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73,嫌な予感と伸の写真と「次は実物だな」

「ほら」


 指でチェーンをつまんでいる。

 

「あ……」

「スノコの隙間から落ちたんだよ。だけどお前、そんなに大事なものを落として、なんで気づかねぇの?」


 そう言いながらも、差し出した有希の手のひらにチェーンを載せてくれる。

 

「ホント、間抜けだよね」


 ほっとして、再び涙が溢れ、有希は何度も目元をぬぐう。

 

「ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」


「お礼なんて別にいいけど、ちょっと聞いてもいいか?」


 有希の顔を見ながら、生野はにやにやしている。なんとなく、嫌な予感がする。

 

「……何?」


「それって、彼氏からのプレゼント?」


「まぁ、そうだけど」


「へぇ。やっぱりそうか。そりゃあ必死になって探すわけだよな」


「生野には、感謝してるよ」


「へへっ、そうか。お前、ホントに彼氏のことが好きなんだな」


「それは」


 当たり前だ。だが、改めて人から言われると、なんだか恥ずかしい。

 

「なぁ」


 正面に立った生野が、有希の顔をのぞき込むようにして言った。

 

「お前がそんなに惚れてる彼氏、俺も見てみたいな」


「……え?」


 生野は、相変わらずにやにやしながら言う。

 

「彼氏からの大事なプレゼント、見つからなかったらヤバかったよな。もしかしたら、喧嘩になっていたかも」


 穏やかで優しい伸とは、喧嘩にはならないだろうが、彼を失望させるのは確かだっただろう。

 

「俺、確実にお前のピンチを救ったよな」


「だから、えぇと、ありがとう」


 生野が、うんうんとうなずいて言う。

 

「お礼なんていいけど、お前の彼氏、見てみたいなぁ。お前がどんな男と付き合ってるのか興味があるんだよ」


 そんなことに興味を持たれても困るが、ピンチを救ってもらったのは事実だ。

 

「写真でもいい?」


「おっ、写真あるの? って、そりゃ彼氏なんだから写真くらいあるに決まってるよな。見たい見たい。見せてくれよ」


 あまり気は進まないが、写真くらい、見せてもいいか。有希は、ロッカーからスマートフォンを取り出し、伸の写真を表示する。

 

「これ……」


 それは、食事の前に撮った、ビーフシチューを前に微笑んでいる伸で、有希のお気に入りのうちの一枚だ。

 

「どれどれ」


 生野は、じっくりと眺めてから言った。

 

「彼氏って、いくつ?」


「三十代だよ」


「へぇ。想像してたのと違うな」


「え?」


 生野は、勝手に画像をスワイプする。

 

「ちょっと、駄目だよ!」


 有希は、あわててスマートフォンを生野から遠ざけた。生野は、へらへら笑っている。

 

「想像と違うって、どういうこと?」


「いや、なんかこう、マッチョでワイルドなタイプかと思ってたけど、意外としゅっとしてるな」


「マッチョでワイルドって……」


 いったいどういうイメージなんだ……。

 

「さて」


 生野が、ズボンのポケットに両手を入れて言った。

 

「次は実物だな」


「……え?」


 ぽかんとしている有希の顔を見ながら、さらに生野が言う。

 

「写真でだいたいの雰囲気はわかったけど、やっぱり本物が見てみたい。写真を見て、余計にそう思ったよ」


「いや、待ってよ。何言ってんの?」


「何って、言葉の通りだけど」


 有希はあわてて言う。

 

「そんなの駄目だよ。無理に決まってるだろ」


「なんで?」


「なんでって……」


 そんなこと、伸が承知するはずがない。伸は二人の関係を公表していない。

 

 社会的な立場があるし、それは有希も納得していて、伸とのことは母にしか言っていない。生野にだって言うつもりはなかったのに、勝手に探り当てられてしまったというか……。

 

「伸くん、いや、彼に迷惑がかかるからだよ」


 生野がにやにやする。

 

「へぇ。『伸くん』っていうのか」


 あぁ、また口を滑らせてしまった。有希は、心の中で歯噛みする。

 

「とにかく、直接会うなんて絶対に駄目だし、僕が彼のことをべらべらしゃべったなんて思われたら困る」


 もしもそれで、伸に嫌われてしまったらどうしてくれるのだ。本当に勘弁してほしい。

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