終焉の獣
「グォオオオオオ!!」
空を切る様な雄叫びと共にフェンリルが纏う黒い霧が鞭のようにしなりながら俺たちに襲いかかる。
この黒い霧の正体は魔力の塊、俺たち人間にとっては毒の鞭と同様、一撃でも喰らえばタダでは済まない。
「作戦通りいくよ!」
雫の掛け声と同時に俺は結界を貼るロキの目の前に立つ。
ロキをフェンリルから守るのが俺の役目だ。
雫は俺の少し前で銃を構え、思出は時操剣を手に持ち、猛然とフェンリルに突っ込んでいく。
フェンリルの標的は当然フェンリルに近づく思出、あらゆる方向から魔力の鞭が迫る。
後ろに引くしか避けることは無理だろう、だが思出は意に介さずフェンリルに向かって走り続けていた。
鞭より先に走り抜けるつもりか?
間に合うはずがない、フェンリルの攻撃が思出に当たるその瞬間、
「2倍速」
思出がそう呟くと一瞬、思出の姿が一瞬消えたように見えた。
魔力の鞭の先を思出が走っているのに気がついた。
消えたと言うよりこれは・・・。
「ま、まさか自分の時間を操って避けたのか?」
「まぁそんな感じよ、ビデオの倍速再生みたいなもの。標準時間60秒の間を倍速で動ける技「倍速」60秒後はインターバルに60秒間必要なんだけど今は関係ないわ!」
フェンリルの攻撃は止むことは無かったが、その全ての攻撃を思出は倍速で動いてかわしている。
そうしている間に思出はフェンリルとの距離を詰めていた。
「射程圏内に入ったぞ・・・」
一撃も喰らうことなく、思出の攻撃が当たる距離まで近づいた。
「グゥルルルルルル!ガァァァァ!!」
フェンリルが思出に向かって右腕を振り下ろす。
鋭く長い爪が簡単に地面を叩き切った。
思出は間一髪のところで避けていたようだが、
今の距離は魔力の鞭の射程よりも危険であることは直ぐにわかった。
フェンリルは息つくまもなく、思出に襲いかかる。
思出はフェンリルの攻撃を剣で受け流したり、かわしていたりしていたが、攻撃に移る隙がないようで防戦一方だ。
倍速の能力は現在インターバル中だ、使えない。
再びフェンリルの鋭い爪が振り下ろされる。
思出は間一髪剣でガードしたものの予想以上の重い一撃で体勢を崩してしまった。
フェンリルはそれを見逃さなかった。
フェンリルの尾が思出に襲いかかる。
体毛で覆われた尾、その体毛1本1本が棘のようにとがっている。
思出は重心が崩れてしまっているため、ガードも避けることもできない。
「こういうとき私の出番なのよねー」
バチッと何かが弾ける音、それと同時にフェンリルが大きく体勢を崩した。
思出に向けられた尾からは血が吹き出していた。
これは銃創、雫の銃弾だ。
思出はそれを見逃さない、剣を両手に持ち直しそのままフェンリルの左脇腹から斜め上に斬りあげた。
鮮血が飛び散り、苦悶の叫びをあげるフェンリル、まだ思出の攻撃は終わらない。
「止まれ、斬撃よ」
フェンリルの胸を切り裂いた斬撃の時間が止まる。
見えないがたしかにそこに存在し続けており、フェンリルの胸にくい込んでいる。
フェンリルは直感で察したのであろう、咄嗟に後ろに引こうとしたが、
再び雫の銃弾がフェンリルの足を撃ち抜き、機動力を奪った。
前に動けばさらに深く斬れる状態、これでフェンリルは身動きひとつ出来なくなった。
「私の能力で後方支援、対魔物用に作られた聖水入の銀の弾丸、さすがにかすり傷じゃ済まないよね」
雫の能力「絶対定理」
弾を撃つ、弾がフェンリルに向かって発射されフェンリルの体にあたる
までの過程を飛ばし、当たったという結果のみを残したのである。
ここまでは作戦通り、あとは俺がフェンリルに近づくことで作戦成功だ。
俺はフェンリルに向かって走り出そうとしたその瞬間、
フェンリルは、体が動かないから何なんだと言わんばかりにおびただしい数の魔力の鞭を展開した。
そして矛先は俺たち全員だ。
雫は能力で銃弾で鞭を撃ち落とすという結果のみを発生させて攻撃を凌いでいる。
しかし、すべて捌ききれている訳では無い。
雫が鞭を撃ち落とす手段としては銀の弾丸を撃ち込むのみであり、ひとつのカートリッジに装填されているのは5発だけだ。
リロード分の過程を飛ばせれば、打つまでの時間は短縮できるがその分雫への負担が大きい。
1番近い距離にいる思出も必死に捌いてはいるが、攻撃を食らうのは時間の問題だった。
当然俺も人のことを気にしている場合ではない。
鞭が数本俺に向かってきているのを確認、捌き続けれる自信はない、しかしかわすことも出来ない。
後ろにロキがいる限り、俺はここから逃げることは出来ない。
なら手段はひとつ。
俺はフェンリルに向かって走り出した。
死の恐怖が足を痙攣させる。
つまずきそうになりながらも俺は走る。
当然フェンリルは俺を見逃してくれるわけでもなく、数十本の鞭が前方全方向から襲いかかる。
俺は思出のように攻撃をかわす手段を持っていない、雫のように撃ち落とすことも出来ない。
今俺にできることは前に走り続けるのみだ。
「うぉおおお!!」
俺はスピードを緩めることなく、フェンリルの鞭に突っ込んだ。
炸裂音、俺に鞭が直撃した音。
いや違う、俺に向かって放たれていた鞭は全て後ろ斜めに逸れていた。
「ふふ、修行の成果ですね!弘樹さん」
俺が修行で身につけたのは、光刃だけではない。
聖拳エクスカリバー本来の能力、
それは加護とは違う、エクスカリバーの性質そのものを操ることを意味する。
そのエクスカリバーの性質とは
「使用者の思いを力に変えて、具現化する能力、それがこの形だ!」
俺は右手を前に伸ばしていた。
その右手には青白く光る篭手が装着され、その目の前には大きな盾が出現していた。
この盾がフェンリルの鞭をことごとく弾き返していた。
攻撃しているのにも関わらず、前進を続ける俺に脅威を感じたのか、今まで雫たちに向けられた鞭全てが俺に襲いかかる。
鞭の攻撃による衝撃で押し返されそうになる。
だがエクスカリバーの盾はまったくビクともしていない。
俺の守るという気持ちが消えない限り、この盾は砕けることは無い。
「う・・・うぉおおおおお!!」
足と腕にありったけの力を込めて押し返す。
フェンリルとの距離はまだ遠い、だがこれ以上近づくことはできない。
既に前に出るところか、下がらないように踏ん張るので精一杯だからだ。
だがこれでいい。
「やっちまえ・・・雫、思出!」
俺に攻撃の全てを向けたということは2人が攻撃の雨から解放されたということ、
発砲音と共にフェンリルが膝から崩れ落ちる。
そして思出が倍速能力によりフェンリルの目の前まで一瞬にして近づき、時操剣をフェンリルの胸に突き刺した。
「魔力の流れよ止まれ・・・」
思出の能力により、鞭の動き、時間が止まっていく。
徐々にエクスカリバーの盾にぶつかる鞭から力が抜けていくのを感じた。
俺は盾状態を解除して、フェンリルに向かって歩き出した。
「作戦通り・・・って訳じゃないけどもあとは弘樹くんが突入時の要領でフェンリルの魔力を振り払うだけよ」
作戦の最終段階、俺がフェンリルに直接触れてエクスカリバーの魔力を流し込み、フェンリルが纏っている霧を振り払う。
突入時にフェンリルの魔力を光刃で中和させたのと同じ原理だ。
フェンリルから魔力の霧を引き剥がして、ロキの契約魔法でフェンリルを捕獲する。
「あぁこれで終わらせるよ・・・」
俺は少し前のことを思い出す。
ただの高校生だった俺が化け物に殺されかて、神と名乗る美少女にボコボコにされて、同じ高校のオンナ先輩からもボコボコにされて、最近はろくなことがなかった。
フェンリルと初めて戦った時は、黒い塊みたいなのが高速で動き回ってるとしか認識できなかった。
しかし今は動きを封じられている状態で俺の目の前にいる。
顔は写真でしか見た事がないが狼そのものだ。
体つきはたしかに犬っぽいが、筋肉質で若干人間型によっている気がした。
毛色は灰色、目は金色、今はハッキリと捉えられる。
俺がフェンリルに触れれば、街を脅かすものはいなくなる。
いつも通りの平和に戻るのだ。
俺はフェンリルの額に触れようと右手を伸ばした。
ピキっ・・・。
俺の手が触れる前、フェンリルの顔にヒビが入った。
ただそれだけを俺は認識した。
何が起きたのかは全く理解できなかった。
気づけば俺は迷宮の壁に叩きつけられていた。
痛みを感じる間もなく、鳴り響く咆哮に俺は耳を押さえた。
「これで終わらせるなんて切ないだろ??感動の再会より絶望的な別れのほうがそそる」
この場にいる者全員が知らない男の声だった。
そんなこと気にする間もなく、目の前で最大の脅威が動き出した。
「こ、これは!?」
フェンリルの体が巨大化していた、数倍に。
しかもまだ大きくなっていく。
当然纏う魔力も比例して強大になっていく。
「フェンリルの能力「神殺し」いづれ世界を食らうほどの巨体となり、終焉の獣へと進化する、禁断の能力だ」
奴は上空にいた、崩れゆく迷宮の天井、そこに浮いている1人の男。
背中には6枚の黒い翼、
白い肌と赤い瞳、
後に男はこう名乗る。
堕天使コカビエル。




