第4章 瞳の章 第3話【受容】
康介との離婚、拓との再婚から数年。
瞳は、変わらず窓の外を見ることが多かった。でも、その見方が変わった。以前は「あの光の向こうで誰かが何かをしている」と考えていた。今はただ「そこにある」と思えるようになった。
傍らでは、拓が原稿を書いている。その背中は、出会った頃よりも少しだけ丸くなった気がした。でも、曲がっているのではない。年齢と共に自然とそうなった。彼は彼のままそこにいる。それが、なぜか愛おしかった。
「今日、何書いてるの?」
「わからない。でも、書いてる」
瞳はそれ以上聞かなかった。聞く必要がなかった。彼が「わからない」と言うとき、それは答えなのだと、今ならわかる。
ある日、純からメールが来た。
「新作、読みませんか」
瞳は「読むよ」とだけ返した。以前なら、何か付け加えていたかもしれない。「面白かったら感想を書くね」とか「どういう話?」とか。でも、今はそれで良かった。純もそれを求めていない。ただ、読んでくれる人がいるという事実だけで、彼女にとっては意味がある。それがわかった。
康介とは、離婚しても年に一度くらい会う。お互いの近況を報告し合う。気まずさはない。むしろ、離婚してからの方が自然に話せるようになった気がする。
「仕事は?」
「相変わらず。データとにらめっこしてる」
「それは変わらないね」
「変わる必要がないから」
そう言って康介が笑った時、瞳は思った。彼もまた、彼のままでいることを選んだのだ。それが、彼の「最適」だった。
瞳は、時々、無意識に誰かを「動かそう」としている自分に気づくことがある。例えば、スーパーのレジで並んでいるとき、前に人が詰まっていると「早くしてくれないかな」と思ってしまう。でも、その感情が湧いたとき、一度立ち止まる。そして、深呼吸をする。別に急いでいない。イライラする必要はない。
そうやって自分を整えることを覚えた。
それは最初はぎこちなかった。無理に笑顔を作ったり、本当はイライラしているのに「大丈夫です」と言ったり。でも、それを繰り返すうちに、だんだんと「自然」になっていった。イライラしなくなったわけではない。ただ、イライラしても、それを相手にぶつけなくても済むようになった。それだけのことだった。
Eが転職した後、彼女から連絡がきた。あの一枚のメモが、彼女の人生を変えたのかどうかは、私にはわからない。でも、彼女は彼女の歩みを続けている。それは確かだ。
「みんな、それぞれの場所で生きているな」
瞳は独り言のように言った。拓が顔を上げた。
「何か言った?」
「いや。なんでもない」
その会話も、自然だった。




