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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
二章 鏖殺人と兄妹の免罪符
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十三話

 嫌なことがあった時、カケルはいつも夜の散歩に赴く。

 誰にも見られることのない、暗い夜道を歩き続け、満足したところで家に帰る。


 だが、散歩はそれで終わりではない。

 自分の中の気持ちにけりをつけるために、最後にすることは──。


「いつも、手紙を書いていたんです。散歩からもどってすぐに……転生局へ宛てて」

「告発する手紙だな?君の妹の、存在を」

「はい……」


 いつからそんなことをするようになったのかは、もう忘れてしまった。

 気が付いた時には、それは気が向いた時に行う趣味と化していた。


「本当に小さい頃は、大丈夫だったんです。妹は可愛かったし、純粋に守らなきゃ、と思えました。……だけど、何度も転校を繰り返して、家に友達を呼ぶこともできなくて、学校で家族の話が出るたびにびくびくして……。そんなことを繰り返しているうちに、思っちゃうんです。どうしても」

「『妹がいなければ、こんなに苦労しなくても済んだのに』、と?」


 さすがに、鏖殺人の理解は速かった。

 もしかすると、カケルのような家庭環境の人物をこれまでに見たことがあるのかもしれない。

 カケルは少し微笑んで頷き、会話を続ける。


「間違っても、親には言えません。ランに対しても、もちろん言えません。自分でも、思っちゃいけないことだとはわかってるんです。だけど、妄想だけはやめられなかった。ランがいなくなったら、自分はどうなるんだろうって思うだけでも……」

「楽しかった、か?」

「ええ。本当に、やめられなかった」


 深夜の散歩を終え、家で密かにランの存在を告発する手紙を書く。

 やってはいけないことをやっているという背徳感は、何時だってカケルの不満を鎮めてくれた。


 手紙を書きながら、何度も思った。

 この手紙を本当に出したら、どうなるだろう、と。


 ランは、間違いなく死ぬ。

 そして親は、そのことを嘆き悲しむだろう。

 あるいは、どれぐらい重い罪かは知らないが、異世界転生者の存在を隠匿したということで捕まるかもしれない。


 だが、自分は?

 カケル自身は?




 今まで通りの生活はできないだろう。

 両親が捕まったのならば、一人で生きていかなくてはならなくなる。

 もし両親の行動が不問にされても、おそらく彼らはランを告発したカケルのことを許さない。


 しかし、カケルは罪に問われることはないだろう。

 カケルはまだ子供だ。この国では、十五歳にならない限り、基本的に子供は罪に問われない。

 カケルはランの秘匿に協力しているが、それを咎められはしないということだ。


 そもそも、先ほども鏖殺人が言っていたが、手紙を出しさえすれば、カケルは転生局にとって功労者となる。

 もし親に捨てられても、適当な孤児院にでも送ってもらえるのではないか、と予測できる。

 もちろん、そこでの暮らしは楽ではないだろう。親類縁者が誰一人いない中で、自身の力だけで生きていかなくてはならない。


 しかし、今自分に課せられている課題からは、確実に解放される。


 もう、廃墟のような家に住む必要はない。

 もう、妹の一挙手一投足に注意する必要はない。

 もう、友達の会話に耳を澄ます必要はない。


 血のつながった家族が誰一人いない生活だとしても、その生活は、ひょっとすると────。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「いつも、そこまで考えた時点で思い直すんです。何とか、自分を元気づける。『まだだ。免罪符が手に入るまでの辛抱だ。免罪符さえ手に入れば、また普通の暮らしに戻れるんだ』って。だけど……」


 両親は、免罪符さえ手に入ればなんとかなる、といつも言っていた。

 というより、両親はその考えに縋っていた。

 手に入れたところで、偽造免罪符でどこまで騙しきれるかは分からないとか、家に軟禁され、まともな言葉すら話せないランが、これから普通の人間として生きていけるのかとか言った、疑問点はすべて無視された。


 だが、それらを抜きにしても、カケルは免罪符が手に入ったところで、全てが解決するとは思えなかった。

 いくら出来のいい複製品を手に入れたところで、さすがにそれを見せびらかすわけにもいかない。

 何度も見せていれば、それが偽物だと看破する人も出てくるかもしれない。


 つまり、免罪符が手に入ったところで、カケル一家は今までのように、人の少ない辺鄙な田舎で隠れ続ける必要があるのだ。

 真にランを安全な場所に置きたいのであれば。


 そうだとすれば、カケルの苦難はこれからも消えることはない。

 仮に免罪符が手に入り、その後のことが全て上手くいったとしても、カケルはランのためにその人生を捧げることになる。


「だったら、いっそ転生局に見つかった方がいいんじゃないかって。そう、思うんです。だけど……」

「実行は、しなかったみたいだな。今回以外は」

「はい」


 どれほどランのことが疎ましく思えても。

 その存在が自分を苦しめていると思っても。


 それでも、どうしても、実際に転生局に伝えることはできなかった。

 ランの寝顔を見るたびに。

 ランの笑顔を見るたびに。

 カケルの胸は締め付けられて、彼女を憎んだ自分を恥じる。


「やっぱり、どれだけ苦しくなっても、できなかったんです。だって、家族だから。……だけど、あの日は。あの日だけは……」


 あの日。父親に発展教導院への進学を諦めるように伝えられた日。

 夜の散歩の道中、カケルは新築祝いの宴に付き合わされて────酒を飲んだ。


 記憶はない。

 何を考えたかも覚えていない。


 だが、推測はできる。

 あの後、宴から抜け出したカケルは帰路について──いつもの習慣に従い、机に向かった。

 告発の手紙を書くために。


 だが、その時の自分はきっと、酒の力によってタガが外れていたのだろう。

 カケルの机には、今まで何度も書いて、結局は投函しなかった手紙たちがある。


 それ見たカケルは。

 酔っ払い、本音を隠すことなくさらしてしまう、そんなカケルは。


「伝書カラスに結び付けたんでしょうね、その手紙を。机の中から、適当な一つを持ってきて」


 折しも、父親が伝書カラスを寄こしたために、その時の家には、余分なカラスが一羽いた。

 酒に酔ってふらついていても、手紙を結ぶくらいは可能だ。


 そして、眠りについた。

 何がどうなるかまで、考えることもせず。


「白縫君から聞いたが、君は彼が尋ねる前日、つまりその手紙を送った翌日は、学校を休んでいるな?」

「はい。一つは、二日酔いで。だけど、もう一つの理由は……」


 朝起きて、割れるような頭痛の中で、気が付いてしまったのだ。

 自分の机の引き出しが開いていることに。


 そして、今まで書いてきた手紙が一通、減っていることに。

 もちろん、庭にいるカラスは、一匹足りなかった。


「とても、学校になんて行ける気分じゃありませんでした。何度も望んだことのはずなのに、いざ自分がやってしまったんじゃないかと思うと、怖くて……ずっと」

「後悔した?」


 最後の言葉は鏖殺人が引き継いだ。

 カケルは頷き、あの時の心境を、言葉に変換することに努める。


「……だけど、次の日の朝になったら、カラスが庭に戻っていたんです」

「俺が手紙を受け取ったからな。帰巣本能で帰ったんだろう」

「ええ。だけど、あの時の俺はどうしても自分がやらかしてしまったって、信じたくなくて……。何とか、前の日のことは記憶違いだと思うようにしたんです」


 思い出すのも嫌になるが、カケルは今までに把握できない程の数の、告発の手紙を書いてきた。

 一通無くなったと気が付いてはいたが、数え間違いの可能性だって無くは無い。

 カラスだって、庭のどこかに身を隠していただけかもしれない。


 そもそも、仮に伝書カラスを飛ばしてしまったとしても、この田舎では一匹だけでは、まともに目的地に着くか怪しいものだ。

 大丈夫だ。自分はランを死に追いやるようなことはしていない──。


「まあ、実際は届いてたんですけどね。運がいいのか、悪いのか……。あとは、局長さんも知っていると思います」

「そうだな」


 そこで鏖殺人は一つため息をつき、荷物から水筒を取り出して、また氷水を呑んだ。

 その動きをぼんやりと眺めていると、不意に彼は口を開く。


「しかし、その君の『やらかし』が、結果的に俺をここに呼び寄せ、君の家に本物の免罪符を届けた……。その日に君が酔っぱらわなければ、そして君が妹に悪感情を持っていなければ、発覚はもっと後になったかもしれない。数奇なものだな、運命というのは」


 言うだけ言うと、鏖殺人は立ち上がった。


「だいたいの話は聞けた。こちらの疑問も、君の疑問も解決しただろう?」


 早口で告げながら、鏖殺人は大きな荷物を背負う。

 そこで、カケルはいつの間にか自分の肌がひりついていることを感知した。


 何故、と思い顔を上げれば、視界に鏖殺人の姿が映る。

 帰る準備をしながらも、その顔はカケルに向いていた。


 加えて、その雰囲気は先ほどまでと一変している。

 初めて家に来た時のような、強烈なオーラ。


 見るだけで鳥肌が立ちそうな、強い気配。

 無意識に、カケルは鏖殺人が何か重要なことを告げようとしているのだと、察知した。


 やがて、ゆっくりと鏖殺人は喉を震わせる。


「今はまだ、望んだ状況が突然訪れて、状況が理解できないかもしれないが……。まあ、これからも努力はした方がいい、とだけ言っておこう」


 最後の言葉には、先ほどまでの言葉とは異なり、熱がこもっているような気がした。

 それが意外で、カケルは目を見開いて鏖殺人を見つめる。


「その書類、君が言うところの免罪符は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼らの間でもうトラブルが起きないようにするための代物だ。……どこまで効果があるかは知らんがな」


 いつの間にか、鏖殺人も、仮面越しにカケルを見つめていた。


「君の妹への免罪符は、俺が渡した。だが────君が持つべき免罪符は、通報者である君と、異世界転生者だと疑われたあの少女の間を正常に繋ぐための免罪符は、俺が渡すことはできない。君の行動が、それを手に入れることに繋がるんだ。……分かるな?」


 カケルは、頷いた。

 免罪符の意味が、この言葉だけは違っていることを、感じたから。


 あるいは、これからの日々が、ともするとカケルにとって、今まで以上に厳しいものになることを、分かっていなかった故に。

 とにかく、カケルは頷いた。


 その様子を見ると、鏖殺人の雰囲気がふっと和らいで。

 そのまま、カケルから離れていった。


 カケルは、まだ彼の姿を見つめていた。

 だが、彼は振り返らなかった。

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