67,愛された痕跡を丁寧に洗い流すこととビーフシチューとまだ離れたくないこと
ちょっと驚いたように眉を上げてから、伸は再び有希を抱きしめ、キスに答えてくれる。とても幸せな瞬間だ。
濃厚なキスを交わしながら、早くも体が火照り、妖しく疼き始める。有希は、唇を離して、伸を見上げる。
「伸くん……」
伸も、切なげな表情で、有希を見つめ返す。そのまま二人は、奥の部屋に移動する。
どことなく、もったいないような気がしながらも、有希は、伸に愛された痕跡を丁寧に洗い流す。本当は、伸と一緒にシャワーを浴びたいのだが、それをすると、シャワーだけではすまなくなってしまうので、日曜の夜以外は我慢している。
体を洗った後は、いつものシャンプーで髪を洗う。有希がずっと使い続けていて、伸も香りが好きだと言ってくれているシャンプーだ。
本当は、伸にも使ってほしいと思って、コンディショナーとともにこの部屋に持って来たのだが、実際は、有希だけが使っている。伸は、自分のようなおじさんが、甘くさわやかな香りを漂わせていてはおかしいと言って、使ってくれないのだ。
伸は決しておじさんではないと思うが、確かに、伸が突然この香りを漂わせていたら、レストランの中本や沙也加は不思議に思うかもしれない。
持って来たTシャツとハーフパンツを着てバスルームから出ると、さっき有希が脱ぎ捨てた制服は、きちんとハンガーにかけてあり、伸は、ビーフシチューの鍋を火にかけているところだ。
「いい匂い!」
駆け寄って、伸の背中に手をかけながら、鍋をのぞき込む。伸がこちらを見て微笑んだ。
「ユウも、すごくいい匂いだよ」
それから、冷蔵庫を指して言う。
「喉が渇いただろう。なんでも好きなのを飲んで」
「うん」
「冷めちゃうよ。ユウが猫舌なのは知っているけど」
なかなか料理に手をつけず、スマートフォンを向けて撮り続けている有希を見て、伸が苦笑するのもいつものことだ。
別にSNSに載せるために撮っているわけではない。長年レストランで働いている伸の料理は、おいしいだけでなく、ちょっとした盛り付け方もきれいなので、そのすべてを記録しておきたいと思って、自分の日記として撮っているのだ。
「ビーフシチューなら、もう何度も作っているし」
「でも、今日のビーフシチューは一度きりだもん」
満足のいく一枚が撮れたので、スマートフォンを脇に置いて、手を合わせる。
「いただきます」
まず最初に、牛肉をスプーンですくって口に入れる。長時間煮込んだ牛肉は、軽く歯を当てただけでホロホロとくずれる。
「おいしい! ねぇ、デザートもある?」
「あるよ」
「楽しみ。それも写真に撮らなくちゃ」
有希の言葉に、伸が、あははと笑った。
「そろそろ着替えたほうがいいんじゃないかな」
伸が、有希の髪を撫でながら言う。有希は、椅子に座る伸の膝に乗って、体に回した伸の腕を握りしめている。
「まだいいよ」
「でも、明日の授業に差し支えるだろ」
もう、夜も更けている。帰らなくてはいけないのはわかっているが、まだ伸と離れたくない。
「ねぇ。泊まっちゃ駄目?」
「泊まるのは、日曜の夜だけって約束だろ」
「でも……」
わかってはいるが、涙が出そうになる。
「伸くんは、僕が帰っても寂しくないの?」
伸は、穏やかな声で言う。
「そりゃあ寂しいさ。でも、ユウはまだ高校生だし、お母さんに心配をかけたくないから」
伸の言うことは、もっともだと思う。だが、相手のことが本当に好きだったら、一時も離れたくないと思うものではないのか。
そう思っていても、伸は大人だから自制出来るのか、それとも、有希が伸を好きだと思うほどには、有希のことを思っていないのだろうか。
もちろん、伸はいつでも優しいし、有希のことを大切にしてくれる。だが、伸が本当に愛しているのは、有希ではなく、「彼」なのでは……。




