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その1

 到着するなりキブノ兵の襲撃を受けたヤマルは、同じく任務を受けていたリリ、マリアンと出会う。各々の技術を駆使して難を逃れた三人は、任務の依頼主であるシジャン博士と合流できた。

 シジャン博士は旧地球の産物を前に任務の核心を話そうとするが、その前にキブノ兵に見つかってしまう。ヤマルは身を挺して反撃したが、撃たれて意識を失った。

 なにか、呼びかけるような声が聞こえた。知らない外国語で話しかけられているのか、なにかの歌なのか、よく分からない。目を開こうとしたが、できない。夢の中で自分の体が思うように動かせないのと似た気分だ。

 

 突然、視界が開けた。瞼を開けた、というより、目の中に風景が飛び込んできた感じだ。

 目線の位置が高いというのはすぐに分かった。

 目の前に何かがあるということは分かるが、何があるのか考えられない。

 そんな時間が20秒ほど続いたあと、だんだんと自分の周りの世界が認識出来るようになってきた。

 ここは……風景からして倉庫か。そうだ、黒い円筒のあった倉庫だ。

 生きているのか? 俺は? なぜ生きている?

 目線を下にやると、あの二つの黒い円筒はなく、その場所にはキブノ兵が二人立っていた。そのうちの一人がこちらの方をちらりと見るなり、ぎょっとした様子で顔を上げた。

 

『おい、見ろよ』

『あ? おお?』

 

 二人とも、こちらを見て驚いている。

 

『さっきまで全くの真っ黒だったよな』

『ああ、でも夜空の極光みてぇな色合いが混じってんな。光の加減って感じじゃねえな』

 

 キブノ兵の一人が歩み寄り、視界の下の方で何かを掴む。自分の足が掴まれた感覚に声が出そうになった。いや、声が出たはずなのに、出ていない。

 

『おい、触んなよ』

『分かってるよ。ちっと呼んできた方がいいな。念のため離れてろ』

 

 そう言った兵士は、走って部屋の外に出て行った。

 残った兵士は、こちらを気味悪そうに見上げていたが、

 

『あいつ、扉は閉めろって言われてるだろ』

 

 と言って、ドアの方を向き、背中を見せた。

 状況は分からないが、行動するなら今だ。そうっと足を前に出してみる。

 ゴッ、と足下でコンクリートを打つ音が響いた。まずい!

 

『あ、ああああ!?』

 

 振り返ったキブノ兵が銃を構えようとする。突きとばして止めようと、前へ跳んだ。

 視界が急激に移り変わり、鈍い破壊音が鳴る。

 次の瞬間見えたのは、壁際の箱の山に叩きつけられたキブノ兵の体だった。兵士は声も出さず、幼児が投げつけたぬいぐるみのように地面に転がり落ちた。

 

「誰だ、あんたは!」

 

 女の声! 辺り見回すが、誰もいない。どこだ!?

 

「待ってください。今は、戻ってくるもう一人をどうにかしないと!」

 

 別の声が頭の真ん中から聞こえてきた。

 

「待ち受けるならここがよさそうです」

 

 頭の中に部屋の構造と自分の位置が思い浮かばされる。なにかを思いついたとき、突然心の中に広がる景色のようだ。

 俺は慎重に体を動かし、指示された場所――扉の入り口、右側に移動した。動かなくなった兵士の代わりに引き戸を閉め、次の行動を思い浮かべ、力を抜いて待ち受けた。

 

 しばらくして近づいてきた足音は、幸運にも一人分だ。

 兵士が、引き戸を開けゆっくりと室内に入ってくる。すると、体が勝手に動いた。

 手が伸び、AK47の安全装置を押し上げた。兵士が右手を握りしめたが、引き金は動かない。そのまま手で銃ごと体を引き寄せ、もう一方の手で喉を掴んで締め上げる。

 兵士に胴体を蹴り上げられるが、鈍い金属音と、みぞおちに一瞬の圧迫感が生まれただけだ。五つ数えるころには、兵士の手はだらりと下がっていた。

 すると、体が再び、自分の意志の通りに動かせるようになった。ゆっくりと兵士の体を寝かせる。

 ほどなく、兵士たちのAK47の弾倉から煙が出始めた。引火して火事になることはなさそうだが、念のため、銃と懐の弾倉を拾って部屋の中央に放り投げる。

 

 勝手に体が動いて兵士を気絶させた。安全装置を押し上げる操作も、力の加減も、俺が思い浮かべた通りに、自動的に動いた。どういうカラクリなんだ?

 

「いえ、単純に、ヤマルが思い浮かべた通りに体を動かしただけなのでしょう」

「声の感じからして、さっき部屋の構造図を俺に見せてくれた奴か。誰だ」

 

 ふだん頭の中でひとりごとを言うように、声の主に話しかけた。

 

「マリアン・ヤヴォルスキー……だった何か、でしょうか」

 

 え、マリアン? 生きてたのか! 良かった!

 

「今、どこにいるんだ」

「あなたと全く同じ場所、同じ体の中です。目の前に横たわった兵士が見えます」

「マリアンはともかく、あんたは誰だ」

「ヤマル・エギン。都市連邦所属の技士だ」

 

 と名乗ったけど、さっき『誰だ』と叫んだ女の声の感じと、状況からして、二人目の兵士を始末したリリなんだろうか。

 

「そ、そうだ……あたしはリリだ……本当にヤマルなのか」

「ああ。何か疑う余地があんのか?」

「いや、なにか、その……さっきと違って少しばかりぞんざいなしゃべり方だからさ」

「そうか? 日本語も丁寧に話していたつもりはないんだが」

 

 それにしてもリリは汎ユーロ語を話せたのか。だったら最初からそれで話せばよかった。

 

「いや、旧地球の英語の資料は読めても、汎ユーロ語はまともにはしゃべれない……技士のくせに面目ない」

 

 そういうつもりじゃないっての。英語が読めるなら立派なものだろうに。

 

「日本語しか話せない技士はやっぱり知識と技術の幅が狭いよな。そうだよな……」

 

 いや、だから――って、思ったこと全てが伝わってるわけじゃないのか。

 

「そのようですね。概念的なことは思い浮かべただけでは伝わらないようです。

 でも、はっきりと言葉にして考えていることは、異なる母国語であろうと伝わっていますね。人が考え事をするときは、母国語を脳内で使っているはずなのに……。

 あ、ちょっと待ってください」

 

 一間の後、別の声が聞こえた。

 

「どうじゃ、わしの声、聞こえるかの? 何語に聞こえるかのう?」

「俺には日本語に聞こえる」

「なるほど、今度はどうじゃ」

「同じだね。あたしにはマリアンの日本語の話し方に聞こえる」

「左様か。日本語で考えているわけではないのじゃが……。

 一度、日本語の話し方を意識しただけでこうなるとは、不思議じゃのう」

 

 確かに不思議だな。だが、不思議はそれだけじゃない。

 

「お前らの言葉だけじゃなくて、意識した映像、例えば部屋の構造図も伝わってるぞ」

「図どころか、銃を無力化するときの『動き』は、わしにも伝わってきおった。それと」

 

 突然、すっと腕が上がり、極光のように色を変える手のひらを見せた。さっきと比べて、金の色味が増したような気がする。

 

「どうやら『今は』わしも体を動かせるようじゃ。先ほど、リリかヤマルのいずれかが意識して体を動かしている最中は、体の操作を横から奪い取るようなことはできんかった」

「なるほど。となると、誰が体を動かすかはっきりと決めておいた方がいいな」

「そうじゃな。いったんこの体、ヤマルに預けるぞ」

「武術型を知ってそうなリリの方がよくないか。荒事が多くなるぞ」

「それはのう……いや、すまん、話がなごうなった、先に安全を確保せねば」

 

 そうだ、のんびり話している場合じゃない。さっき一度出て行った兵士がすぐに戻ってきたということは、呼ばれた他の兵士がこっちに向かっているということだ。

 この体の大きさじゃ目立ちすぎて隠れるのは無意味だ。何とかして戦わなきゃいけない。

 

 辺りを改めて見渡してみて、すぐ目に入ったのが乾きかけた血だまりだ。自分たちが立っていた場所にある。逆に俺たちを撃った敵の立っていた位置に血の跡はほとんどない。

 

「わしらが撃たれたことは間違いないな」

「そりゃそうだろ。俺らの体はこの極光オーロラ甲冑メイルの中か」

「そう考えるのが自然だよな。そこまでの体積は無さそうに見えるけどねえ」

 

 なんにせよ、俺の靴のかかとに仕込んであったナイフはない。しかたない。

 乾きかけた血だまりのそばに落ちていた、マリアンの前装式リボルバー拳銃を拾う。六装式で、残りは五発。いるはずの持ち主がぽっかりとこの場から欠けている感じがした。

 

「連射したつもりじゃったが、実際には一発しか撃てんかったのか」

 

 少し離れたところに落ちていた俺のクロスボウに近づく。だめだ、AK47の銃撃でボロボロになっている。

 だが、矢筒は無事で近くに落ちていた。矢筒のベルトを調整して腰に巻き、マリアンのリボルバー拳銃は矢筒横のポケットにしまう。

 続いて、俺は壁際の木箱にささっていたウォーピックを引き抜いた。

 

「投げつけるより、ヤマルみたいに敵の懐に飛び込んだ方がよかったかな」

「どうだろうな」

 

 それはともかく、この体のパワーとスピードを考えたら、飛び込んでウォーピックを振るう戦法がメインになるだろう。

 試しに上下左右に軽く振るってみる。人間の体の半分ほどの長さがあるウォーピックも、この体の大きさだと金槌ぐらいの感覚だ。短くて取り回しがしやすい分、リリに頼らなきゃいけないほど扱いに困るということはなさそうだ。

 

「このウォーピックで戦うなら、鋭刃の反対側、ハンマーになっている側を使った方がいい。ウォーピックの刃が相手の体に食い込まないように戦うのは、扱いに慣れてないと難しい」

 

 なるほど。この体のパワーなら、ハンマーも相当な威力になりそうだし、問題ない。

 使えそうな武器はこれくらいだ。この体で泳げるのか、筏に乗れるのか分からないが、とにかく敵を避けつつ下の階に降りて、技術再現本部からいったん脱出するしかない。

 

「そうしようぞ。これがこの建物の構造じゃ」

 

 オーディチガワ技術再現本部の立体像が頭の中に差し込まれる。便利だな。

 立体像を見るかぎり、どの経路で行くにせよ、吹き抜けに面した廊下は通らなきゃいけない。そこでキブノ兵たちに見つかる可能性が高い。どうせいつか見つかるのなら、最短経路で階段口へ向かうことにしよう。

 

 2.5メートル超えの巨体を縮こまらせながら廊下をひょこひょこと歩く。端から見たら間抜けかもしれない。

 今の体じゃ、どこまで自分のいつもの感覚が信用できるか分からんけど、AK47兵特有の魔粒子の流れは感じないな。けっこう長い時間、あの倉庫でくっちゃべってしまったはずなんだが。

 

「先ほどのように、部屋の中をチェックして回る兵士がおらんようじゃ」

「そうだな」

 

 それより、呼ばれた兵士が階段を上ってきたなら、軍靴の音が聞こえるはずなんだが。ちょっと静かすぎる気がする。

 

「それもだけど、あたしたちは、兵士が護衛するぐらい大事な甲冑の中にいるんだろ。その割に警備が薄いな、さっきの二人だけか?」

「甲冑が独りでに動き出すなんて思わなかったんだろうな」

 

 なるべく避けたかった、建物中央の吹き抜けに面している通路にさしかかった。慎重に顔を出して下の様子をうかがうことにする。この巨体でどこまで隠せるか怪しいものだけど、戦う直前まで隠密行動は心がけたい。

 筏の数は、撃たれる前に見たときと変わっておらず、誰もまだ乗り込んでいない。おかしいな――と思っていたら、隅から黒い円筒を抱えた兵士が出てきた。

 

「円筒一つに、兵士四人がかり、か」

 

 重さを見積もるリリの思索が、囁くように俺の思考に流れていった。

 円筒を筏に乗せた4人2組のキブノ兵は、続けて筏に乗り込み、円筒を囲んで守るような位置についた。

 円筒は全面真っ黒だったはずだが、真ん中にペンキのようなもので『1』『2』とそれぞれアラビア数字が書かれている。倉庫で見たときには書かれていなかった数字だ。

 続けて、円筒の筏に乗り込もうとする人影がある。

 

「シジャン博士!」

 

 あの水着みたいな格好と体つきは、チトセ・シジャン博士のものに違いない。

 キブノ兵の任務には、黒い円筒の奪取だけじゃなく、シジャン博士の身柄の拘束も含まれていたらしい。だが、殺されていないだけ希望はある。

 

 シジャン博士は『2』と書かれた円筒に手を触れた。さっき、倉庫で俺がやったように外殻が開く。中に、何かが塊として入ってるようだ。

 目を細めてよく見ようと意識したら、突然、視界の中央が望遠鏡で覗いたように歪み、円筒の中身を露わにした。

 

 リリ、マリアン、そして俺。三人の死体が、円筒の中に並んで詰め込まれていた。

 

 金髪の美少女だった体の右腕は骨を露わにし、顔の下顎は跡形も無くなっている。

 銀髪の美女の乳房らしきものはパンのようにちぎれ、太ももは中から爆発したように穴が開いていた。

 そして、男――俺の体の頭部の半分は欠け、意識の源となる脳みそは、その特徴的な迷路模様と薄ピンク色の姿を外に晒していた。

 

 落ち着こうと一呼吸しようとしたが、この体は反応しなかった。

 

「一体、どういうことなんだ! なんであたしたちの体があそこにあるんだ!」

「ど、どういうことも何も、俺たちはやっぱり殺されたってことだろ」

「確かに、あれ以上の証拠はないけど……いったいどうして」

 

 いや、そもそも、脳みそがぶっ壊れているのに、なぜ俺は思考できるんだ? 霊の存在は20世紀後半に否定されてるはずだぞ。

 もっと考えを進めていきたいが、見てはいけないものを見てしまった感覚が、頭から全く抜けていかない――そう感じた矢先。

 

『いたぞ!』

 

 前方と後方、両方から靴音が聞こえてきた。

 

「ヤマル! 囲まれてるぞ!」

「くそっ、だが筏の数からして、人数は少ないはずだ」

「ならば、このまま進んで何とかして階段口まで突破するんじゃ!」

 

 廊下の角の先、床と壁に影が落ちている。六人か――すり抜けた方が早い。

 俺は走って勢いをつけ、曲がり角から一気に飛び出し、跳ぶ。突き当たりの壁、天井付近に足をつけ、三角飛びの行き先を狙う。2、2、2で並んだ兵士たちが、驚愕の表情で銃を向け直そうとしている。

 壁を走るように蹴り、一気に兵士たちの横に回り込む。壁から床に飛び降りた瞬間、長く持ったウォーピックを左から右に、横一文字に振う。

 軽い手応えとともに派手な音と火花が散り、1挺のAK47がなぎ払った方向にふっとんでいった。その行き先には目をくれず、そのまま兵士達の横を走り抜ける。

 断続的な射撃音とともに、右腕と肩に骨を叩くような衝撃が走ったが、そのまま階段口に飛び込む。


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