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黒人形は白になる


フィニアンに話をした数日後、ルルアンナは再び城を訪れていた。

先日色々と話し合った結婚式関係での確認だけなので、ルルアンナは急ぐでもなくのんびりと庭の景色などを眺めながら歩いていたが、自分の斜め後ろチラリと見て苦笑する。


「ミレット、顔が怖いわ」


いつもはあまり人前で感情を出さないミレットが、珍しくあからさまにムスッとしている。まあ、最近は特定の人物限定で度々怒りを顔に出してしまうことも多かったが。


「……ここに来ると高確率であの無礼なメイドが現れるので嫌なのです。いつまで経ってもマナーがなっていませんし」


「そうね。でも、そろそろ付き合うのも終わりかしらね。これ以上は意味がないもの」


「そうなんですか?」


「ええ」


どうやら城に来るたびに現れてあれこれ報告してくるアニが気に食わないようなので、それももう終わりだと告げるとミレットとベルガードは揃って首を傾げた。ただし、前者はもういいのかという確認で、後者に至っては全く話の意味が分かっていない。


「ふふ、まさか私が彼女の言葉を真に受けていると思っていたのかしら?」


驚いているベルガードに笑うと、真面目な護衛騎士は慌てて否定する。


「い、いえ。殿下を信じていると仰っていましたからそのような心配はしておりません。しかし、ならば今までの行動は……?」


「その答えは、この後すぐに分かるわ」


いつもと変わらぬ慈愛の笑みを浮かべ、ルルアンナは軽い足取りで目的地へと向かった。




◇◇◇




「では、今後はそのように進めさせて頂きますね。何か不都合が起きた場合にはすぐにご連絡差し上げます」


「ええ、お願いね。あともう少し、あなた達には苦労をかけてしまうけれど」


「とんでもございません!このようなめでたき事に関われるなど、私達にとっては大変光栄なことでございます。最高の式になるよう全力を尽くしますので」


「ふふ、期待しています。でも無理は禁物よ」


ルルアンナとフェリオルドの式の準備を請け負う様々な部門の担当者達との確認を終え、ルルアンナは労いの言葉と共に部屋を後にした。

扉が閉まると同時にルルアンナは小さく息を吐く。


「お疲れ様でした。大筋の話し合いは終わりましたし、これで少しは落ち着きますね」


「そうね。少しだけ肩が軽くなった気がするわ」


言葉通り少し晴れやかな表情でルルアンナが歩いていると、しばらくしてここ最近で見慣れた姿が飛び込んできた。柱の陰でキョロキョロと辺りを見回しているのはアニだ。彼女はルルアンナ達の姿に気づくとハッとしたようにこちらへと駆けてきた。


「あ、あの……!」


「御機嫌よう。今日もお会いしましたね」


「あ、はい!ル、ルルアンナ様もお元気そうで何よりです!」


朗らかに微笑んだルルアンナに挨拶され、慌てたようにアニも挨拶を返すが、適切とは言い難い言葉や口調にミレットの眉がピクリと上がる。


「そ、それで、あの……今回も色々とご報告があるのですが」


「ああ、そのことなのだけれど」


はやるような口調でいつものように切り出そうとするアニの言葉を、ルルアンナはやんわりと遮った。


「報告はもう結構よ」


「えっ……」


驚いたようにアニは絶句するも、すぐに必死な様子でルルアンナに問いかけた。


「な、なぜですか?そんな急に……」


「理由は、そうね。もう必要ないからよ」


「き、気にならないのですか?あのお二人の様子が」


「ええ、気にならないわ。だって……」


ルルアンナは言葉を切って、満面の笑みをアニへと向ける。


「あなたの言葉は全て嘘なのだから」


笑顔を向けられたアニはひゅっと息を吸い込み、そのまま顔を青ざめさせた。少しも崩れないその笑顔が余計に彼女の恐怖心を煽ってくる。


「え……あ……、な、何を言って……」


「無意味な問答はやめましょう。あなたが嘘を吐いていることは最初から分かっていたもの」


「さ、最初から……?」


「ええ」


怯えながらも混乱した様子の彼女に、ルルアンナはすっと人差し指を立ててみせる。


「まず、私はまだ皇太子殿下の婚約者という立場だけれど、皇太子妃になることは確定しているということですでにその業務の一部を担っています」


「……?」


「例えば、城の使用人等の人事。具体的に言えば、ここで働くメイドに関しての総合的な管理、とか」


「っ!」


不思議そうにしていたアニの表情が一気に強張る。少し鈍そうな彼女でもさすがに気づいたようだ。


「つまり、ここで働いているメイドは私の管理下にあるということよ。さすがに一人一人の詳細な個人情報までは把握していないけど、顔くらいは覚えているわ。私が見覚えのないメイドなんているはずがないの」


皇后であるナルシッサから与えられているこの業務を、僅かでもルルアンナが疎かにするなどありえない。優秀な彼女の頭脳は、侍従を除く半数とはいえ膨大な城の使用人さえもコントロールしているのだ。フェリオルドのためにと磨き続けてきた能力は伊達ではない。


「そして、この城で働く使用人を新しく採用する時期は明確に決まっている」


スッと二本目の指を立てて、ルルアンナは言葉を続ける。


「皇族の方々が住まう場所で働くんだもの。決められた期日に様々な厳しい審査を経て、合格した者だけがここで働くことができるの。下手な間者や不審者が入り込むことがないよう、それ以外の時期に新人を採用することはない。これに例外はないわ」


「そ、それ、は……」


か細く声を震わせるアニに、ルルアンナはニコリと笑う。


「今の時期に臨時で新人が採用されることはありえないのよ」


おそらく帝都のことを詳しく知らない故の潜入だったのだろうが、だからこそこれらを目論んだ犯人を絞れるというものだ。数年でもここで暮らしていれば分かるようなことなのだから。


「最後に、かなり詳細なあなたの報告内容」


三本目の指を立てる。


「あなたはフェリオルド様とネイジア様がお会いする時に必ずそれを目撃している。まるで最初から分かっているかのように。さらには一時間以上も執務室から出てこなかったという証言まで。つまりあなたはネイジア様が出てくるまで一時間以上そこで見張っていたことになるわけだけど…、そんなメイドがいればさすがに不審に思われるはず。そもそも城のメイドの仕事は多岐にわたり非常に忙しい。そんな野次馬のようなことをしている暇なんてないわ。職務怠慢で咎められて当然の行為よ」


震える目の前の彼女に、ルルアンナは最後通牒を突き付ける。


「さらに言えば、新人のメイドが皇太子の執務室近辺の仕事を任されるわけがない。せいぜい誰もが出入り可能なエリアでの雑務くらいよ。身分のある人物の仕事場に近づくことなんてほぼない。つまり、あなたの存在も行動も、全てがありえないものだったということ。そんなあなたの言葉を私が信じるわけがないことくらい、もう分かるわね」


血の気を無くし紙のように白い顔をしたアニは、言葉も無くただ身を竦めるだけだった。やったことは許されないが、それでも少しだけルルアンナは不憫に思う。


「あなたは城のメイドを騙って侵入し、内部を勝手に動き回り、次期皇太子妃である私に故意に嘘の情報を流した。到底許されない行為であることは理解しているかしら?」


「………はい……」


アニは蚊の鳴くような声で弱弱しく頷く。その肩にそっとルルアンナは手を添えた。


「だけど、雇われの身であるあなたが命令されれば従うしかないということも分かっているつもりよ。あなたに指示を出していたのはネイジア・カレンベルクでしょう?」


「っ!」


アニはビクリと体を震わせ、少しの沈黙のあと恐る恐るというように小さく頷いた。


「あなたの罪はかなり重い。けれど、もし私に協力してくれるのなら私もあなたに手を貸してあげます。さすがに無罪放免とはいかないけれど、かなり軽い罪で済ませられるよう計らうことはできるわ。どうするかは、あなた次第よ」


「きょ、協力って、何を……?」


縋るように見上げてくるアニに、ルルアンナは優しく微笑む。


「難しいことじゃないの。ネイジア様からの指示や、その他の彼女の言動を教えてちょうだい。後は、私が言った通りに彼女に報告してくれればそれでいいわ」


「そ、それだけ、ですか?」


「ええ、それだけ。難しくないでしょう?」


アニは涙で潤んだ目でルルアンナを呆然と見る。


「どうして、ですか……?嘘を吐いて酷い情報を流していたのに、私を助けるなんて……」


「言ったでしょう?あなたの事情も分かるつもりだと」


そんなアニに言い聞かせるように、ルルアンナは殊更に優しく言葉を紡ぐ。


「境遇によっては、使用人は主人を選べない。理不尽な命令にも従うしかない。あなたの事情は分からないけれど、私に報告をするときのあなたはいつもどこか申し訳なさそうだったわ。やりたくてやっていたことではないのでしょう?」


それは蜘蛛の糸のように、少しずつ纏わりついては、絡め捕っていく。


「そんな相手を理由も聞かず問答無用で罰することなんてしたくない。そう思っただけ」


「ルルアンナ様……」


おそらくネイジアには酷い仕打ちをされていたのだろう。アニはルルアンナの言葉に感極まったように嗚咽を漏らした。その背中を優しく撫でる。


「どう?私に協力してくれるかしら」


「は、い……はいっ……!ルルアンナ様の、言う通りにしますっ!」


全身で感謝を表すように深く頭を下げるアニに、ルルアンナはふんわりと微笑む。それはまさに、聖母のごとく。


「ありがとう。頼りにしているわ」


そうして抜けない忠誠の楔を打ち込んだ。



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