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お迎え係は急かさない  作者: 5414


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第一話 醤油の蓋


お迎え係の僕が迎えに行くと、大概の人間は何か未練を持っていて、なかなか旅立とうとしない。


それはちょっと旅行に出る前の小さな気がかりのようなそんなものが多かったりする。


家の鍵閉めたっけ?


ガスの元栓閉めたっけ?


エアコン消したっけ?


強制的に連れて行くやり方もあるけど、

それだとボーナス査定に響く、

それに昇進にも影響する。

僕には時間と言う感覚がない、もうどれくらいこの仕事をしているのかわからない。

だからといって

飽きたとか、

つまらないとか、

そんな感覚もない。


でも少しだけ嫌なこともある、

時々、こういう人間にあたる。

盗んだ金を隠した場所が見つかってしまうのではないかと気になっている男がいた。


欲に囚われていて、

いつも乾いていて、

自分のことしか考えていない。


死んでいるのに、

人から何かを奪おうと考えている。

幸せそうな人の足を引っ張って、

亡者の世界に引きずり込もうとする。


そんな時は、

懐から1枚の木札を取り出す。

それに名前を人差し指で書き記す。


パキッ!


僕がそれを二つに折る。


黒い霧が影から湧いて来て彼を包み絡めてまた影に戻る。


「待て!待って来れ!まだ行きたくない......」


最後は悲痛な顔で大抵こんな懇願をされる。


折れた木札を影に投げ込む。


こういうケースの仕事はあまり好きではない。


僕の立場は、ジャッジをすることではないからだ。


できれば納得して旅立って欲しい。

時間はあるのだから。


素直に受け入れて、納得していく人たちも多い。


でも、僕の仕事は

そんな未練がある人たち、そんな迷っている魂をお迎えに行く。


そんなちょっと厄介な業務に就いている。


仕事だからという義務感は多少無くはないが、

何より、

僕はスッキリした顔で旅立っていく人間を見るのが好きなのだ。



目当てのマンションが見えて来た。


今回の案件は

鈴木博子さん

享年58歳

交通事故で亡くなってから二年経過


そろそろ旅立たないと、

浮遊霊になってしまうということで、僕のところに仕事が回ってきた。



マンションの中に入ると、

荒れていた。

ペットボトルが散乱し、ゴミ袋の中にはコンビニスーパーのお弁当の空き容器が詰まっている。

新聞の束も雪崩のように崩れている。

女の人が和室で散らかった洗濯物を畳んでいた。


いや、畳もうとしていた。


何度も何度も、掴めない洗濯物を必死になって。


泣きそうな顔で。


だいぶ姿が薄くなっている、思ったより進行が進んでいるようだ。


僕たち死神が認識できない位薄くなってしまえば、彼女はもう輪廻の輪には戻れない。


だけど、まだ時間はある。

間に合ってよかった。


後ろからそっと声をかける、

「鈴木博子さんですね、お迎えにあがりました。」


彼女はゆっくり振り向き瞬きをした。

そして、少し諦めたようなうんざりしたような顔で、こう答えてきた。


「あなた方に何度来ていただいても、私の答えは同じです。

私はここから立ち去るわけにはいかないのです。」


僕の方をじっと見つめ、彼女はきっぱりと言うのであった。


「大丈夫、急かしません、少し一緒にいてもいいですか?

話し相手ぐらいにならなれますから。」


僕はそう言って彼女の位牌に手を合わすのであった。


しばらく一緒に居ると、

博子さんは僕に少し心を開いてくれたのか、暇つぶしなのか、

行けない理由を話してくれた。


夫は家事が何もできないんです、割り箸がどこにあるかさえわからないんです、

洗濯機はどうにか使えるようになったけど、整理することも畳むことも

ゴミ出しのルールも.......


仕事一筋で、私たち親子を不自由なく生活させてくれていた。


この中古マンションも、娘の結婚費用も。


そんな不器用な夫を置いて、私はあなた方と一緒に行く事はできないのですよ。


仕事に熱中していた。

そんな夫を、娘は反発し、あまり関係も良くないのです。


私が1人でいる時にしかここへは来ないようなそんな関係でした。


良く見てください、こんな夫をあなたは残せていけるのですか?


僕は少しだけ他の死神と違ってできることがある。


「博子さん、娘さんのお名前伺ってもよろしいですか?」


少しだけなら、ものを触れるのだ。


博子さんの話を聞いて僕はご主人のスマートフォンを少しだけいじらせてもらった。


ご主人は自分でなんとか生活をしようと努力している様になって来た。


でも、鍋は焦がす。


食器は割る。


掃除機はゴミがいっぱいで吸い込まなくなっている。


布団は万年床、枕カバーは頭の脂で黒くなりかけていた。


ゴミ出しのルールがわからないのか、ゴミが溜まる。


博子さんと一緒にご主人の奮闘を見ていると、

玄関の鍵を開ける音が......


ご主人が玄関に向かう。


少し怒ったような、悲しいような呆れたような複雑な顔の娘さんが立っている。



博子さんは、少し驚いた様子でその光景を心配そうに見ている。


娘さんは何も言わず、部屋を片付け始めた。


「なんで来たんだ?」


「なんでって、お父さんが私に電話したんでしょ?」


「助けて欲しいなら助けて欲しいってちゃんと言いなさいよ、ワン切りなんて子供みたいなことしないで!」


「俺はそんなことした覚えは無いぞ......」


「もういいわよ。そういうことにしといてあげるわよ。

それにしても、何この有様は!あんなに偉そうに、いつもいつもお母さんをこき使っていたのに、文句ばっかり言ってたくせに.....」


「何なのよ!もっとちゃんとしてよ!こんなんじゃ私だって......」


「すまん.....恵子....お父さんに....教えてくれないか?お母さんがやっていたこと」


隣を見ると、

博子さんは泣いていた。


僕はそっと博子さんの隣から離れてあげることにした。


父と娘の作業を見ながら、ふと

キッチンの調味料入れの棚を見る、


あ、ここも少しだけ動かしてみよう。


次の日もまた次の日も娘さんはやってきた、文句を言いながら、でもなんだか少し嬉しそうに。


お父さんのほうは、恥ずかしいのか照れくさいのか、でも、やはり嬉しそうではある。


人間と言うものは、やっぱりちょっとめんどくさいな。


博子さんの顔つきもだいぶ穏やかになってきているようだ、そろそろかな。


「お父さん、この焦げた鍋何?」


「コンビニの弁当ばかりだと、胃の調子がなんか悪くて....自分でカレーぐらいなら作れると思ったんだけど....新聞を読んでいたら、すっかり火をかけてるのを忘れてしまったんだよ」


「もうほんとに危ない!!

火事になったらどうするの?

いいわよ、そんなんで死なれたら目覚めが悪い。時々私が作りに来るよ。」


そう言うと、娘さんはエコバックから食材を取り出し始めた。


「お母さんが得意だったチリコンカン作ろうか」


キッチンに良い匂いが漂う

不器用な2人が不器用なりに一緒に作業をしている。


「お母さん、隠し味に少し醤油を入れるのよ」


娘さんが醤油のボトルをとってから笑い出した、

お父さんはどうしたんだと言う顔で、娘さんが手に持っている醤油のボトルを覗き込んだ。


「なんだ、この(しうゆ)って」


「そうでしょう、お母さんボトルを上から見てわかりやすいように蓋に書く癖があったんだよね。」


「でも、間違えてる!!」


「しうゆって.....」


「お母さんらしいわ」


博子さんは恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうに微笑んでいる。


親子は笑いながら、涙が止まらないようだ。


「博子さん、そろそろ行けそうですか?」


「はい、お願いします」


「博子さんしうゆってなんですか?」



「ふふふ」


「なんでしょうね」

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