第二話 猫のお供え
次の案件に行く前に報告書を提出する。
僕の直属の上司イザナギ様は結構細かい。
鈴木博子
介入箇所:スマートフォンの誤作動
調味料ボトルの移動
僕は他の死神とは違う能力を持っている。
でも、あまり介入すると上司から叱責を食らうのだ、
ボーナス査定に響くと脅されている。
まぁ、これくらいなら上司から怒られる事はないだろう。
さてと、本日の案件は
山本洋子
享年82歳
一人暮らし
老衰による衰弱死
見守りボランティアが発見
亡くなってから半年が過ぎている。
帰らないと、
戻らないと、
などと繰り返すばかり。
郊外の小さな庭のある小さな平屋に着いた。
家主が元気な頃の庭は手入れをされていたのだろう。
花壇の後には今は雑草が茂っている。
丁寧な暮らしをしていたんだな。
古びて今では蜘蛛の巣が張っているけど、愛されていた家のように見えた。
雑草の森の中に、獣道が一本通ってる、
いつも同じ道を使っている動物が、この誰もいなくなって時間の止まってしまった家の庭に少しだけ未練のような時間の流れがあるように僕は思えた。
家の中に入ると、
ひんやりとした空気。
少しカビ臭い。
何年も締め切ったままの独特な家の匂い。
質素ながら整頓された部屋の中には小さな折りたたみテーブル。
そこには位牌と洋子さんの遺影写真が置かれていた。
ボランティアと行政が死者に対して、最低限の礼儀を尽くしていることに僕は
少しだけ嬉しくなった。
洋子さんはどこにいるのだろう?
キッチンに入ってみる、
いた。
鍋を掴もうとして、掴めずに少しイライラしているように見える。
「山本洋子さんですね、お迎えにあがりました。」
「今回は霧の塊ではないのね、話がわかってくれそうな人が来てくれてよかったわ」
そう言うと、洋子さんは僕に微笑みかけてきた。
「何が気がかりなんですか?
急がせませんから、
笑ったり、
馬鹿にしたりしませんから
話してみませんか?」
「ほんとに大した理由では無いのです。人から見れば大した事ない理由なんですよ。
でも、それが引っかかって、ここから離れられないんです」
そう言うと、洋子さんは位牌のある小さな折りたたみ、テーブル前に僕を連れて行った。
テーブルの下には
トカゲ、
蜘蛛、
小さなネズミの死骸や枯れて茶色くなったツツジの花、牡丹の花びらが置かれていた。
「こうやって、あの子は、私にご飯をくれって要求しているように思えるんです。だからあの子の好物の鶏のささみを茹でようと思ってるんだけど。うまくできなくて。」
白猫との出会いは亡くなる2年前のことだったそうだ。
隣の敷地との間にある小さな石碑のような昔の境界杭のような石が丸まっていて、
もともと何だったのかわからないようなものがあって、
洋子さんはわからないなりに、時々手を合わせたり、お供えをしたり、周りの雑草を抜いたりしていたらしい。
隣の敷地の宅地造成が始まったときに、それは取り除かれてしまった。
その直後にその石があった場所に座ってグルーミングをしている白猫を見つけた。
左右の目の色が違う。
その猫はブルーとグリーンの瞳をしていて、とても神秘的なオーラをまとっていたと洋子さんは言っている。
洋子さんはこの猫が神の使いなんじゃないかって、そんなふうに思えて、ずっと世話をしてきたと恥ずかしそうに教えてくれた。
次の日、洋子さんと一緒に庭の縁側に座って猫を待つことにした。
猫の名前はなんて言うんですか?
チロって名づけました
以前、私が家政婦として勤めていたお屋敷に左右の目の色の違う白い猫が飼われていたんです。
その子の名前がチロだったもので....
獣道を歩いて来る白猫。
僕を見て立ち止まり、
今歩いてきた道を戻ろうかと思案しているようだった。
僕はゆっくり瞬きをゆっくり返して、猫の挨拶をしてから頭を下げた。
猫は一声鳴くと縁の下に入っていった。
僕たちも家の中に入る。
押し入れの床下から猫が顔を出した。
そして位牌の前の座布団に座るとグルーミングを始めた。
「洋子さん、この猫は普通の猫ではないですね」
「どういうことですか?やっぱり神様のお使いなんですか?」
「いや、お使いと言うよりは、あなたがお世話をしていた道祖神様が宿られているようです」
僕は静かに敬意を持って猫の前に座り話を聞かせてもらうことにした。
街の結界を守る役目をしていた。
街は広がり、
信仰も薄れ何十年も間、
ただそこにいるだけの存在になっていた。
そこに現れたのは洋子さん。
手を合わせてくれたり、雑草を抜いてくれたり。
造成工事で取り除かれたときに消えてしまおうと思っていたのだが、1人で住む洋子さんのことが気になって近くにいた白猫に移ってしまったのだと言う。
ただ、世話をしてくれた恩人を見守りたい、
ただそれだけだったのだが、
猫の体に移って、洋子さんからもらう食事がとても美味しくて、
気がつけば、猫の体から離れられなくなってしまっていた。
洋子さんは死んでからも旅立つ事はなくとどまり続けている。
獲物を持ってお供えすれば、自分が死んだことを受け入れ理解してくれるのではないかと思っていたらしい。
昔、自分が洋子さんからお供えをされていた恩返しでもあるんだって言っている。
それを洋子さんに伝えると、彼女は驚きながらも嬉しそうに優しい目で猫を見ながら。
「チロ.,..ありがとう」
そろそろかな。
「洋子さん、僕は一度戻ります。すぐに戻ってきますから。この白猫と道祖神様との最後のお別れを楽しんでいてください」
上司に報告して、特別措置の許可をもらった。
勝手なことをすると、また怒られるからね。
縁を立ち切ると言うハサミを貸与された。
猫と道祖神様の魂の切り離しに使うにはちょうど良い。
僕は上司に礼を述べ、また現場に戻るのだった。
****
魂の切り離しは成功した。今洋子さんと道祖神様は思い出話に花を咲かせている。
「では、洋子
一緒に我と参ろうか」
「いいえ、私はまだここから離れられないようです」
寂しげに言うと触れない白猫を愛しそうに撫でる仕草をしている。
その時だった。玄関の鍵を開け入ってくる人影が。
30代の女性。
胸には名札が付いている。
部屋を見渡し、
カーテンを開け窓を開ける。
家の中の空気が生き返ったような部屋に光が入ってきた。
彼女は位牌の前に置いてある猫のお供え物見て微笑むと猫の頭を一撫でして赤い首輪をつけた。
そして、青と黄色の瞳になった猫に向かって。
「探したのよ。どうやって家の中に入ったの?やっぱり猫は液体なのね。」
そう言って笑うと、背中に背負っていたキャリーバッグを足元に置いた。
「そろそろ行きますか?」
「そうですね、お願いします」
猫が僕たちを見上げた。
にゃ〜




