FJC第21話「こんにちわーん!!」
「おまわりさんこんにちはー!」
「こんにちはー!」
「こんにちは! 気を付けて帰ってね」
下校中の小学生と挨拶を交わしているのは《熊野 太》巡査長、通学路沿いの交番に勤務する真面目な警察官だ。
彼は学生時代……その誠実すぎる性格が災いし、人間関係で思い悩んだ末青木ヶ原樹海で自殺を試みた。だがその誠実すぎる性格が故に、自分の死体を片付ける人たちに迷惑をかけてしまわないかと考えて自殺を思いとどまった。
結局、近くを通りかかった駐在所の警察官に保護されたことがキッカケで自身も警察官を目指すようになって現在に至る……。
だがこの物語は「イヌ娘JC」である……上記のエピソードは本文と何の関係もない。ちなみにこのエピソードは同じ作者が書いた「FM青木ヶ原」という作品にほんの少しだけブチ込んであるのでそちらも読んでほしい。
こうして交番勤務の警察官となった熊野巡査長は、防犯のために朝と夕方……子どもたちの登下校の時間帯に自ら率先して立番を行い挨拶を欠かさない。
(あぁ、今日も市民が平和で何よりだ)
熊野巡査長は今日も、自分より市民の平和を願う心優しき警察官だ。だが……
「キャンッ、キャンッ」
(ひっ! ひぃいいいいいいいいっ!!)
「あっこらダメよショコラちゃん! あぁ、すみませんねぇお巡りさん」
彼は突然、老婦人と散歩をしていたヨークシャー・テリアに吠えられた。
「あぁぁいっいえ、お構いなく……お散歩ですか? お気をつけて」
熊野太巡査長は平静を装いながら老婦人に声を掛け、その場を取り繕うとしていたが心臓はバクバクし続けていた。
――そう、「太」は「犬」が「大」の苦手なのである。
彼は、夜の街でケンカの仲裁をした際、当事者に殴られても微動だにしないほど胆が据わった男だ。
彼は交通事故の現場で凄惨な光景を目の当たりにしても眉ひとつ動かさないほど胆が据わった男だ。
彼は迷子になった幼女を見つけても、邪な考えを起こすことなく保護者を探せる胆が据わった男だ(いや、それ普通だろ!)。
――だが……犬は苦手だ。
〝リリリリリンッ!〟
交番の電話が鳴った。警察官は勤務中に携帯電話は使用できない。
「はい、土岐井交番……」
『おぅ熊野か、ちょっといいか?』
「あっはい! 何でしょうか!?」
電話の相手は直属上司の巡査部長だ。熊野巡査長に緊張が走る。
『オマエ明日は非番だよな? 休みのところ悪いんだがちょっと手伝って欲しいことがあってな……』
「はい! 何でございましょうか!」
非番でも呼び出されることはよくあること……だが真面目な彼はイヤな顔ひとつせず引き受ける。
『ほら、ウチの管内で最近、女子中高生を狙った声かけ事案があるだろ? 今まで不審者扱いだったんだが今日、女子高生が車で連れ去られそうになった事案が発生してな……急遽、誘拐未遂事件として捜査本部が設置された。で、悪いんだが熊野も捜査に協力してほしい。人手が足らんのだよ』
「はい、もちろん協力させてください! で、どのようなことを……」
『あぁ、警察犬の捜索活動に協力してくれ』
(げっ!?)
熊野巡査長の動きが止まった。
「あ……あの……その……けっ、警察犬だけは……その……」
『何だ、やっぱり警察犬はダメか? おかしいぞオマエ、前は警察犬全然平気だったしむしろ自分から率先して協力してきたじゃないか? どうしたんだよ一体』
「は、はぁ……自分にも……わっわかりません」
そう、実は熊野巡査長は初めから犬が嫌いだったワケではなかった。だがある日を境になぜか犬が苦手になってしまったのである。今ではチワワの次に小さいヨークシャー・テリアですらビビる熊野巡査長……警察犬などもってのほかだ。
『わかったよ、じゃあ警察犬は他のヤツに頼むからオマエは別の捜査に協力してくれ……じゃあな!』
「はっはい! 申し訳ありません!!」
〝ガチャッ、ツーツー〟
通話を終えた熊野巡査長は悩んだ。
(おかしいなぁ……何で自分はこんなに犬嫌いになったのだろうか?)
だがいつまでも悩んではいられない。今日も熊野巡査長は交番の前に立って下校する子どもたちの安全を見守らなければならないのだ。しかも同じ管内で誘拐未遂事件まで発生した。いつも以上に気合を入れて警戒にあたらなければならない。するとそこへ、下校中の女子中学生グループが通りかかった。
「こんにちはー!」
「あぁ、こんにちは」
熊野巡査長は挨拶を返した。他の女子中学生も続けて挨拶をしてきたが……
「こんにちはー!」
「こんにちはー!」
「こんにちはー!」
「こんにちわーん!!」
ひとりだけ異常に高いテンションで挨拶をしたツインテールの女子中学生がいた。その女子中学生の顔を見た瞬間、
(ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)
熊野巡査長は目を見開いて顔が真っ青になった。
「あれ? おまわりさんどーしたの? 顔色わるいよー」
「いっ、いえ……何でもない……ですよ」
ツインテールの女子中学生はさらに執拗に熊野巡査長に近づくと、熊野巡査長の額から大量の汗が噴き出した。
(なっ、なぜだ? この女子中学生……なぜかコワい!!)
この女子中学生とは面識がない。しかも彼は犬が苦手だが人間に対しては平気なはず……だが熊野巡査長はこの女子中学生に並々ならぬ恐怖を感じていた。
「だいじょうぶ? あっそうだ! たまごボーロ食べる?」
「あっいえ……結構です」
するとそこへ、
「ちょっ、アンタ何やってんの!」
「あっチャコちゃん!」
「もう、行くよ……ってか、何でアンタが私のたまごボーロ持ってんの!?」
「だってこれ、ボクが食べるヤツじゃん」
チャコはツインテール女子中学生からたまごボーロを奪い返すと、
「これはアンタのしつけ用! ほら行くよルルちゃん、カム(come)!」
「うんわかった……カプッ」
「こらーっ、私を咬むな! カムだcome……いい加減英語も覚えろ!」
女子中学生グループは去っていった。そう、ツインテール女子中学生というのはルルのことだった。熊野巡査長はルルに恐怖を感じていたのである。
(あの子……どこかで見たような気がするんだが……思い出せない)
先ほど「この女子中学生とは面識がない」と言ったが、実は過去に会ったことがある。それは第三話……まだルルの正体を知らなかった佑に連れてこられたこの交番で、ルルはこの熊野巡査長に事情聴取をされていたのだ。
そのときルルは、何と熊野巡査長に咬みつき大けがを負わせて逃げるように佑のアパートに向かって行った……確実に傷害と公務執行妨害の事案だ。そこで天神家が「神の力」で熊野巡査長の傷と記憶を消し去った……というのが真相である。
そして彼は記憶が完全に消えたものの、なぜかトラウマだけが残ってしまった。
「おまわりさーん! ばいばーい」
「あ……さ、さようなら」
熊野巡査長にトラウマを植え付けた張本人はチャコに襟首を掴まれ、後ろ向きに引きずられながら笑顔で手を振りその場を去っていった。熊野巡査長は小さく手を振りながら
(オレも警察官としてまだまだだな……頑張ろう)
商店街の先に沈む夕日を眺めながら、彼はそう自分の心に誓ったのである。
※※※※※※※
「たすくー、ただいまー!! あのね、今日コーバンのおまわりさんとお話したんだよー!」
(コイツ……あんな事があったのに何で捕まらないんだ?)
リビングで金魚の世話をしていた佑の周りには、今日も疑念と理不尽と「ご都合主義」が渦巻いていた。
「ルルだよ! さいごまで読んでくれてありがとー! まだまだ続くよー!」