43,一つの体に二つの人格が存在することと彼の横にそっと体を滑り込ませること
果たしてそうだろうか。他人のことはよくても、自分の息子のことになったら、また別なのではないか。
シングルマザーの伸の母でさえ、近頃では、恋人の存在や結婚について、さりげなく探りを入れて来るのだ。おそらく伸には、普通に結婚をして、子供の親になってほしいと思っているのだろう。
そして、あっけらかんと話す彼を見ているうちに、わかったことがある。彼が、行彦の生まれ変わりであることは間違いないと思うが、それと同時に、彼の中には、当たり前に、有希としての経験や記憶がある。
つまり、行彦としての記憶がよみがえったことによって、一つの体の中に、二つの人格が存在することになったのだ。封印を解いたのは、伸だ。
伸は、動揺を隠して尋ねる。
「お母さんは、なんて言っていた?」
「明日、くわしい話を聞かせてって」
「そうか……。でも、なんて言うつもり?」
まさか、前世で幽霊のときに会ったなどと言うわけにはいかないだろう。たとえ、それが紛れもない事実だとしても。
彼は、伸の腕を取り、肩の上に頭を預けて言った。
「アルバイトの申し込みに行って、緊張して具合が悪くなったときに優しく介抱してくれて、それで好きになったっていうのはどう? あながち嘘でもないでしょう?」
「介抱はしていないけど……」
彼が笑う。
「伸くんは真面目だな。細かいところはいいんだよ。さすがに本当のことは言えないもん」
そのへんは、わきまえているのだなと思う。だが、ふと気がついて言った。
「明日は学校があるんじゃないの?」
「うん」
「じゃあ、早く起きて、学校に間に合うように帰らないと」
「そうだね。こんなことなら、制服を持って来るんだったなぁ。そうすれば、直接学校に行けたのに」
真面目なのか不真面目なのか、よくわからないが、ちゃんと学校に行く気はあるらしい。
伸は、年上らしく言った。
「早くシャワーを浴びておいで。パジャマ代わりに、何か着替えを用意しておくから」
彼が、伸の腕をぎゅっと抱きしめながら、甘えるように言った。
「一緒にシャワー浴びたいな。でも、やっぱり、ちょっと恥ずかしいかな……」
すでにもう、ずいぶんと恥ずかしいことをしているが、一緒にシャワーを浴びるのは、また別の恥ずかしさがあるかもしれない。それは、伸にもわかる気がする。
後からシャワーを浴びて、パジャマに着替えて部屋に入って行くと、伸のTシャツとハーフパンツを身に着けた彼は、寝息を立てて、ぐっすり眠っていた。伸は、そのあどけない寝顔を見下ろしながら、わずか半日ほどの間に起こった怒涛のような出来事を思い返す。
話す相手もいないが、いったい誰が、こんな話を信じるだろう。伸自身も、未だ夢を見ているようで、とても現実に起こったことだとは思えない。
だが、実際に、行彦の生まれ変わりである彼は、こうして目の前にいて、先ほどまで、激しくお互いの体を貪り合っていたのだ。
今日の午前中まで、自分は、従業員に「主任」と呼ばれるだけで、誰からも下の名前で呼ばれることのない、孤独な中年男だったのに……。
灯りを消し、彼の横に、そっと体を滑り込ませたが、なかなか眠りは訪れなかった。
翌朝早く、朝が苦手らしい彼を苦労して起こし、なんとかトーストを食べさせた。タクシーを呼んで乗せ、見送った後、部屋に戻ると、どっと疲れが出た。
いつも通り出勤し、フロアの掃除から始める。近くに住んでいるせいもあって、いつも伸が一番乗りだ。
テーマパーク内のレストランは、ウィークデーの午前中は、ほとんど開店休業状態なので、それほど早く仕事を始める必要もないのだが、いつしか習慣になってしまった。
フロアにモップをかけ終わった頃、中本や、ウェイトレスの女の子たちが出勤して来る。伸が早いのは、いつものことなので、今では気にする者もいない。
昼は、それなりに客もいるが、休日ほどではない。今日も、いつも通りの客の入りで、いつも通りの仕事をこなした。




