40話 かくれんぼ
「アカメ、また隠蔽が揺らいでいるぞ!だから行動が先読みされるんだ!」
「っはい!」
リヒトさんの叱咤が飛び、それに呼応するように気合を入れ直すやり取りが続く。
以前にも増して速く、鋭くなっているアルマくんの攻撃を何とかではあるが捌けるようになっている。
「今度は魔力の流れが澱み始めているぞ!隠蔽ばかりに集中を割くな!身体強化を怠ればそれこそアルマに刈り取られるぞ!」
「は…いっ!」
不意にアルマくんが普段の間合いから一歩踏み込んでくる。
なっ…知らない何これ⁉
この場合攻撃の初動を止めるために張って潰しにいくのか、それとも下がって警戒を…どっちだ、どっ…
一瞬迷っている間に絡めとられ、地面に組み伏せられ制圧された。
「まだまだだな。対応力もなく実力差もあるのだから、今のは下がって様子を見るべきだった」
「……だよねぇ」
「まぁ、試みようと考えるのは悪くはない。判断力を磨け」
「はい…」
アルマくんが拘束を解き、僕は地面にうつ伏せのまま脱力する。
強過ぎる…そしてやることが多すぎる…。
こうしてばかりも居られないと気合を入れて立ち上がり、リヒトさんの元へ向かう。
「今の魔力操作どうでしたか」
「確実に練度は上がっているようだが、まだどちらも高水準で行えているとは言えないな」
「そうですよね…」
「戦闘においてはこれが出来ない奴から死んでいく。ひたすら反復して扱えるようになれ」
「はい!」
そうして僕は今一度アルマくんと戦うために戻っていく。
初めはアルマくんだけの指導であったが、僕からお願いしてリヒトさんにも見て貰えるようになった。
アルマくんは露骨に嫌そうな顔をしたが、申し訳ないがそれを差し引いても教えて貰いたいと思えるほどリヒトさんの魔力操作は卓越している。
強くなるためにはこれが一番の近道であると僕は思っている。
現在は魔力操作のみでの対人戦。格闘術はアルマくん、魔力操作はリヒトさんの二大体勢でいかせて貰っております。
まだまだアカメ自身は自覚していないが、自分からボコボコにされに行っている節は少々ある。
「甘い!」
「がっ!」
本日何度目かも分からない敗北を貰った後、もう立てないとばかりに大の字にぶっ倒れた。
「流石に終わるか。中々上達も見られたしな」
「あり、がと…ござま……」
ようやっと終わった…。
全身が疲労で満たされているような気がする。
身体的なものは修復されるが、精神的な不調は修復されないのが難点である。
怪我は治っているのに何度も怪我をしたという事実を身体は覚えているため、心の疲労は中々取れないのだ。魔力を消費する疲労もあるしね。
「アカメ、少しいいか」
リヒトさんがぶっ倒れている僕に話しかける。
「なんだよリヒト。アカメに何やらせる気だ」
アルマくんが訝し気な目をリヒトさんに向ける。
未だに疑われているリヒトさんは両手を上にあげた。
「変なことをやらせるつもりはない。今のアカメの魔力隠蔽なら彼女ぐらいには気づかれず接近できるんじゃないか、とね」
「…なるほどな」
アルマくんはリヒトさんの意図を察したようだが僕に何のことか分からない。
でもまぁ、アルマくんが理解を示したしたならきっと大丈夫だろう。
「アカメ、今からちょっとした遊びをやるぞ」
「遊びって?」
アルマくんが訓練場の入り口を見る。
「この屋敷には俺たち含め、六人の使用人がいることは知っているな?」
「うん」
「俺、リナ、リヒト。ここまではベル様やレイ様の意向でお前の前に姿を現したが、本来ならお前が全員見つける予定だったんだ」
「え、そうなの?」
そんな話があったのか。確かにリヒトさんも現れてくれるまで気が付かなかったし、他の人たちは本当に居るのかどうかも分からない程気配を感じない。
「三人のうち二人はまず無理だろうが、今のお前なら全力で魔力隠蔽だけを行使すればあいつになら通じるかもしれんな」
「でもどこに居るのか分からないよ?」
「そこは虱潰しに探してみろ、やってやれないことはない」
「えぇ…」
何て大雑把な…。
「僕の教えを思い出し、くれぐれも魔力を淀ませてはいけない。違和感を持たれた時点で出会うのは不可能と思った方がいい」
「何で急にこんなこと…」
リヒトさんは少し考えるようにした後、見たことない意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「僕たちも明確な君の成長を実績として見たい、というのもあるが…一番は余裕をこいて見つからないと思っているあいつらに吠え面をかかせたいからだね」
それに呼応するようにアルマくんの表情も歪む。
「さっさと上達して貰わねぇと…あのジジイに一本取らねぇと気が済まねぇってもんだ…」
何だか知らないが、そっちはそっちで因縁がありそうだな…。
だが面白そうな話でもある。
仕方のないことだがずっと戦い続きだ。上達は確かに感じるがそれにしたってしんどいと思うこともある。
これはいわばかくれんぼだ。こちらも気配を消さなければいけないタイプの。
出来なければ死ぬということでもないし今の自分の能力も把握できる。やってみる価値はあると思う。
僕は少し休憩して呼吸と調子を整えた後、二人に見送られて魔力隠蔽を行使しながら屋敷へ足を踏み入れた。
淀みなく動き、足音を消し、気配を薄くし周囲と同調させるイメージ。
一つ一つの部屋を慎重に確かめていく。
一応自身の魔力を周囲に飛ばすことで魔力探知も出来るのだが、それは二人に止められた。
そもそも僕程度の魔力探知では補足できないだろうし、逆に僕の位置を教えているようなものだから意味がないと言われた。結構頑張って覚えたのに…。
一体どれ程の時間が経ったのだろうか。
広い屋敷の一階、奥の方にある一室。
厨房のオーブンで何かを焼き、その様子を真剣に見つめているメイド服を着た少女がいた。
かなりの時間探索していたように思え、ここまできて出会えるなんて思っていなかったので危うく魔力隠蔽を乱しそうになる。
……本当に居た。分かるわけないだろ…。
リヒトさんもそうだが、この屋敷に従事している人達は今の僕では補足できないレベルの高水準な魔力操作を息を吐くようにやっているらしい。
ため息が出そうになるが、それを押し殺して静かに部屋に侵入する。
「……う~ん。美味しく出来てるかなぁ…」
部屋に入ると甘く香ばしい匂いが漂っている。どうやら焼き菓子でも作っているらしい。
僕は高揚しそうになる気持ちを抑え、ギリギリまで近づいて声をかけた。
「でも美味しそうな匂いはしてますよ?」
「匂いはねぇ。でも味はまたべ…つ…」
そこまで言って気づいた少女が僕の方に振り返り、一瞬ぽかんとした顔を浮かべたがすぐに驚愕に塗りつぶされた。
「なっ⁉なんで⁉貴方が、えっ⁉どういうこと⁉」
望むリアクションが返ってきてとても満足です。
最近思ったのだが、僕もベルに毒されてきたような気がする。
こうして人の意表を突く行動ができると最高に気分が良い。
僕は目の前の少女の肩に手を置く。
「はい、捕まえました」
「あっ…くうぅぅ…」
少女の顔が悔しさに歪み、代わりに僕の口角が自然に上がる。
「何で⁉どうやってここまで…気づかなかった…魔力探知は⁉」
「使ってないですよ」
「ならどうやって⁉」
「魔力隠蔽にだけ全力を注いで後は虱潰しです」
そんな脳筋な…と少女は項垂れた。
今この状況になって分かったが、だからアルマくんとリヒトさんは僕に向かわせたのか。
おそらく予定として、このかくれんぼは僕の魔力操作の実力が上がってかなりのレベルになった頃を想定されていたのだろう。
だからこそ油断していた、そこを突くように僕を送り込んだ。
先程言っていたように他の使用人の方達に一本取るために。
アルマくんとリヒトさんもいい性格をしている。
「貴方との勝負は僕の勝ちです」
「むぅぅ…」
少女は目に涙を溜めてポカポカと僕の胸辺りを殴ってくる。
効かない効かない…今の僕は気分が良い。
そうして愉悦に浸っていると、ふと焦げ臭い匂いが漂ってきた。
「…お菓子大丈夫?」
「あッ‼」
弾かれたように少女はオーブンに向かうが…既に手遅れだったようだ。
少々申し訳なく思っていると少女に「むーっ!」睨まれた。
「貴方のせいでぇ‼」
「それは違くない⁉」




