その邂逅は吉か凶か
城のエントランスへと向かうルルアンナの足取りは軽かった。
「本日はこのままお帰りですか?」
「ええ、必要事項の確認も済んだし、目的も果たしたしね」
言葉を交わす二人の後ろを、難しい顔をした――と言っても普通の人にはいつもの無表情にしか見えない――ベルガードが静かに付き従う。
「まさかあそこまで見抜いていた上での行動だったとは……。ルルアンナ様の慧眼には驚かされるばかりです」
「そこまで大したものではないのよ。立場上、本当に色々な人々を見てきたから、そういった見る目が養われたというだけだもの」
しみじみと頷くベルガードにルルアンナは苦笑するが、真面目な彼はいいえと首を振る。
「それこそ並大抵の努力で身に付くものではありません。素晴らしい主にお仕え出来て光栄です」
「ふふ、相変わらず真面目ね」
朗らかな雰囲気のまま角を曲がり、ルルアンナ達はその少し先にある人影に気づく。こちらへと向かってきているその相手が誰かを認識した瞬間、その場の空気は一瞬で張り詰めたものへと変わった。
相手もルルアンナ達の存在に気づいたのか、歩調をすぐに緩めた。
「おや、こんな所でお会いするとは。お久しぶりですね、シャレット侯爵令嬢」
「ええ、晩餐会以来ですね。お元気そうで何よりです、カレンベルク辺境伯様」
軽く会釈をするカレンベルク辺境伯に、ルルアンナも淑女の礼を返した。
一見穏やかそうに見える彼は全く隙が無く、さすがは有事の際に要となる広大な国境の地を治めているだけはあるようだ。こちらを見つめる瞳の奥に潜む鋭い光に、娘と違い一筋縄ではいかなそうだとルルアンナも背筋にグッと力を入れる。
「城にはよくいらっしゃるので?」
「ええ、そうですね。式の準備などもありますから」
ルルアンナの言葉に、カレンベルク辺境伯は一瞬だけ目を細めた。
「令嬢もどうやらお忙しい身のようですね」
「やるべきことをしているだけですし、一通りは落ち着きましたから。それよりも私のことは晩餐会の時のようにどうぞルルアンナとお呼びくださいませ」
慇懃な態度ではあるが、どこか令嬢を強調しているように感じる呼び方がなんとなく気に入らない。まるで何の力もない小娘だと言われているようだ。相手にどんな意図があってかは知らないが、ルルアンナはにこやかに呼び方の変更を促した。
「では、お言葉に甘えてそう呼ばせて頂きます。実は、ルルアンナ様は最近殿下とあまりお会いしていないとの噂を耳にしまして。僭越ながら気にかかっていたのですが、互いにお忙しい故だったようですね」
突然切り込んでくる辺境伯に、ミレット達が無言で体を強張らせたのを感じる。一見こちらを心配しているようで、油断なくルルアンナを見据えるその目は内心を探ろうとしているかのようだった。本当に隙が無い。そして気に食わない。
「ええ、確かにその通りではあるのですが……」
それならばと、ルルアンナは彼の思惑を利用してやろうと考えた。彼の望むように、欲しいであろう言葉を。
「会えていないというのは本当で、ここしばらくフェリオルド様にはお目にかかっていないのです。確かに普段から忙しい方ではあるのですが、これほど長期間というのは初めてなので、もしかして避けられているのではと少し不安で……」
そこまで口にしてから、ルルアンナはハッとしたように言葉を切る。
「すみません、辺境伯様にこのようなことを。どうか今の言葉はお忘れくださいませ」
申し訳なさそうに眉を下げるルルアンナに、カレンベルク辺境伯は小さく首を振る。
「いいえ、ルルアンナ様のお気持ちもお察し致します。しかし、その様子ですと殿下からは何も聞いていないようですね」
かかった。口元が釣り上がりそうになるのを耐えて、ルルアンナは不安げな表情を浮かべた。
「ええ、特には何も聞いておりませんが……。もしかして、辺境伯様は何か知っていらっしゃるのですか?」
どこか縋るような響きを滲ませた声に、カレンベルク辺境伯はルルアンナが本当に何も知らないようだと判断したらしい。いかにも深刻そうな様子で頷いてみせた。
「はい。極秘事項として私には話がきています。ごく一部の人間にだけのようなので、ルルアンナ様が知らされていないのならば、おいそれと私の口から詳細を話すことはできないのですが……」
勿体ぶるように言葉を切って、彼はグッと声のトーンを下げた。
「殿下は今特殊な状況下にあり、とても大変な思いをしていらっしゃるのです。我々も何とかしたいと手を尽くしているのですが、それも中々難しく……」
「そんな……。フェリオルド様は大丈夫なのですか?私にも何かできることがあったら良いのですが」
ルルアンナのその言葉に、カレンベルク辺境伯の瞳が不穏に光った気がした。
「実は、ルルアンナ様にもできることが……いえ、ルルアンナ様にしかできないことがあるのです」
「まあ、何でしょうか?」
「殿下の事情に関しては非常に複雑でして、簡単にどうにかできるものではないのですが、しかし我が娘ネイジアならば解決できるかもしれないのです」
「ネイジア様が、ですか?」
不思議そうに首を傾げるルルアンナに、カレンベルク辺境伯は重々しく頷いた。
「絶対にとまでは申せませんが、高い確率でネイジアがお役に立てる可能性があります。しかし、その方法が少し問題で……」
カレンベルク辺境伯はそこで困ったように眉を下げてルルアンナを見た。
「殿下とルルアンナ様が婚約関係にある状態では、その方法は実行できないのです」
「え……」
ルルアンナは驚いたように目を見開く。演技でもあるが本心でもあった。辺境伯の発言は意味を考えればとんでもないものだからだ。
「難しいことを言っているのは承知の上です。しかし、皇太子殿下の御身を考えるならば、可能性が少しでもあることは実行すべきではないかと思いませんか?ルルアンナ様には少々我慢を強いてしまうかもしれませんが、どうか一時的に殿下との婚約関係を解消して頂けないでしょうか?方法を実行する間の、少しの期間でいいのです」
ルルアンナは危うく開いた口が塞がらなくなるところだった。もちろん淑女の姿を維持したが。
まるでルルアンナを気遣うかのように眉を下げてはいるが、言っている内容は無茶苦茶である。難しいことを言っているというより、非常識なことを言っているのだが、本人に自覚はなさそうだ。しかも仮にも皇族の婚約者にその解消を迫るなど、どんな理由があろうと許されるものではない。その事情とやらも彼の言う方法も、何一つ具体的に説明をしていないのに、なぜルルアンナが頷くと思うのか。
「えっと、それは私だけでどうにかできることではありません。それに、一時的とはいえフェリオルド様との婚約を解消だなんて……。ネイジア様が行う方法とはいったいどんなものなのですか?」
「それは……言えません。ルルアンナ様のためにもお聞きにならない方がいいかと。しかしその方法がおそらく一番有効なのです。ですが婚約者がいるままではそれは使えない。殿下を助ける可能性を潰してしまうのは、ルルアンナ様も本意ではないでしょう?」
話にならない。ルルアンナは吐きそうになる溜息を飲み込んだ。
忠実な臣下として提案しているかのような顔をしているが、要はフェリオルドを助けたければ婚約を解消しろと脅しているようなものだ。ルルアンナが何も知らないと思って随分となめた真似をしてくれるものである。
しかし、正直ここまでべらべらと喋ってくれるとは思っていなかった。辺境伯という立場からもかなり手ごわいやり手かと思っていたが、優れているのは軍事や戦術などであり、政治的手腕や駆け引きはそこまででもないようだ。ずっと辺境にいたのだから当然といえば当然かもしれないが。
しかし、証拠や尻尾を掴ませずフェリオルド達をてこずらせる程度には狡猾で頭も回るのだから、あまり甘く見れば足元を掬われるのはこちらになるだろう。
「もちろん、フェリオルド様のお役に立てることがあるならば協力は惜しみません。ですが、大変失礼ながら辺境伯様のお話だけで実行に移すには事が大き過ぎます。私の独断でそのようなことを行うわけにはまいりません。ですので、少々お時間を頂いても?」
先程までの様子から打って変わってはっきりと告げるルルアンナの様子に、カレンベルク辺境伯は驚いたように少したじろぎながらもすんなりと頷いた。
「まあ、それはそうですね。簡単に決断できることでもないでしょう。しかし、あくまでこれはごく少数しか知らない極秘事項です。くれぐれも他言されぬようお願いします」
「ええ、お約束します」
「それと、この件は時間が経てば経つほど殿下にとってはお辛い状態になるでしょう。できるだけ早いご返答を」
駄目押しのように、相手に焦りを抱かせるような言葉を残して、カレンベルク辺境伯は軽く頭を下げると足早にその場を去った。
その後ろ姿を無言で見送るルルアンナを、ずっと後ろで控えていたミレットが心配そうに呼ぶ。
「ルルアンナ様……」
「ミレット、急遽フェリオルド様とお兄様に言付けることができたわ。手紙の準備を頼んでもいいかしら?」
「はい、城のメイドを呼んで参ります。その前にどこかの部屋をお借りしましょう」
「そうね。マルクリウス卿、お願いできるかしら?」
「はい、殿下よりいつでも自由に使っていいと許可を得ている部屋がいくつかございますので、ご案内致します」
ルルアンナの言葉に素早く頷き、きびきびと動き出す二人はどうやら先程のカレンベルク辺境伯とのやり取りに腹を立てているらしい。必ず鼻を明かしてやるという意気込みが透けて見えるようだ。
そんな頼もしい二人の様子にクスリと笑い、ルルアンナはさらに笑みを深めた。
「親子そろって本当に期待を裏切らないわ。録音する魔道具が手元になかったのが惜しいわね。まあ、そんな物なくても問題はないけれど」
どんな言葉で飾って報告して差し上げようか。
その後の彼らの反応を思い、ルルアンナは楽し気にその目元を緩めたのだった。




