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108/186

108,伸を支えたいことと閉園後のことと伸が何よりも辛かったこと

 あえぎながら目覚めた伸に強く手を引かれ、伸の胸に倒れかかるようにして抱きすくめられた。

 

「危ないよ!」


 だが伸は、有希の背中に回した腕に力を込めながら言った。

 

「ユウ。どこにもいかないで」


「伸くん……」


 胸が痛くなる。洋館だった頃から数えれば、伸が人生の半分を過ごした場所であるレストランがなくなってしまうことが辛くてならないのだろう。あの場所は、伸にとっては、体の一部でさえあるのかもしれない。

 

 今までは、大人で優しい伸に甘えてばかりで、泣いた有希を慰めてくれるのも、我がままを聞いてくれるのも、いつも伸のほうだった。

 

 だが、これからは、とても繊細で、心に深い傷と悲しみを抱えている伸のことを、自分も支えたい。

 

「大丈夫だよ。僕はずっと伸くんのそばにいる。どこにも行かないよ」




 朝起こされたときには、いつもの伸に戻っていた。昨夜のことは忘れてしまったのか、あるいは夢を見たとでも思っているのか、それについて伸が何も言わないので、有希も黙っていた。

 

 だが、思っている以上に伸がショックを受けていることがわかったので、今まで以上に寄り添って、出来るだけのことをしようと心に決めた。

 

 

 

 再び平穏な日々が戻って来たが、フォレストランドの閉園について、伸は一言も話さない。そのことが、返って悲しみの深さを表しているように有希には感じられた。

 

 閉園までにはまだ時間があるし、伸の心が落ち着くまでは、そっとしておこう。そう思っていたのだが、あるとき、とうとう我慢出来なくなって、有希のほうから切り出してしまった。

 

 それは、並んで座ってテレビを見ながら食後のコーヒーを飲んでいたときのことだ。

 

「ねぇ、フォレストランドのことだけど……」


 テレビの画面を向いたままの伸の肩が、ぴくりと動くのがわかった。

 

 有希は、伸の横顔を見ながら話す。

 

「閉園した後、あの場所はどうなるの?」


「それは、まだ決まっていないみたいだ。入札にかけるとかいう話もあるけど、あの広い敷地が売れるかどうか……」


「売れなかったらどうなるの?」


 伸がうつむきながら言った。

 

「その場合は、分譲されるか、そうでなければ、当分の間あのまま放置されるのかな」


 余計なことを言ってしまったかもしれないと思いながら、だが、気になっていたことを尋ねる。

 

「フォレストランドが閉園した後、伸くんはどうするの?」


「そうだなぁ……。新しい仕事を探さないとね」


 その言い方が気になり、有希は、さらに言う。

 

「伸くんは料理人だから、レストランとか、そういう仕事を探すんでしょう?」


「うん……」


「ちょっと、伸くん!」


 有希の声に驚いたように、伸がようやくこちらを見た。

 

「何?」


 有希は、伸の腕に触れながら言う。

 

「伸くん。まさか料理の仕事をやめちゃうわけじゃないよね」


 しばらく有希の顔を見つめた後、伸がふっと笑った。

 

「ユウ。俺のこと、心配してくれてるの?」


「だって……」


 伸は、微笑みながら言う。

 

「あのときは、ひどく動揺してしまって悪かったね。フォレストランドが閉園するのも寂しいけど、それをきっかけに、過去の辛い出来事を次々に思い出してしまって、平静でいられなかったんだ」


 また余計なことだと思いながら、有希は聞かずにいられない。

 

「それは、行彦と別れたこと?」


「それもあるよ。行彦が消えてしまったことも、洋館が取り壊されてしまったことも辛かった。だけど……」


 不意に微笑みが消え、伸は口ごもる。

 

「伸くん?」


「やっと出会えたユウの記憶が失われてしまったことが、何よりも辛かった。ようやく会うことが出来たのに、もう二度と孤独が訪れることはないと思っていたのに、ユウを諦めなくてはいけなくなったことが……」


 有希は、伸の腕を強くつかむ。

 

「だけど、そんなことにはならなかったじゃない」

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