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本当に大切なもの


案内された一番奥にある部屋は、カーテンが引かれ薄暗かった。その部屋の中、窓際のベッドに華奢な少年がひとり横たわっている。

ルルアンナは力ない足取りでベッドに近づくと、すぐそばに置かれた木の椅子に腰を下ろした。


「ルディカ……」


彼の顔は少し見ないうちに明らかにやつれ、さらりとしていた髪もパサついていた。ルルアンナの前で笑っていた時とは別人のようだ。


「どうして、自殺未遂なんて……」


ルディカは夜中、誰もいない部屋で首を吊ろうとしたそうだ。幸いと言っていいのか、夜の見回りをしていたシスターがすぐに発見したため未遂で済んだのだという。

まだ子供の彼が自ら命を絶とうとするなんて、いったいどれほどの決意だったのだろうか。

どうして、と言いながらも、ルルアンナにはルディカがそこまで思い詰めてしまった理由は分かっていた。間違いなく今回孤児院で起きた事件が原因だろう。

案内してくれたシスターは、ずっとルディカは元気がなかったと言っていた。最近では食事も満足に取らず、ぼうっとしていることが増えていたと。何か悩みや体の不調があるのではないかと心配していた矢先に今回の自殺未遂が起きてしまったそうだ。すぐに医者を呼び、適切な処置をしてもらったが、一度目覚めた後はずっと眠ったままだという。

青白く生気のない顔を見つめながら、ルルアンナの心は後悔でかき乱されていた。どうして彼の心の状態にもっと早く気づけなかったのだろう。元凶を捕まえ事件を解決させることばかりに気を取られ、一番大変な思いをした子供達のことを気遣ってあげられなかった。ましてや無理やり加担させられたルディカの苦しみは誰よりも大きかったはずだ。控えめで、誰よりも優しくて、気遣いができる故に、少し繊細過ぎるところがある子だと知っていたのに。

ルルアンナは少し冷たい小さな手をそっと両手で握りしめた。そのまま少しでも熱が伝わるようにと優しく摩る。


「……う……っ…」


どのくらいそうしていただろうか。ふいに手がピクリと動き、次いで聞き逃しそうなほど小さな声が聞こえた。

ハッとしたルルアンナが視線を向けると、うっすらと開いた目がぼんやりと宙を見つめていた。その状態でしばらく彷徨っていた視線がふとルルアンナに向けられる。途端にその瞳は驚いたように見開かれた。


「…ルル、アンナ様……?」


「ルディカ、よかった……目が覚めたのね」


戸惑ったように辺りを見回すルディカに、ルルアンナは宥めるように握ったままの手にキュッと軽く力を入れた。


「すぐにシスターがあなたを見つけてお医者様に見せてくださったから、大きな異常はないそうよ。体調もゆっくり休めば良くなるわ」


しかし、ルディカはルルアンナの言葉に安堵するどころか苦しそうにグッと顔を顰めた。そして、首に巻かれた痛々しい包帯に確かめるかのように手を当てる。


「僕は……死ぬことができなかったんですね」


「…っ…………!」


まるで生きていることを悔いるかのような言葉に、ルルアンナは思わず息を呑んだ。まだ十四歳の少年が口にするには、あまりに衝撃的な言葉だった。

彼女は咄嗟に身を乗り出すと、ルディカの頭を胸元に抱えるように抱きしめた。


「お願い、そんなこと言わないで」


突然抱き締められて固まっていたルディカは、ルルアンナの懇願するような声に小さく身を震わせた。その小さな手は白くなるほどに握りしめられている。


「僕の……僕のせいでたくさんの人に、たくさんの迷惑をかけたんです」


ルルアンナの胸元でくぐもった声を出すルディカの話を静かに聞く。


「僕のせいで、孤児院の皆にも院長先生達にも辛い思いをさせてしまいました。まだ小さい子達もたくさんいるのに……。そして恩あるシャレット侯爵家の方々に多大な迷惑と損害を与えるようなことに加担しました。こんなこと、恩を仇で返すのと一緒です。……なにより、大好きなルルアンナ様に、あんな顔をさせてしまった……。誰より僕達を慈しんでくれていたルルアンナ様を悲しませてしまった……!それが、耐えられなかったんです……っ」


次第に大きくなる嗚咽と悲痛な叫びに、ルルアンナの視界も滲んでいく。こんな小さな体で全てを抱え込んでしまおうとしていたのだ。思いやりのある優しい子だと思っていたけれど、あまりにも優し過ぎた。そして彼を、子供達を良い子だと言って可愛がっていた自分は、良い子であろうとしてくれていた彼らに甘え過ぎていたのだろう。本当の親から引き離され、あるいは知らないまま育ってきた子達だ。庇護してくれる大人に気に入られようと必死になるのなんて当然だった。

自分はどれだけ本当の彼ら自身を分かってあげられていただろうか?ルルアンナは自問自答せずにはいられなかった。


「聞いて、ルディカ。今回の件について、あなたのせいだなんて思ったことは一つたりともないの。だってあなたに非なんて何もないんだもの。本当よ?」


彼の頭を抱き締めたまま、優しい声でルルアンナは囁く。


「突然知らない大人に脅されて、人質まで取られたら誰だって逆らえない。子供のあなたじゃ尚更よ。むしろ下手に騒がなかったあなたのおかげで人質の子は傷付かずに済んだの。ただの紙切れでできた契約書と、人質になった子の命、どちらが大切かちゃんと分かっていたあなたはとても立派だったわ」


「僕、は……」


「むしろそんな事態が起きることを許してしまったことも、あなた達が危険に晒されたことに気づけなかったことも、私達大人の責任よ。まだ小さく幼いあなた達を預かっているのだから、常に安全面の確認をしておくべきだったわ。日々の様子だって、体だけじゃなく心も見守っていてあげなくてはいけなかったのに、SOSを見逃していただなんて保護者失格ね」


「そんなこと、ないです……!ルルアンナ様は……ルルアンナ様は……いつだって、僕達のために……っ…」


声を震わせながらも、一生懸命に何かを言おうとするルディカに、ルルアンナは嬉しそうに笑う。


「ありがとう。私は孤児院にいる子供達全員が大好きだし、大切に思っているの。もちろんルディカ、あなたのこともよ。たとえ一人でも傷付いていたり、悲しい思いをしていたら私も悲しいわ。ましてやその命を失ってしまうだなんて、考えたくもない」


「あ……」


「だから、お願い。死ぬことができなかっただなんて、生きていることが悪いみたいになんて、どうか言わないで…」


ルルアンナの言葉に、ルディカはぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。


「…うっ……ご、ごめ……っ……ごめ、なさい……!死のうと、したりして……ごめん、なさい……!」


「もう二度とこんなことをしては駄目よ」


再びギュッと抱きしめるルルアンナに、ルディカは泣きじゃくりながら頷く。その姿は普段見る彼よりもずっと幼く見えた。


「迷惑をかけるだとか気にするよりも、ここにいるあなた達みんながいつも笑顔で幸せに過ごしてくれたら、本当にそれだけでいいの。私が来た時に元気に迎えてくれたら、それだけで。それが、この孤児院で暮らすあなた達の使命よ」


できる?とルルアンナが顔を覗き込むと、ルディカは泣き笑いの顔で何度も何度も頷いた。その顔にさっきまでの悲壮感のようなものはない。むしろ甘えるように抱き着いてくる姿に、ようやくルルアンナは安堵の息を漏らした。

するとそこへ、部屋の外で様子を伺っていたらしい子供達がドアからなだれ込んできた。そのまま驚く二人の周りへと集まっていく。


「お兄ちゃん、もう元気になった?」


「う~、兄ちゃん死なないでぇ…っ」


「ずっと一緒にいてくれなきゃやだ!どこにも行かないで!」


ルディカより小さい子供達は皆口々に訴え、不安そうに服を掴んだり、泣きついたりしている。年の近い子供達も心配そうに少し離れた位置から見守っていた。そのさらに向こうにはシスター達も。彼らからの紛う方なき信頼と愛情に触れて、ルディカは改めて死ななくて良かったと感じた。こんなにも温かい人達に囲まれていたというのに、自分は何も見えていなかったのだと。

涙と笑顔が入り混じりながらもくっつき合う子供達の姿を、ルルアンナも瞳を潤ませながら笑顔で見守る。

事件以来どこか暗い雰囲気が消えなかった孤児院に、久々にたくさんの笑顔が溢れた一日だった。


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