第16話 英姿颯爽たる男
源次は封筒から手紙を取り出すと、喉の調子を整えるように軽く咳をした。そして、猿丸と久世をゆっくりと見やる。
「……いいっスか。読むっスよ」
「おうよ」
「お願い」
源次は大きく息を吸った。
そして次の瞬間、口から飛び出したのはいつもの低い調子の声ではなく、「俺は朔夜っス」とでも言わんばかりの品のある、それでいてどこかすました嬌音だった。
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黒鉄組 猿丸赤也様
このたびは、身に余るお言葉を賜り、誠にありがとうございます。
演舞をお気に召していただけたようで、月影一同、大変光栄に存じます。
ただ、おかげさまで我々月影は各地よりお声がけをいただいており、この先も公演の予定がございます。
猿丸様のご要望にお応えするためには、これから旅程を調整し、天原での滞在を延ばす必要がございます。
そのための費用も、決して少額ではございません。
そこで、誠に恐縮ながらひとつご相談がございます。
此度の報酬として、金貨百枚をご用意いただきたいのです。
黒鉄組の皆様におかれましても、何かとご入用が重なっていると伺っております。
吝嗇家の皆様にこのようなお願いを差し上げるのは、誠に心苦しい限りでございます。
とはいえ、当方にも団員たちの暮らしを守る務めがございます。
英姿颯爽たる猿丸様も、黒鉄組を率いるお一人。そのあたりの事情は、ご理解いただけるものと存じます。
良いお返事をお待ちしております。
月影 朔夜
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源次が手紙の内容を読み上げると、猿丸と久世は同時にがくりと頭を垂れた。
「だ、大丈夫っスか、二人とも」
猿丸はゆっくり顔を上げると、ぎろりと源次を睨みつけた。
「こっちの痛いところ突きやがって。あの狐ヤロォ……」
「あ、ああ。確かに高額っスよね」
「高額どころの騒ぎじゃねえ! 黒鉄組全員の二ヶ月分の生活費だっての!」
猿丸は怒りを抑えきれない様子で、源次の両肩を持ち、激しく揺らした。思わぬ八つ当たりに、源次は成す術もなく、とりあえず笑う。
そんな二人に久世がぴしゃりと言葉を挟んだ。
「それだけじゃないよ、猿くん。この手紙」
猿丸と源次が、揃ってぐるりと久世を向いた。
「あ?」
「どういうことっスか」
久世は源次の手から手紙をそっと抜き取り、ある一文を指でなぞった。
そこに書かれていた言葉は……。
──吝嗇家の皆様にこのようなお願いを差し上げるのは、誠に心苦しい限りでございます。
猿丸はしばし考え込むが、すぐに諦めて首を傾げた。
「さっぱりわかんねえ。どういう意味だ?」
「吝嗇家はケチってこと。つまりこの一文は……懐が苦しいうえにケチな皆さんに、金貨百枚もお願いしてすみませんねえ……って意味だよ」
次の瞬間、猿丸の顔は熱を帯び、頬が赤らんでいく。
「カー! 舐めやがって、あの狐ヤロォ……!」
「いや、これを書いたのは別人かも」
「ああ!?」
「吝嗇家の意味はさっき言ったけど、英姿颯爽はかなり仰々しい褒め言葉なんだ。要はこの手紙は、大げさに持ち上げながら、かなり露骨に挑発してる。あの若い女性が書いたっていうより、交渉事に慣れた老獪な人間が書いたって感じだよ」
猿丸はうなだれる。
簪を引き合いに出せば、きっと話に乗る──そう思っていたが、甘かった。舞を頼む以上ある程度の出費は覚悟していた。だが、こんなに大金をせがまれるとは。
「どうする? 値切ってみる?」
この発言に、猿丸は盛大にズッコケた。
「馬鹿! そんな情けねえことできるか」
「だってそんな大金用意できないでしょ」
「英姿颯爽って言われたからには、どうにかしねえと男が廃るってもんだろうが」
この猿丸の発言に、久世と源次は同時に肩を落とした。
「猿くん……」
「完全に、この手紙に乗せられてるっスね」
久世は気を取り直すように腕を組むと、冷静にこう続けた。
「じゃあ、一体全体どうやって、そんな大金用意するのさ」
すると、さらに傾いた西日を背に、人影がひとつ颯爽と駆けてきた。黒鉄組に二人しか存在しない坊主頭のひとつが、きらりと茜色に輝いている。一人目の源次がここにいるということは、あの人影は一郎だ。
「兄貴ィ~! 兄貴ィ~! 兄貴ィィ~~!」
一郎が全速力で駆け寄ってくるなり、猿丸は大げさに悪態をついた。
「イチ、一回呼べばわかるっての」
「え?」
「三回も呼ぶ必要ねえだろって」
すると、一郎は困り顔で猿丸と久世、源次を見渡した。
「だって、兄貴たちは三人いますから、三回呼ばないと」
この発言に、久世は声を上げて笑った。
つまり、先ほどの「兄貴三連発」は、猿丸と久世、そして源次をそれぞれ呼んでいたのだ。
「わかりずれぇことしやがって」
猿丸の呟きは久世の笑い声に掻き消された。極道らしからぬ一郎の素直さに、猿丸と源次もつい笑みをこぼす。
だが、三人とは違い、一郎の表情にはどこか切迫した感情が滲んでいた。
「すぐ知らせたいことがあって! 西道が目を覚ましたんですよ! たったいま!」
途端に全員の顔が強張った。
一郎には、西道がいる病院の見張り役を頼んでいた。目が覚めたらすぐに知らせるよう伝えていたのだ。
「ほんとか、イチ」
「ほんとです! 巨乳……看護師の姉ちゃんに鼻の下伸ばしてました!」
猿丸は久世に向き直る。
「どうする? 会いに行くか?」
「いや、あの病院には憲衛隊がいる。うかつには動けない」
「それなんですけど……」
一郎がおもむろに口を挟む。
「西道の奴、事情を聞こうとした憲衛隊を追い払ったんです。で、秘書っぽい男にこう言ってました。あの極道に連絡を取れって。たぶん、こっちから会いに行かなくても呼び出しがかかるんじゃないですか」
「そうかい、そうかい。タヌキもなかなか気が利くじゃねえの」
へへへっと笑う猿丸。だが、源次は俯いたままだった。
「でも、会ったら前金返せって言われるんじゃないっスか。そうなったら、宵狐が請求した金額と合わせて、金貨百五十枚も必要になるっス……」
久世は顎に指を添えて考え込んだ。
「どうした?」
「どうしたって、いろいろ考えてるんだよ。前金を返さないで済む方法とか、宵狐に金貨百枚も払わなくて済む方法とか」
そう言うなり、久世は気難しく口を引き締めながら顔を伏せた。金の話になると、久世は一気に表情が硬くなる。それがこの黒鉄組の懐事情を表しているといっても過言ではないのだが、今回の件に限っては猿丸に妙案があった。
猿丸は久世の悩みを吹き飛ばすかの如く、大声で笑った。
「ほんと、極道なのにクソ真面目だな、お前」
猿丸は縁側に戻り、胡坐をかく。そして全員を見渡して、声を潜めた。
「ここからは俺に任せろ。前金は返さねえ。そんでもって、宵狐への金貨百枚も耳を揃えてきっちり用意してやる。黒鉄組の英姿颯爽たる男がな」
猿丸の言葉が放たれるのを見計らったかのように、生ぬるい風が縁側を吹き抜けた。途端に落ち葉や砂埃が舞い上がり、視界を僅かに覆っていく。久世は風で乱れた前髪を整えながら静かに言った。
「……随分、気に入ったみたいだね。その言葉」
猿丸は、砂埃を浴びながら自信満々に胸を張る。久世はどこか呆れつつも、そんな彼に安堵に満ちた笑みを向けた。




