないでしょうけど、最低限の医療知識は持っているつもりです。

 もちろん、感染症の患者が来た時には役所に連絡しなきゃいけないとか、事件性がある時には警士を呼んでくるとか、そういうのも含めて、です。


 ブランクがあるとは言え、普通、そういった法律ってコロコロ変わるようなものでもないでしょう?

 だから、私が見当もつかないって言うのは変なんです。

 そう……本当にその瞬間まで、転生局に差し出さなければならない患者がいるなんて、聞いたこともなかった。


 その後ですか?

 ええ、まあ、飛ばしましたよ。伝書カラス。王都に向けて。

 これで何が起こるのかなあって、ぼんやり考えてました。


 結論から言えば、凄いことになりましたけどね。

 鏖殺人が来たのは、それから一週間後です。


 さっきも言ったかもしれませんけど、その患者さんのことは印象に残ってはいても、まだ正体も何もわかっていませんでしたからね、正直な話忘れかけていたんです。

 だからね、朝出勤していたら、なぜか鏖殺人がここにいて、難しい顔をした院長と立ち話なんかしていたものだから、本当にびっくりしたんです。


 今まで直に見たことはなかったんですけどね、さすがに有名だから、姿くらいは知ってましたよ。

 だけど、その噂でしか知らない「転生者殺し」が、この待合室に佇んでいるっていうのは、今だから言えますけど、奇妙を越えて恐怖でしたよ、あなた。


 私が来た時にはね、もう院長との話は終わってて、話の内容は生憎と知らないんです。院長もなぜか教えてくれないし。

 ただ、鏖殺人が例の患者の診察に立ち会うから、と院長が告げてきたんです。


 訳が分からなかったんですけどね、続けざまに鏖殺人が口を開いたんですよ。


「ご迷惑をおかけしますが、すぐに済ませますので」


 ……こうやって私が言ってもよく伝わらないかもしれませんけど、ものすごい迫力のある話し方だったんですよ、これが。

 なんかもう、反論を許さないというか、暗に命令しているというか。


 噂でいろいろ言われている人ですけど、確かに噂されるだけはありますよ、本当に。

 なんて言うんでしょうかねえ、普段から命のやり取りをしているような人は、雰囲気からして違うのかなあ。


 そうそう、それとね、もう一つ鏖殺人が言ってきたことがありました。

 鏖殺人がその患者さんの診察に立ち会っている間、受付には人を入れないように────そういう話です。


 ええ、はい、もちろん、受付の人間もです。出来れば、待合室にも人を入れないのが望ましいと。

 要するに、診察室に例の患者さんを入れた後は、私も含めて人を外に出して、臨時休業しろって言ってきたんですね。


 ……はい、はい。多分ですけど、記者さんが仰る通りだと思います。

 万一そこで鏖殺人が戦うことになった時、巻き込まないためだったんでしょうね。


 ただね、私が怖かったのは、他のところなんですよ。

 さっきも言いましたけど、鏖殺人は「診療所に人を入れるな」じゃなくて、「受付に人を入れるな」って言ったんですよ。


 あくまで、待合室に人がいるのは「望ましくない」と。

 変じゃないですか。本当に巻き込みたくないんだったら、最初から「人を一人も入れるな」って言えばいいのに。


 私はね、鏖殺人にとって重要だったのは、受付の方だったんじゃないかって思うんです。

 さっきも言いましたけど、うちの受付は壁が薄くて、そこに人がいれば、診察室での会話は筒抜けになっちゃう。


 鏖殺人はね、どうしてもそれを避けたかったんだと思います。

 一応診察って形で呼び出しているんだから、院長が中にいるのは仕方ないとして、それ以外の人間に自分と例の患者さん────異世界転生者との会話を聞かせたくなかったんじゃないか、と。


 多分なんですけど、鏖殺人は、壁を見ただけで、そこが薄いってことが分かったんじゃないかと思います。

 うちの院長も、わざわざうちの壁は薄いなんてこと、口にはしないでしょうしね。建て替え命令なんてものが出されたら面倒ですし。


 どんな観察力をしたら、そんなことに気が付くんでしょうかねえ。

 まあ、うちの姑も、掃除を忘れていた場所を目ざとく見つけてきますし、訓練したらできるのかもしれませんけど。


 それでいよいよ、例の患者さんが来たんですよ。

 一週間前に来た、奇妙な妄想に取りつかれた患者さんがね。


 ええ、前回に院長がわざわざ決めた日取りが、その日の朝一番だったんです。

 今思えば、それも法律とやらで決まっているのかもしれませんね。

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