一つの決着
弘樹は不思議な感覚に陥っていた。
身体中の怪我の痛みは消えておらず、体力も言うほど回復できてない。
しかし、謎の高揚感と力が湧いてくる感覚、
聖剣の光はさらに輝きを増していた。
「なるほど…人間、ロキと同調したのか」
コカビエルは胸の出血を抑えながらそう言った。
同調、またはシンクロとも呼ぶ。
人の身に神の力を下ろす一種の降神術である。
神は人間界での魔力回復ができないため、活動が制限される。
しかし、同調により人の身に降りた神は、人間が普段の生活から摂取している酸素や食事により魔力の生成が可能となる。
詳しくいえば、人の生命力を魔力に変換することが可能というわけだ。
また同調の際、その者の体の一部に神の存在を示す刻印を残すことにより、同調状態で魔力を使い切ったとしてもその存在を保つことができる。
神が人間界に降りる時はこうして依代となる人間の体を使って行動するのが常識なのだ。
また同調状態の時は、当然体の所有権は神に移り、体の持ち主は深い眠りについた状態になる。
しかし、今の弘樹は姿はロキに近づいているもののその言動や佇まいから弘樹そのものに見える。
「神の力を人間が扱えるのか?自分の力も使いこなせないお前に?」
コカビエルも感じ取っていた、その異質な雰囲気を。
「別に神の力を使いこなそうだなんで思ってないさ。俺は俺が持つ力でお前を倒す」
右手に携えるは紫に染まった聖剣、輝きはさらに増しており、ロキの魔力により強化されていることが分かる。
「神の力はお前のその力を使う燃料でしかないってわけか。あくまで俺を倒すのはその力だと言いたいのか?」
「さっきからそう言ってるだろ?」
弘樹は不敵な笑みを浮かべた。
「クヒヒヒヒッ!面白い!!この程度の傷なんぞハンデにもならん!!今度こそ跡形もなく消し飛ばしてやろう!!」
コカビエルは黒翼を大きく広げ、再び魔力を帯びた羽を打ち飛ばす。
羽は着弾すると爆発する、ただの人間である弘樹では一撃食らっただけでも致命傷だ。
「馬鹿の一つ覚えか?」
しかし、弘樹はその場から動くことなく聖剣を構えた。
そして、一撃で全ての羽を撃ち落とした。
聖剣に接触した羽から順に猛烈な爆撃が襲う…ことは無く、聖剣の魔力により拡張された斬撃が爆発を飲み込んでいった。
弘樹はさらにコカビエルに向かって光刃を放つ。
威力速度共に通常よりも倍近く強化されている。
しかし、コカビエルも展開した魔力障壁により難なく受けきった。
すかさず、コカビエルは上空に無数の魔法陣を展開、無詠唱にて黒い雷を落とした。
崩壊しつつある地下空間、砂塵が辺りを包んだ。
弘樹は形状変化させた聖剣による盾で雷を防ぎ切っていた。
弘樹は盾を常備した状態でコカビエルとの距離を詰める。
コカビエルはそれをさせまいと四方八方に魔法陣を展開、これもまた無詠唱にて魔法が再現される。
黒雷、黒炎、竜巻、剣山、とめどない攻撃が弘樹を襲う。
「…!!」
弘樹は聖剣の魔力の出力をさらに上げ、全方位に盾を展開し、何とか攻撃を凌いでいる。
聖剣の形状変化はその質量を超える形状を取るのには多大な魔力を消費する。
本来であれば弘樹の体力は1分も持たない。
ロキの魔力を使える今だからこそできる荒業だった。
(まずいな)
しかし、同調状態であっても持ってあと数分、魔力を使い切ってしまえばいよいよ勝ち目はない。
さらにはフェンリルを止めるだけの力を残しておく必要がある。
弘樹は考える、自分がすべき最前の方法を。
「ぐっ…うがぁぁぁあ!!」
弘樹は雄叫びと共に全面に張り巡らせていた盾の質量を一瞬だけ巨大化させた。
盾はコカビエルの攻撃魔法を吹き飛ばし、魔法陣をも消し飛ばした。
一瞬だけコカビエルの攻撃の雨が止んだそのタイミング、弘樹はロキの魔力を聖剣に、そして聖剣の魔力をほぼ全て身体能力強化に移す。
右足に力を込め、地面を蹴り飛ばし、
雷、炎、竜巻の雨を潜り抜け、一瞬でコカビエルとの距離を詰めた。
身体中には切創、火傷等の傷が浮かび上がり、今にも泣き叫びそうな痛みを感じた。
しかし致命傷ではない、体は動くのだ。
「立ち止まるな!」
弘樹は聖剣の形状を剣に、そしてさらに大きく踏み込んだ。
「ちっ!!」
コカビエルからしたら瞬きの一瞬だった、既に弘樹の攻撃の間合い、この距離からでは魔力障壁では攻撃を防ぎきれない。
(仕方ねぇ!!後ろに下がるしか!!)
コカビエルはその足で下がろうとした、下がろうとしたのだ。
コカビエルほどであれば、この一瞬であっても本来であれば回避出来たであろう。
しかし、聖剣の一撃による傷と予想外の戦闘によりかなりの疲労が溜まっていた。
また思考にも余裕が無くなりかけていたこともあり、注意が完全に弘樹に向いてしまった。
(…!?なんだ、視界が反転して…)
突如としてコカビエルの世界が上下反転した。
後ろに回避しようとしたその一瞬だった。
コカビエルは訳もわからず混乱したが、すぐにその異変に気がついた。
(な、なぜお前が既に剣を振り切っているんだ!?)
上下反対に映るその姿は、紛れもなく弘樹だ。
既に聖剣を振り切ったあとの姿。
コカビエルは首にに灼熱の痛みを感じた。
鮮血が噴水のように吹き出し、辺りを血の海に染めていった。
コカビエルの首は胴体から切り離されて、地面に無造作に転がっていた。
「…なにが…起こったんだ…」
コカビエルにとってはまるで弘樹の時間が消し飛んだかのように感じた。
時間を消し飛ばす、その能力を持つ者はただ一人しかいない。
「…あんたぁほんとにここぞって時に人使い荒いわねぇ〜」
コカビエルの攻撃により生まれた瓦礫の山からヌルッと出てきたのは雫、そして思出の姿もそこにあった。
「…なぜお前らが生きて…」
「いやぁあんなので死ぬわけないっしょ。って言ってもなかなかギリギリだったのは間違いないけどねぇ〜」
漆原雫の能力「絶対定理」過程を消し飛ばし、結果のみ反映させる能力であるが、この能力の真に恐ろしいのは、対象は自分だけではないということだ。
つまりは、あの一瞬弘樹が剣を構えて振り切るという動作、この過程を消し飛ばし、剣を振り切った状態のみ反映した。
そして逆説的に剣を振り切った場所は既に斬られているということであるため、コカビエルの首は斬り落とされたのだった。
「…一人で戦ってるんじゃねぇんだよ俺は」
即席コンビネーションであったが、あらゆる状況がこの勝利を産んだのだった。
「…ちくしょう…がぁ…」
コカビエルはそのままこと切れた。
あれほど弘樹たちを苦しめたコカビエルだったが、死ぬときは一瞬だった。
生気を失った首と胴体は徐々に塵となっていき、消えていった。
「…喜んでる場合でもないな…」
激闘の末にコカビエルを何とか倒したが、フェンリルはすでに地上に出ようとしていた。
雫と思出は無事だったが、体力の消耗が激しいのは変わらない。
能力もほとんど使えない状態であろう。
「んで弘樹くんはあれをどうやって止めるつもりだったのかなぁ?」
「あの巨体、もはや生半可な攻撃では注意を引くことすらできないだろう」
現状、動けるのは弘樹しかいない状態。
フェンリルを止めるのは絶望的だった。
「……いやまぁ俺も既にロキの魔力切れかけてて正直きつい。だが方法はある。ただ完全に他力本願なんだけどな」
弘樹は、上空に指をさして笑った。
それと同時に轟く雷鳴、一瞬にして辺りが光に包まれた。




