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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
八章 鏖殺人と仮面の姫
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四話

 イムが意味深な言葉で会話を打ち切った、次の日。

 エリカは、その真意について考える余裕がないほど──仕事に忙殺されていた。


 やることは山ほどある。

 鏖殺人に見られては不味いものの疎開。

 職員の再教育。

 保護されている異世界転生者への通知。


 この他にも、役人と言うのは面倒臭い生き物で、関係している各部署に鏖殺人について予告するだけでも膨大な書類を書かされる。

 転生憲章の会議前も中々の大変さではあったが、今回の忙しさは当時のそれを上回っていた。


 無論、周囲の者がかなりのサポートをしてくれている。

 しかし、異世界転生者を家族と思っているエリカですら、その忙しさの中では時々、何もかも捨て去りたいような衝動に駆られた。


 いや、この言い方には語弊があるだろう。

 エリカは衝動に駆られるだけでなく、実行もした。

 といっても、仕事の合間を縫って、息抜きに庭を散歩したくらいだが。


 エリカが久しぶりにイムと会話をしたのは、丁度その時のことである。


「んっ……腰が……肩が……」


 年寄り臭いことを言いながら、エリカは庭の端でぐいーっと伸びをする。

 ただそれだけで、背中から腰の辺りが、グギゴギバキゴキとリズミカルな音を立てた。

 どうやら、エリカの自覚以上に体が凝っていたらしい。


「この件が終わったら、一度イムにマッサージしてもらおう……」


 やはり年寄り臭い願望を口に、エリカは暇潰しもかねて足を進める。

 本来彼女の護衛であるイムは、何故だかマッサージが上手い。肩揉み一つで生活していけるのではないか、と思うほどだ。

 仕事に疲れた際、彼女にマッサージを頼むのは、エリカが自分に許した褒美でもあった。


 ──けど最近、イムとあんまり話せてないなー。


 イムは元々、エリカが個人的に雇った護衛であり、転生局に出入りこそするものの、エリカの仕事を手伝うことはない。手伝う権利がない。

 このため、エリカの仕事が忙しいと、彼女はエリカの側で護衛を全うするしかやることがなくなる。


 今のように仕事に忙殺しているときは、イムに話を振る余裕もなく、二、三週間会話がないというのはざらだ。

 屋敷に戻っても、エリカの方が疲れているため、当然会話はない。


 ──仕事が終わった途端に突然マッサージを頼むって言うのも、なんだか失礼な気もするし……どこかで話くらいはしておこうかな。


 そんなことを考えた瞬間。

 彼女の目は、偶然当のイムの姿を捉えた。


 一瞬、エリカは彼女に話しかけようとして。

 すぐに、目を丸くしてその動きを止める。


 エリカが偶然見つけたイムは──庭の隅で、集まった鳥に餌をやっていた。

 普段の、護衛として見せる真面目腐った顔のまま、米のようなもの──色が悪いから、家畜用の雑穀米だろうか──をパラパラと撒いているのである。

 そして、真顔で米を振り撒く彼女に、多数の鳥──大部分はスズメ──が群がっている。


 ──イムが……鳥に餌をやってる……?


 他の人間なら、その光景に違和感はなかったのかもしれない。

 だが、そこそこ長い付き合いとなるエリカには、その光景は衝撃だった。


 エリカが知る限り、イムと言う女性は余り動物が好きな人間ではない。このため、小動物を愛でるようなこともしない。

 以前野良猫を見つけた際、エリカが「可愛い」と言った後、間髪入れずに「弱そうですね」と言ったことを、エリカは覚えている。


 そもそも彼女は、服にせよ、化粧にせよ、何かに強く興味を注ぐような人ではない。基本的に無趣味なのだ。

 エリカに色々と説教をすることもあるが、それも「仕事の一貫として」行うだけであり、拘りがあるわけではない。


 そんな彼女が、鳥に餌をやっているというのは、エリカにとって中々信じがたいことだった。

 この建物──転生局本部をおいている建物の近くで、あのような雑穀米など売ってはいない。


 つまりあれは、ここで鳥に餌を与えるため、イムが屋敷から持ってきているとしか考えられない。

 あの無趣味なイムが。


 何となく、見てはならない光景を見たような気がして。

 そろりそろりと、エリカはその場所を離れた。


 ──この事は、誰にも言わないようにしよう。


 根拠はないが、そう思った。




 彼女の判断は、ある意味で正しかった。

 もう少し、エリカがそこに近づいていたら。

 スズメたちの足に、紙が括られていることに気がついただろうから。


 そして、もう少しそこに留まっていたならば。

 そのスズメたちが、一斉に────グリス王国に向かって飛び立っていく様を目撃しただろうから。




 そうやって、エリカが仕事に追われつつ、奇妙な体験をしている頃。

 彼女の仕事場の隣──異世界転生者保護施設で、ある動きがあった。


 職員すら見回ることない、倉庫の隅で。

 隔離されている異世界転生者の一部が、会合を開いていたのである。


 尤も、集まったのはせいぜい十五名。

 ここにいる異世界転生者の一割にも満たない数だ。


 これだけなら、特筆する必要があるほどのことではない。

 もちろん、深夜に就寝時間も守らずにいると言うのは、問題ではある。

 だがそれは、せいぜい職員に叱られる、といった程度の問題だ。


 しかし。

 そこで話されている内容は、少々過激だった。


 車座になって話し込む異世界転生者の間で、とりわけ派手な格好──この世界ではまずする者がいない金髪のリーゼント──をした若い男が、不意に口を開く。


「今からもう少したてば、隣の国からおうさつにん、とか言うやつがここに来る」


 若いわりに落ち着いた話し方で、言い含めるような様子だった。

 周囲の者に語りかけることに慣れているのかも知らない。


「その時は、ここの職員どもは来たやつの接待をしなくちゃならねえから、俺たちの世話をする余裕がなくなる。三十年前からこの施設にいるとか言うジジイの話じゃ、俺たちは『行儀よくしておけ』とだけ言われて、施設の中で放っておかれるらしい」

「……つまり、俺たちを監視するやつが、殆どいなくなるってことっスね」


 先程まで話していた男の隣に座る、耳に大量のピアスをつけた男が、合いの手を入れるようにして受け答えした。

 同時に、この会合の参加者たちはゆっくりと息を飲む。


「……しかも、だ。今回の見学は、職員どもにとって大事なことだから、ここで一番偉いやつも付き添うらしい。……人質にとったら、職員全員が真っ青になるくらい、偉いやつが」


 リーゼントの男は、そこでぺろり、と唇をなめた。


「どう思う、お前ら。俺は、チャンスはここしかない、と思ってるんだがな」


 男に問いかけられると、一瞬、参加者たちの間に戸惑うような沈黙が走った。

 だが、それもほんの少しの間である。

 次々に、声が上がった。


「アニキに賛成っス」

「俺も」

「お、俺もだよ」

「人質さえとっちまえば、武器も食料も手に入るだろうし……」

「ああ、ここを脱走するには、十分だ」


 最後の言葉は、話を始めたリーゼントの男が引き取った。


 注釈が必要だろう。

 彼らは、ここで長い期間を過ごしてきた異世界転生者ではない。

 元々、ここにいる者たちは皆、地球で言うところの「暴走族」のメンバーであり────つい最近、いつものようにバイクを走らせている中で、集団で交通事故を起こし、アカーシャ国に異世界転生をしたのだ。


 そして不躾な話だが────彼らはあまり頭がよくなかった。

 少なくとも、「自分を保護してくれた人間に大して、とりあえず頭を下げておく」といったことができない程度には、頭が悪かった。


 そんな彼らは、異世界転生者保護施設において、かなり浮いていた。

 当然、居心地はよくない。

 そうでなくとも、大好きなバイクも取り上げられ、囚人のような生活を送ることを容認できるなら、暴走族などやっていない。


 そして、無知であるが故に────彼らには希望があった。

 この施設を出ることさえできれば、自分達は生きていけるだろう、という希望が。


 自由にやっていけるだろう、という期待が。

 その希望がこの後、大騒動を巻き起こすことになる。

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