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【彼女の計画_外伝】新作公開!影たちの物語 ~無名の痕跡の章~「彼女の計画」の周りにいた誰にも気付かれなかった人たちの記録  作者: Taku
【無名の痕跡】『彼女の計画』の周囲で生まれた、 "名もなき人々の痕跡"

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第7章 無名の痕跡 第2話「冷めたコーヒー」

あの男が来たのは、夕方過ぎだった。


コーヒーを注文したが、ほとんど口をつけなかった。窓際の席に座り、ずっと外を見ていた。

何もしていないように見えた。

その後も、コーヒーカップを口元に運ぶことはない。本を取り出すこともなければ、スマホも触らない。

それでも彼はそこにいた。


私はカウンターの内側で、その様子を何気なく見ていた。


ただの客だ。

変だと思った。でも、声をかけるほどではなかった。

マスターとして、客のプライベートに干渉するのはルール違反だ。私はプロだ。そう自分に言い聞かせた。


彼はコーヒーカップに手を置いたまま、ほとんど動かさなかった。

時折、テーブル下に目線を下げる。スマホの画面を見ているのだろうか。わからない。ただ、その背中から漂う緊張のようなものを、私は感じていた。


私は気づいていた。

彼の指先が、わずかに震えていることに。

カップの取っ手を握る手が、時折力を込めていることに。


でも、私は何もしなかった。

「客の事情に首を突っ込まない」——それが、この店の流儀であり、私の流儀だった。


外の街灯がつき始め、窓ガラスに彼の影が長く映った。その影は、どこか疲れていて、決断を迫られているように見えた。私はカウンターを拭きながら、時折その影に視線をやった。


声をかけるべきか。

「大丈夫ですか?」と一言でも。


しかし、その言葉は喉の奥で止まった。

関われば面倒になるかもしれない。


私の仕事はコーヒーを淹れることだ。彼の人生に介入することではない。


入店して数十分経っただろうか、彼が立ち上がった。

代金を置き、カップをそのまま残して店を出ていった。


カップを手に取り、流し台に向かおうとして——一瞬、立ち止まった。


冷めてはいるが、中身はまだ残っている。

私はそのカップを、もう一度だけ見つめた。そして——流し台に注いだ。冷めたコーヒーが排水口に吸い込まれていく。


その瞬間、自分の指先が——ほんの一瞬だけ——熱くなった気がした。気のせいだと思った。でも、その感覚は、後々まで忘れられなかった。

彼への未練か、私の無関心か。

どちらだったかは、わからない。


一つ分かったのは、彼はコーヒーを飲むためにここにいたわけではなかった。

「そこにいるため」に、そこにいたのだ。


私は何万人もの客を見てきた。

だが、なぜかあの男だけは忘れられない。


何年か後、近くの美容院の店長が言った。

「この辺が、あの本の舞台らしいですよ。」

さらに、

「あの日、この二階の窓から誰かが外を見ていたって。」

その言葉を聞いた瞬間、

窓際に座る、あの男の背中が浮かんだ。

もし。

あの日。

「何かお困りですか。」

たった一言でも声をかけていたら。

私は冷めたコーヒーを流した。

それだけだ。

でも今でも、

あの日のカップだけは、

指先が覚えている。

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