179,これから一生をかけて有希を守ることと二世帯住宅とアンジェ―ルのリニューアルオープン
有希が、くすくす笑いながら言う。
「そうだよ。でも、すごくうれしかった」
「そうか」
「うん。伸くんのプロポーズ」
有希は、懐かしそうに言う。
「伸くんが怪我をしたときは、すごく心配だったし、そばにいられないことが悲しかったけど、少しよくなってから二人でお寿司を食べていたら、突然、潤子さんがやって来たときは、本当にびっくりしたよ」
「あぁ」
パークレストランで働いていたとき、棚が倒れて来て怪我をしたことは覚えているのだが、有希と過ごした部分の記憶だけが、きれいに抜け落ちている。
それ以外にも、有希との数々の思い出を失ってしまったことはショックだったし、有希を悲しませもしたが、すべては過ぎ去ったことだ。
それでも再び愛し合い、今、二人には、失った記憶を補って余りある大切な思い出の数々がある。もう決して忘れはしない。
伸は、有希の顔を見下ろしながら言う。
「さて。そろそろ行こうか」
「うん」
有希はうなずいて、ダッフルコートのフードを深く被った。手をつないで玄関に向かいながら、伸は心に誓う。
これから一生をかけて、有希のことを守って行こう。有希のために、そして自分のために。
季節は春になり、アンジェールがリニューアルオープンした。店舗は改装前より少しだけ広くなり、料理とスイーツのメニューをいくつか増やした。
少し前から、伸と有希は、この家の二階で暮らしている。初め、伸は一部屋をもらうのだとばかり思っていたのだが、潤子が気を遣ってくれたようで、二世帯住宅のような形になっている。
食事は一階で三人一緒に取るし、あまり多くの時間を二階で過ごしはしないのだが。。
オープン前日、潤子も加わって、猫型のクッキーを作り、小分けにしてラッピングしたものをレジの前に並べた。
だが、オープン前までは気丈に振舞っていた有希は、初めのうち、少しナーバスになった。当日の朝はバタバタしていた上に、伸も、準備に加え、緊張と興奮で、あまり有希を気遣う余裕がなかった。
いよいよ開店時間が迫ったとき、それまで店内で準備を手伝っていた有希に、伸は言った。
「それじゃ、ユウはリビングでゆっくりしていて」
不安げに伸を見上げながら、有希はこくりとうなずく。にわかに心配になって、伸は尋ねた。
「大丈夫?」
有希は、伸を見つめたまま言った。
「……平気だよ」
あまり平気そうに見えないが、少しずつ慣れて行くしかないのだと思う。
「そう。手が空いたら行くから」
店を開けると間もなく、潤子の友人であり、アンジェールの常連でもある岩沢さんが、二人の友人を連れてやって来た。レジの横には、麗衣が開店祝いに贈ってくれたバラの花束が飾られている。
「いらっしゃいませ」
声をかけた伸を見て、岩沢さんが言った。
「まぁ、伸くん。久しぶり。すっかり立派になったわね」
「はぁ」
伸は曖昧に微笑む。それは貫禄がついたというか、おじさんになったということなのだろうかと思ってしまう。
有希と付き合うようになってから、自分の年齢について過敏になっていることは否めない。
すぐにメニュー表を持った潤子がやって来た。
「まぁ、岩沢さん。開店早々来ていただいて」
「改装前も雰囲気があってよかったけど、また一段と素敵になったわね」
岩沢さんは、友人たちとうなずき合う。
「ありがとうございます」
「伸くんも一緒にやることになって、メニューも増えるって聞いて楽しみにして来たのよ」
伸に笑いかけてから、潤子は岩沢さんたちに向かって言った。
「さぁ、お席へどうぞ」
潤子が彼女たちを席に案内するのを潮に、伸はカウンターの中に入る。いよいよ新生アンジェールと、伸の新しい仕事の始まりだ。
岩沢さんがいろんな人に声をかけてくれたようで、また、それ以外にも、予想以上に多くの客が訪れた。途中で有希の様子を見に行くつもりだったのだが、客が途切れなかったので、店から離れられなかった。




