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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
八章 鏖殺人と仮面の姫
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五話

 それから、随分と時間が過ぎて。

 エリカが三回ほどイムのマッサージを受けた後。

 いよいよ、鏖殺人がアカーシャ国転生局を視察する日がやって来た。


「……あれですね。来ましたよ、天司顧問」


 転生局本部の前で鏖殺人を待っていると、隣に控えた剣崎がヒソヒソと小声で語りかけてくる。

 それを受けて、エリカは道路の奥に視線をやった。


 言葉通り、そこには蹄の音をたてながら迫る馬車の姿がある。

 前回、転生憲章の会議では早馬で単身向かってきた鏖殺人だが、今回はさすがに馬車を使ったらしい。


 次に、何とはなしにエリカは背後に視線をやった。

 そこでは、転生局の職員が総出で出迎えの準備をしている。


 本来、鏖殺人はあくまで「他国の同業者」程度の存在であり、こんな国賓級の出迎えをする必要はない。

 しかし、下手に冷遇して隙をさらすことも、避けたい。

 結果として、エリカたちは鏖殺人を大々的に出迎えることにしていた。


 こうして、実際に行ってみると、やや過剰さが鼻につくが、足りないよりは良いだろう。

 心中でそんな結論をだし、エリカは周囲に声をかける。


「挨拶は私からします。皆さん、顔を伏せて、失礼のないように」

「承知しています」


 今度は側に控えるイムから返事が来た。

 言葉通り、エリカの背後で出迎えの職員たちが顔を伏せる。


 そして、ようやく────馬車はエリカの目の前にまでたどり着いた。

 すぐに馬を止めた御者が、そさくさと御者台から降り、馬車の扉を開ける。

 エリカは、開幕の挨拶をしようと、すうっと息を吸った。


 しかし。


 馬車の扉が開いた以上、すぐに鏖殺人が降りてくるとばかり思っていたのだが。

 何故だか彼はなかなか姿を見せず、エリカの挨拶は不発に終わった。


 吸い込んだ空気は行き場所に困り、エリカの喉を通り抜ける。

 なぜ、と考えたときには、御者が動いていた。


 すなわち、馬車の側面にくくりつけられていた一枚の板──金属板だろうか──をおもむろに外し、馬車の乗降口に添える。

 丁度、乗降口から地面まで誘導する足場を作るように、板を置いたのだ。

 その板が置いた場所からずれないことを、何度か御者に確認させてから、「彼ら」は降りてきた。




 ──誰?


 表情にこそ出さないが、彼女を見た瞬間、エリカはひどく困惑した。

 馬車から降りてきた二人のうち、仮面を被った方──鏖殺人はいい。以前見たときと変わらない。

 問題はもう一人、鏖殺人が押している車椅子に乗った少女の方だ。


 エリカはそれなりに自分の容姿に自信があるが、その自信が揺らぎそうになるくらいに、綺麗な少女だった。

 長く伸ばされた黒髪も、綺麗な瞳も、演劇の世界で十分やっていけそうである。

 車椅子に乗っている様が手慣れていることを見ると、歩行に障害があるのだろうが、そんなことは彼女の顔を見た人間は些事と切り捨てるだろう。


 年齢は、二十歳になるかならないか、といったところか。

 背景に居座るのが、戦いこそ人生、を体現したような鏖殺人であることも合間って、その若さと美しさは際立っていた。


 だがもちろん、エリカは彼女の美しさに参ってしまい、困惑しているわけではない。

 彼女のような人間が来る予定がなかったからこそ、困惑しているのだ。


 本来、この視察は鏖殺人一人が来る予定だった。同行者がいるとは聞いていない。

 何をするにしろ隙を見せない、とのことで有名なグリス王国転生局の対応としては、このような約束違いは珍しいことだった。

 そもそも、公的行事である視察に部外者をつれてくること自体がおかしい。


 強いて、可能性があるとするなら、それは。


「最初に口にする言葉が謝罪、というのも難儀な話だが──申し訳ない。一身上の都合で、私の部下を同行させた。予定外の仕事を増やされることは業腹だろうが、許してほしい」


 馬車から降りてきた鏖殺人は、開口一番、エリカが想定した可能性そのままのことを言った。

 唯一の可能性──この少女が転生局職員であるという可能性。

 およそ「役人」と言う職業からかけ離れた姿から、何となく部外者だと思っていたが、どうやらそれはエリカの偏見だったらしい。


 鏖殺人の言葉に会わせてか、少女の方もペコリ、と頭を下げる。

 いや、実際はもっと深く丁寧にお辞儀をしているのだろうが、車椅子に座っている都合上、そう見えるのだ。


「連絡が遅れて申し訳ありません。グリス王国転生局一等職員、宮野ユキです。ティタン局長の秘書官をしています」


 その容姿に見合った、綺麗な声だった。

 声に対してこの表現を使うのが適切かどうかはわからないが、透明感がある。


 挨拶が終わると、ユキと名乗った少女はじっとエリカを見つめた。

 エリカはしばらく呆けていたが、その視線のお陰で自分がしなくてはならないことに気づく。


「……一名増える程度の事なら、何の問題もありません。そのように手配いたします」


 その声一つで、ユキがあからさまにほっとしたかのような顔になる。

 何故だか、それを見たエリカの方までほっとした。


 そういった過程を経てようやく、エリカは言おうと決めていた台詞を口にできた。


「ティタン局長、宮野秘書官。アカーシャ国転生局へ、ようこそ!」


 エリカの言葉に会わせて、背後の職員たちが顔を伏せたまま一斉に礼をした。






「おい、来たらしいぜ!」


 異世界転生者保護施設の一角────地球で言うところの集合団地によく似た建物の一室で、彼らは報告しあっていた。


「数は?」


 リーダー格の男が──実際、暴走族のリーダーだったのだが──落ち着いた声で尋ねると、舎弟たちは次々に報告する。


「隣の国のお偉いさんが二人。それをここで一番偉いやつが案内するって、ジジイが」

「あと、護衛が二人くらいはついてくるらしいっス」

「護衛、ね」


 そこでリーダーは舌打ちをした。

 異世界転生者として隔離されている彼らは、武器の類いを有していない。


 食事も用意されたものが出てくるため、包丁の一つも手元にはないのだ。

 護衛の存在は、彼らにとって致命傷になるかもしれない。


 ここでの暮らしが長く、職員とも顔馴染みな異世界転生者──謂わば模範囚なら、ある程度の生活用品は用意されるらしいが、この施設の中ですら浮いている彼らは、当然そんなものは手に入らなかった。

 職員を人質にとり、脅して脱走しようと言うのに、得物がない、というのは不安な話である。


「お前ら、用意できた武器を出せ」


 リーダーの声を受けて、舎弟たちがパラパラと武器を取り出す。


 椅子の足を折って作った棒。

 部屋の柱を削って作った即席槍。

 床をこそいで作った目潰しの粉。


 所有物が制限されているのだからある程度は仕方ないが、どうにも頼りない。

 舎弟たちも取り出しながら不安になったのか、悲鳴のような声をあげた。


「アニキ、『魔法』は……『魔法』が使えるようにはならなかったんですか?」


 リーダーは黙って首を振る。

 彼らがこの世界に来て、せいぜい二ヶ月半。

 移動型異世界転生者が魔法を使えるようになるまで、職員の話では平均三ヶ月。


 そう考えると、もうそろそろ使える人間が出てきてもいいはずなのだが、ついぞ、このメンバーのなかで魔法を発現させたものは現れなかった。

 もしかすると、集団で異世界転移したせいで、魔力とやらが薄くなっているのかもしれない。


 しかし────。

 それでも、リーダーは不敵に笑った。


「まったく、お前らはしょうがねえなあ……」


 そういいながら、彼は自分が尻に敷いていた座布団を避け、「それ」を取り出す。

 かつて警察官だったと言う異世界転生者が隠し持っていた、「それ」。


 ────黒光りする拳銃を。


 舎弟たちが、ざわっと揺れた。


「これがある以上、この世界で俺たちに敵うやつなんかいねえ……絶対に勝つぞ、お前ら」


 舎弟たちは、まるで拳銃の雰囲気に呑まれたかのように、全員が頷いた。

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