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44,二人連れの来客と耳元で囁かれたことと制服のまま部屋に来た有希

 閉園三十分前には営業を終了するので、早い時間に帰れるのが、この職場の数少ない利点のひとつだ。

 

 今日も、あとわずかで営業が終わる。そんな時間のことだ。

 

 シンクで食器を洗っていると、フロアから戻って来た、ウェイトレスの沙也加が言った。

 

「主任に、お客様ですよ」


「え?」


「フロアのテーブルにいらっしゃいます。お二人連れで、西原さんって方です」


 伸は、ぎくりとする。西原とは、まさか……。タオルで手を拭いて、手櫛で髪を直してから、急ぎ足でフロアに向かう。

 

 思った通り、テーブル席に、こんな場所には不似合いな、ゴージャスな雰囲気の中年女性と、制服姿の西原有希が、飲み物を前にして座っていた。

 

 そばまで行って、伸は頭を下げる。

 

「安藤です」


 女性も立ち上がりながら、艶然と微笑む。

 

「西原です。この度は、息子が大変お世話になりまして」


「いえ……」


 伸の気持ちを知ってか知らずか、彼は、にこにこしながらこちらを見ている。

 

 彼は、座り直している母親を見ながら、無邪気に言った。

 

「僕のママだよ。美人でしょう」


 母親は、否定するでもなく、ふふっと笑う。

 

「伸くんだよ。僕の恋人」


「ちょっ……!」


 伸は、あわてて周りを見た。幸い、フロアには、ほかに客もなく、従業員も奥に入っているが、誰かに聞かれては気まずい。

 

「有希、駄目じゃない。安藤さんのお立場を考えなさい」


 さすがに、ナイトクラブを三店も経営しているという母親は、余裕のある態度だ。彼は言った。

 

「ごめん。でも、僕の大切な人なんだ。だから、どうしてもママに会ってほしくて、無理を言って、出勤前に連れて来ちゃった」


 後半は、伸に向かって言った。

 

「あぁ、うん……」


 こんなとき、どんな顔をすればいいのかわからない。彼の母は、どう思っているのだろう。

 

 気まずい沈黙を破るように、彼が言った。

 

「やっぱり僕には、まだアルバイトは無理みたい。なんだか怖くて」


「しょうがないわねぇ」


 母親は、優しい目で彼を見ている。

 

「でも、ここに来たことは無駄じゃなかったよ。伸くんに出会えたから」


 それから、同じタイミングで、母子そろって伸の顔を見る。

 

「あ……いや……」


 母親が、再び立ち上がって頭を下げた。

 

「この子のこと、よろしくお願いします」


「え……えっ?」


 どういうことだ? これはつまり、二人の仲を認めてくれたということなのだろうか。だが、そんなことがあるものだろうか。

 

 あたふたしている伸に向かって、彼が、顔の横でピースサインを作って見せた。

 

 

 帰り際、いったん店を出てすぐ、彼だけが小走りに戻って来て、伸の耳元で囁いた。

 

「後で部屋に行ってもいい?」


「いいけど……」


「じゃあ、後でね」


 にっこり笑うと、伸が言葉を返す間もなく、母親のもとへ駆けて行った。

 

 

 呆然としたまま奥に入って行くと、早くも私服に着替えた中本が言った。

 

「あの子って、昨日、面接に来た子ですよね。なんなんですか? 一緒にいたの、母親ですか? なんか、すげー派手な人でしたね」


「あぁ、やっぱりアルバイトは無理だとか、そんなことを」


「わざわざ、それを言いに来たんですか。意外と律義っていうか、めんどくさいっていうか」


 伸は、上の空で答える。

 

「あぁ、そうだな……」




 彼が来ると言っていたので、帰りにスーパーに寄って、いつもは買わない菓子やソフトドリンク、フルーツなどを買って帰った。部屋着に着替えて、洗濯物を片付けたり、お茶の用意をしたりしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

 ドアを開けると、制服のままの彼が立っていて、少し照れくさそうに笑ってから入って来た。つい、今夜も泊まるつもりなのかと思い、そのことに、ときめいている自分にが恥ずかしくなる。

 

「……上がって」


 彼は、手に持っていた箱を掲げて見せた。

 

「ケーキ買って来たよ」


「そんな、気を遣わなくていいのに」


 彼が微笑む。

 

「僕が食べたかったんだよ」


 それから、ケーキの箱をテーブルに置くと、伸に抱きついて来た。

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