後始末は最後まで
夜も更けて月が高く昇る頃、エーデルシュタイン城の自室でフェリオルドは書類を眺めていた。
「―――それで、密書の方は全て届けさせたのか?」
視線は手元に向けたままで、フェリオルドは静かに尋ねる。その質問にどこからか声だけが答えた。
「はい、ほぼ全ての相手先に届いている頃でしょう。すぐに返事が来るかと」
「そうか。ならいい」
そのまま持っていた紙をサイドテーブルに放ると、フェリオルドは窓の側まで歩いていく。見下ろした先には未だぽつりぽつりと明かりを灯す城下の街並みが見えた。
「それにしても、ここまで容赦がないとは。国の皇太子を怒らせると怖いですねぇ。逃げ道も支援先も全て潰してしまうとは」
「相応の報いだろう」
フェリオルドの言う密書とは、オルコット伯爵家の親戚や遠縁の貴族全てにあてた手紙だった。内容は、この先彼らを支援し手助けした場合、その家の物資ルートを遮断しさらに領地への増税も課す、というものだ。実行されてしまえば、それなりの領地を持っているであろう彼らにとっては死活問題となる。そのようなリスクを冒してまで問題を起こしたオルコット伯爵家を助けようとする家はおそらくいないだろう。
「貴族から突然平民に落とされて、それだけでも大変だっていうのに、誰にも助けてもらえないんじゃこの先とても生きてはいけないでしょうね」
「助けを求めた先で今までと同じような暮らしをされては罰にならないからな」
「それは確かにそうですけど……。殿下の場合、それはただの建前で絶対本音は別でしょう」
影の言葉には答えず、フェリオルドは視線をフイっと逸らす。
「そりゃあ、愛しの婚約者殿を悲しませたんですから相当腹に据えかねてるんでしょうけど」
ぶつぶつと言葉を続ける影の声を聞き流しながら、フェリオルドはその時のことを思い出す。
彼が孤児院の件を知ったのは、その騒動が起きてから一週間も後のことだった。オルコット伯爵家がやらかしたことで多少なりとも社交界が混乱し、彼らへの処罰も含めて後始末に追われて忙しくしていたせいである。ようやく少し落ち着いたところで聞こえてきたその報告に、フェリオルドは一瞬耳を疑った。
アイヴァン・オルコットがちょっかいをかけた件の孤児院で自殺未遂騒動が起きたという。それを聞いてフェリオルドがまず感じたのはルルアンナへの心配だった。
シャレット侯爵家が支援しているその孤児院の実質の管理者はルルアンナである。責任感が強く、子供達のことを本当に大切にしている彼女はさぞ心を痛めたことだろう。自殺を図ったという子供も心配だが、すでにほとんど回復し周囲がケアに努めているとのことだったので、あとは時間が解決してくれるだろう。
次に感じたのはその原因を作ったアイヴァンへの怒りだった。くだらないプライドで幼い命を危険に晒し、あまつさえフェリオルドの大切な婚約者の心を傷付けたのだ。このまま見過ごすことなどできなかった。
公式的にはすでに処罰が下っているが、フェリオルドに言わせればあんな罰はまだ生ぬるい。いくらでも逃げ道があるからだ。だったら、それを塞いでやればよい。
その結果が、今回フェリオルドが各方面に送った密書だったのだ。
貴族が突然平民になったところで、貴族としての暮らししか知らない彼らに平民の暮らしができるはずもない。そうなれば彼らは伝手を頼って何とか現状から抜け出そうとするだろう。そうさせないために、彼らと関係のある貴族達に余計なことをするなと釘を刺したのである。
「別に理不尽な仕打ちをしたつもりはない」
「まあ、自業自得ではありますね。手紙を受け取った者達も皇太子の不興は買いたくないでしょうから従うでしょう。プライドを捨てて生きるために何でもするというなら生き延びる道もあるでしょうが、彼らの性格からすればそれは難しいですね」
「さあな、奴らの今後になど興味はない。それよりも、ルルアンナの様子はどうだ。元気になったのか?」
一度敵と認識した相手にはとことん容赦のないフェリオルドに、やれやれと少しの呆れを滲ませた声で影は答えた。
「ええ、事件の後はさすがに数日ほど落ち込まれていたようですが、毎日子供達と過ごしているうちに元気を取り戻したようです。元々芯の強いお方ですからね。以前にも増して己の業務に励んでいらっしゃるご様子です」
「そうか。…ルルアンナは頑張り屋だからな。元気を取り戻してくれたのはいいが、無理をし過ぎないか心配だ」
街並みを見下ろしたままフェリオルドは物憂げに呟くと、何かを考えるようにしばらく目を閉じる。少しして再び開いたその瞳には明るい光が宿っていた。
「明日明後日の仕事を詰め込めば、その後は何とか時間が空きそうだな。後でシャレット侯爵家に手紙を届けてくれるか?彼女をデートに誘いたい」
「はあ、唐突ですねぇ」
「色々な事があって疲れただろう我が婚約者を労わってやらなくてはな。僕も忙しくてここしばらく彼女に会えていない。お互いいい機会だ」
「全く、人使いが荒いんだから……。分かりましたよ。朝一番で届けておきます」
「ああ、よろしく頼む」
フェリオルドは見上げた美しい月にルルアンナの姿を重ねて、二人の時間をどのように過ごそうかと想いを馳せるのだった。
その後しばらくして、伯爵の地位を失い平民となったオルコット一家は帝都を出て行った。華やかだが物価も高い中心都市での生活についていけなくなったようだ。
親戚の貴族達にも縁を切られ、頼る当てのない彼らがその後どこへ行ったのか、どうなったのかを知る者は誰もいなかった。なぜなら、それから彼らを見かけた者は一人としていなかったからである。
これで夏の章は終了となります。ここまでお読みいただきありがとうございました!
今回はルルアンナの悪女要素があまり出せなかったので、次の章ではガンガン行きたいと思います。
秋の章もお付き合い頂けると幸いです。




