100,怖くて顔が上げられないことと静かな声で話す伸と両手で顔を覆う母
二人は、リビングに通された。伸の母が言う。
「食事は?」
「食べて来たよ」
「じゃあ、お茶を淹れるから、座って待っていて」
そう言って、手でソファを示す。いつか伸を訪ねて来たときに、伸と向かい合って座ったソファに、今日は二人並んで腰かける。
あのときも、とてもドキドキしていたが、今日は、あのときとはまた違った緊張を感じる。硬くなっている有希の耳元で、伸がそっとささやいた。
「大丈夫だよ」
伸の母が、塗りのお盆に緑茶の入った湯飲みを載せて持って来て、それぞれの前に置いた。有希は、ぺこりとお辞儀をする。
向かい側に座った伸の母は、ゆっくりと一口飲んでから湯飲みを置き、言葉を待つように二人に視線を向けた。伸が口を開く。
「もう察しがついていると思うけど、俺と、彼は、とても親しい付き合いをしている」
そして、いったん言葉を切ってから、思い切ったように言った。
「つまり、恋人同士なんだ」
ついに言った! 自分が母親と伸のことについて話すときは、躊躇なくなんでも話せるのだが、今は、怖くて顔が上げられない。
もっとも、最初に話したときの記憶はなくて、自分が覚えている時点で、すでに母は二人が愛し合っていることを知っていたのだが。
伸の母が、ぽつりと言った。
「やっぱり……」
ちらりと見ると、伸の母は、ぼんやりとテーブルに視線を落としている。
「伸から、一度も女の子の話を聞いたことがないものね。小さい頃から友達もいなかったから、ただ人付き合いが苦手なのかと思ったこともあったけど」
そのことならば、シングルマザーである母のことを揶揄されるのが嫌で友達を作ることをやめたのだと、伸に聞いたことがある。そのことでいじめにも遭い、だが、それがきっかけで行彦に出会ったのだと。
伸の母は続ける。
「高校生のときには、精神的に不安定になったり、体調を崩したりして、とても心配したけど、その後は就職もして、ずっと真面目に働いていたから、安心していたのよ。でも……」
「でも、何?」
伸の問いかけに、母の瞳が揺れる。
「こんなことを言うのはよくないってわかっているのよ。でも、あなたもいい年だし、そろそろ身を固めて幸せになってほしいし、出来ることなら、孫の顔を見せてほしいって……」
あぁ、やっぱり。有希の母は極めて特殊な例であって、普通の親ならば、そういうふうに思うのが当たり前なのだろう。
伸が静かな声で言う。
「お母さんが、俺の幸せを願ってくれていることは、よくわかっているよ。カフェを切り盛りしながら、俺を育ててくれたことに感謝しているし、いつか恩返しがしたいと思っている。
お母さんのことは、とても尊敬しているし、料理の道に進んだのも、いつもお母さんを見ていたからだよ」
伸の母は、目に涙をためながら、伸を見つめている。
「一番の恩返しが、結婚して子供を持つことだっていうのもわかっている。でも、申し訳ないけど、それだけは無理なんだ。
俺の彼に対する気持ちは真剣だし、俺の幸せは、彼なしには考えられない。そのことを、お母さんにわかってほしいんだ」
「だけど」
伸の母は、一瞬、有希の顔を見てから、再び伸に目を戻す。
「西原くんは、まだ高校生じゃないの。親御さんが知ったらどう思うか……」
そこで初めて、有希も会話に加わった。
「あの、僕の母もシングルマザーなんですけど、伸くんのことは知っていて、僕たちのことは認めてくれています」
伸の母が、まじまじと有希の顔を見る。
「なんてこと……。知らなかったのは私だけ?」
「お母さん」
伸の問いかけに答えず、彼女は両手で顔を覆ってしまった。
自分は余計なことを言ってしまったのだろうか。有希は、おろおろと二人を見比べる。
自分のせいで、事態が悪い方向に進んでしまったらどうしよう……。有希も泣きたい気持ちになったが、伸は、落ち着いた口調で言う。




