第4章 瞳の章 第1話【指揮者】
社会人になり、康介と出会った。他社との合同プロジェクト。彼は論理的で、いつも「最適解」を探していた。
康介は瞳に言った。「瞳さんは、物事を動かす力があるね」
瞳はその言葉を聞いて、少しだけ違和感を覚えた。でも、その違和感を気のせいだと思い込んだ。
しかし、その違和感に目をそらし続けたことが、瞳の人生、康介や拓、そして純をも巻き込んでいくことになった。
そんな時、職場で拓と出会った。同じ部署の上司。彼は「わからない」と言う人だった。会議で意見を求められても「わかりません」と答える。周囲は「考えていないだけ」と評価していた。でも、瞳には違うように見えた。
ある日、残業の後、二人でエレベーターに乗った際に、聞いてみた。
拓は平坦な声で言った。
「考えているから、わからないんです。わかったふりをするより、ずっと」
その時、彼女の瞳の奥で何かが軋んだ。
考えているから、わからない。
その逆説が、彼女が守り続けてきた「特別」という殻を、内側から静かに突き破るような気がした。
後輩の純が入社してきたのは、それから間もなくのことだった。
初めて純と話した時、瞳は直感した。
(この子は、何かを持っている)
それは、自分の中の何かが本能的に感じ取った危険信号だった。でも、同時に――面白くもあった。
(その何かを、どこに向けさせるか)
純は観察者だった。誰も気づかない細部を見つめ、それを言葉にする。まるで、そこにしかいないかのように。
瞳は無意識に思った。拓と純を引き合わせれば面白いかもしれない。二人はどこか似ている。拓は「わからない」と言い、純は「見ている」。二人が交差したとき、何かが起きるかもしれない。
(あの話、してもいいかもしれない)
彼の裏アカウント。パンストフェチという、彼にとっては核心だが、世間的には「笑える」秘密。それを純に教えれば、純は拓に興味を持つだろう。少なくとも、拓と瞳の関係に気を取られる余裕はなくなるかもしれない。
(これで、私の望む未来が手に入る)
そう思った。あの日、カフェの外のベンチから、拓が純にスマホを見せているのを確認した時も――すべては計画通りだと。
でも、違った。
康介が拓を呼び出した。Eが一枚のメモを置いた。純が小説を書き始めた。
それらの「雑音」は、瞳の計画を少しずつずらしていった。そして、気づけば、彼女自身がその「ずれ」の只中にいた。
(なぜ? 私は何もしていない。ただ、そこにいただけなのに)
その問いが、彼女の中で静かに大きくなっていった。




