sideタツキ 真夏のナイトメア~設定が穴だらけのバグった創作世界で、僕はリライトする~(起)
*
「……よし。これでいい」
僕はスマホを黒いジーンズのポケットにしまうと、目の前にいる僧侶の格好をした人に声をかけてみる。
「準備、出来たよ」
ちなみに上はラフなチェック柄のネルシャツだが、ここは『ブログの中』だ。
正確に言うと、八雲凛音さんが作った『真夏のナイトメア』という、奇々怪々なブログの世界に佇んでいる。
現実世界の僕は『スマホを片手』にログインしたまま、昏睡状態となっていて、緊急搬送された同級生と全く同じ状況だ。
まぁ、事細かく解説すると、『夢の中』なんだよね。これ。
例えるなら、よくホラー映画を観た後に寝ると、その残像として、印象強いシーンが、夢の中で繰り広げられる。それに近い感覚だ。
きっと、父さんにこの話をしたら『夢遊病』とやら、『レム睡眠行動障害』『明晰夢』『パラソムニア』と医学用語を事細かく並べて言いそうだ。
でも僕は思う。
このブログは、今の科学では、全く解決できない『オカルト』的な物でできているものだと。
それと、何故こういう事になっているのか、僕なりに説明しないとね。ええっと……。
*
――通知を送った、8時間ほど前。深夜2時頃
「……」
僕は一人、自室に籠って例のブログの事を調べていた。タミコさんやリルドさんに事の詳細を伝えたから、ちゃんとやらないと。
何故ならミオやカンナからの連絡が、朝から全く来なかったからだ。
ミオは時たま既読スルーすることはあるけど、今回みたく、既読が全くつかない、というのが珍しかった。
カンナも同様だ。彼女もまた、こまめに連投してくるのに、今回は全く連絡が来ない。
恐らく原因は学校内で流行っている『異世界へ渡れるブログ』が原因だろう。
最初、噂で聞いた時は馬鹿馬鹿しい。と思っていた。だって、物理的に考えて『有り得ない』だろ。て。
しかも、どうやって異世界に渡るんだよ。て内心思っていた。
だけど、テスト期間の真っ最中で起きた『集団搬送』が起きてから、学校も即座に休校しちゃって正直驚いているんだ。
そんな事をしても、テストは後から実施されるのだから、現実逃避せずに、潔く受ければいいのに。
でも、いざ休校で学校が休み。となると、今まで遅れた分が取り戻せない。エナドリ中毒で入院していた一週間分は、頑張って取り戻したかったのに。
オマケにこの世界は『万能ポーション』みたいな回復アイテムが無い。ここの人達はどうやって回復するんだ?
「まさか……、ね」
その概念すら無い『不老不死』の世界なのか?
澄み切った青い空とだだっ広い草原が、僕の目の前で広がっているけど、これ、全部『夢』なんだ。
自分に言い聞かせつつ、それを確認するために、試しにあの言葉を放ってみる。ええっと、よくある異世界モノで主人公が、どれだけ強くなったか。て見る時の……。
「ステータス、オープン」
なので、僕はさらりと右手を前へ翳すと、プロフィールみたいな画面が出てきたのだ。
そこにはこう書き込まれている。
――――――――――――――――――――――――
名前 タツキ
MP ∞
――――――――――――――――――――――――
「短っ!」
思わずツッコんでしまったが、普通、こういう異世界モノって、魔法スキルとか能力値とかズラーっと書いてあるだろ。なんで書いてないんだよ。
しかもMPって、マジックポイントだと思うけど、無限はチートコードを使わない限りは有り得ないんだよね。まさか、不具合かバグなのか?
「オマケにHPも無い。やっぱりかぁ」
予想が当たった僕は、静かに翳した右手を拳に変えてステータス画面を閉じると、そのまま歩こうとした。
『迷える異世界人よ』
「あっ……」
すると、女神らしき人物が、笑顔で僕の前に降臨してきたが、彼女の顔、どこかで見たことがある様な。
いや。気のせいか。
僕は目の前で立ち止まると、微笑むだけの彼女を見つめていたが、それにしても、容姿が変わり過ぎているから、人違いかもしれない。
金色の髪色に蒼い瞳という、欧米に住む外国人みたいな見た目をしているし、服装は光沢がある白いロングドレスを着ている。穏やかそうな顔つきで、白い羽根を付けているせいか、天使の様だ。
『貴方は現実と異世界、どちらを『落として』きましたか?』
「落とした?」
ふと、女神の発言に引っかかった僕は、思わず聞き返してしまったが、どうにもこの世界自体、可笑しいんだよね。
「いや。どちらも落としてないよ」
『……え?』
なので、思った事を口にしたら、何故か女神が固まってしまったのだ。
いやいや。何でそこで固まる?
これもバグなのか?
「単純に僕は、その中にいる20人以上の生徒達を、元の世界に返して欲しいから、ここに来ただけなんだ」
『そうですか……』
だけど、女神の口調がどうも可笑しい。僕、何か変な事言っちゃったかな?
「うん。だから、僕は異世界も現実も、『どっちも落としていない』よ」
『なるほど……』
そして、女神は考え込んだ末、こう切り出してきたのだ。
『でしたら、貴方に新たなスキルを授けたいと思いますが、どれが良いですか?』
「……は?」
いやいや。話聞いてた?
僕は単純にみんなを助けに来ただけだ。別に奇妙な世界を満喫しようとは一切思ってないんだけど。
「じゃあ、例えば、何がありますか?」
不機嫌ながらも、彼女の話を聞いてみると、笑いながらこう答えたのだ。
『スキルは『貴方が望んだもの』でも授けられますよ』
「ふーん。そう来たか」
なので、僕も笑いながらこう答えてみたのだ。
「じゃあ、望んだもので良いなら、僕は『この世界を書き換えるスキル』が欲しいかな」
『……は?』
すると、再度女神はフリーズしてしまったのだ。僕、そんな不味い事言っちゃった?
『普通、そんな事は言いませんよ! 何故その力が欲しいのですか!?』
そのせいか、女神は呆れ口調で僕にこう言ってきたのだ。
「うーん。僕は単純に、ここにいるミオやカンナ達を連れて行きたいだけなんだよね」
『……』
「興味無いって言ったら可笑しいけど、そういう旅行気分でも無いんだ」
『……』
「しかも、ステータス見て思ったけど、何で回復が無いし、マジックポイントは無限なの? もしかして、システム上のバグ?」
『ええっと……、それはですね……』
なので、思った事を言ってみたら、女神が挙動不審に陥ってしまったんだ。また、不味い事言っちゃった?
「それとさ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
『あ。はい、構いませんが……』
しかし、彼女は『何を言ってもムダだ』と悟ったかの様な顔でため息をつくと、こちらに視線を向けていた。
いや。僕は単純に気になったから、聞いただけなんだけど。
「君ってもしかして、どこかで会ったこと、ある?」
『はぃぃいい!?』
すると、彼女は唖然とした顔でこちらを見ると言葉を失ってしまったので、更に聞いてみることにした。
「どうも顔のパーツとか、何故か八雲さんに似てたからさ」
『……』
「けど、その人はもう、現実では『会えない』の知ってるからさ。まさか……、とは思ってたけど」
『……はぁ』
だけど、彼女は黙りこくった後、深いため息をつくと、何故かバツが悪そうな顔で告げてきたのだ。
『貴方は相変わらず、何もかもお見通し。なんですね』
「やっぱり……」
そして、僕は意を決して、彼女に向かってこう言ってみたのだ。
「お久しぶりだね。八雲凛音さん」
『……フルネームで言ってくるの、貴方だけだから、直ぐにわかったよ』
「あぁ。ちょうど今日の時期に、君から相談を受けてたからね。鮮明に覚えているよ」
『……じゃあ、何であの時、助けてくれなかった!』
「それは……」
『わたしはとてもとても辛かった! なのに、一向に変わることが無くて。いや。寧ろ悪化して酷くなっちゃったんだよ! 相手は副会長だったから、逆らえなかったし!』
「……」
『お陰でわたしは学校を見るだけで、胸の苦しみと吐き気が同時に込み上がってきて、来れなくなったんだよ! どうしてくれる!』
「……」
思い出した。あの時、僕は彼女からいじめの相談を受けていたのにも関わらず、『助ける事』が出来なかったんだ。
僕からも彼に言ったけど、実際に虐められている状況を見ていないのも大きいせいか、すぐにはぐらかされて有耶無耶にされて……。
本当にああいう奴って『言い訳』だけは取り繕って上手いからね。こっちはバレバレだって分かっているのに。
「……ごめんなさい」
だけど、僕は素直に頭を下げ、深く謝罪をしたが、彼女は怒りを滲ませた様な表情をしていた。
『謝ったって、もう遅い!』
「……」
『何もかも手遅れよ! 全部!』
「……」
『でも、この世界を引き継いでくれたイトウ君には感謝しないと。ね』
「……」
そうだ。もう彼女は一年前に『亡くなって』いる。
なぜ知ってるかと言うと、父さんが働いている病院の霊安室に、彼女が来たからだ。
他言無用だ。と父さんに言われたが、詳しく聞いたら死因は『睡眠薬の過剰摂取による自死』だと。あの時僕がちゃんと彼を叱ったなら、彼女は死なずに済んだのか?
でも、全て僕の『優柔不断』から起こした事だ。きちんとケジメをつけないと。
「……そうかもしれない」
『……え?』
「あの時、僕がちゃんと彼に怒っていたら、こうはなってなかったかもしれない」
『……』
「だけど、君が居なくなったあと、真生は『退学』になったんだ」
『嘘っ!?』
「そう。驚いただろ? 君がこの世から居なくなった後、彼は幾数多の非行に走ったからね。そのため、生徒会を追放された後、学校に来なくなった。その後闇バイトへと走ってしまった」
『……』
「そして、彼はとうとう、人としてやってはいけないところまで踏み込んでしまったが、それを招いたのは僕の曖昧さが原因だ。嫌なほど思い出してしまう」
『……』
彼女は絶句していた。
実はこれ、僕が監禁される『直前』の出来事なんだ。彼の嫉妬はとても許される事では無かった。
あの時誠実にキッパリ『ごめん。無理』て潔く突き放せば良かったのかもしれない。
――君、真生の心、無意識に壊しすぎたね。
――あまり、光が眩しすぎるとね、今度は闇が真っ黒く、蝕んでいくんだよ。
本当にそうだ。あの時のシイラさんの言葉が、脳裏から離れられない。
真生の事も、凛音さんの事もそうだ。
だから、今回は中途半端にせず、きちんと終わらせないと。
「それと、僕もまた、エナドリ中毒で、入院したんだ」
『……』
女神姿の八雲さんは目をまん丸くしながらも、静かに話を聞いていたが、僕はもう、『聖人君子』では無い、ただの高校生だ。追い詰められる事だってある。AIみたいに、全部の感情を処理できたら、どれだけ楽な事か。
「で、退院したら、何故か生徒達の間で『異世界へ渡れるブログ』が流行ったんだ」
『……』
「最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたよ。でも、日に日に生徒達が学校に来なくなってさ。何でかなー、て思っていたら、『バグみたいな世界』が広がっていたとか、色々な噂を聞いてしまったんだ」
『……』
黙って俯いてしまったが、彼女にとって、現実が『悪夢』だとしても、僕達にとっての『悪夢』はここ。なんだ。
生きてる実感が無い、不老不死の世界なんて、望みじゃないからさ。
『……バグみたいな、世界。ね』
「……」
『そうだね。だってこの物語、私が『生前』に書いたけど、『未完結』のまま、イトウ君に引き継がせたんだ』
「やっぱり……」
『そのせいか、余計に未練がましく、ブログの世界に残ってしまったのよね。この物語自体『穴』だらけだから……』
「なるほど」
だから、何もかも『欠陥』があったのか。
回復が存在しなかったり、魔法が全属性使えたり、あの四角く塗りつぶされたのも気になったが。
少し考えた後、僕は彼女にこう聞いてみる。
「じゃあ、八雲さんは、この物語、どうしたい?」
『そう、だね。この物語を『完結』させたいかな。未完結のまま、現実からログアウトしちゃったから余計に。ふぅ……』
なので。僕は真剣に彼女に言うと、深呼吸をし、こう僕に頼み込んできたのだ。
『なので、この悪夢に終止符を打つためのスキルを、貴方に授けます。貴方の力が必要です。わたしと協力して、貰えませんか?』
「……」
『それと、イトウ君を、止めて欲しいです』
「イトウ君?」
思わず聞き返したが、誰だ? そいつ。
その前にも節々言ってたけど、僕達の学年に『イトウ』って奴いたか?
『実は、現実世界にはいません』
「……は?」
『イトウ君は、私が作った『彼氏』なので……』
「つまり、彼氏は『AI』て事?」
『その通りです。お恥ずかしい限りですが、私の『理想』を詰め込みすぎて、具現化して暴走した存在と思ってもいいです』
「……はぁ」
まさかの展開に驚いたが、つまり、このブログの世界には『生成AI』もいると。厄介だなぁ。早く終わらせて、現実世界に帰りたいのに。
だけど、これでみんなを救えるのなら……。
「……いいよ」
『えっ!?』
「その代わり、今から使いたいから、早く僕にちょうだいよ」
『あのね。ちょっと待って! そんな簡単に『はいどうぞ』て出来ないのよ。物事には順番というものがあって……!』
「そう言うと思った! あはははは!」
僕は思わず笑みが零れてしまったが、自然に笑えたのはいつぶりだろうか。いつも貼り付けた様な笑顔でいたせいだったかも。
『全く……。越智君は変わらないね』
「そう?」
『うん。全然。だから熊野君や椎羅さんがほっとけないのも、何となくわかる気がする』
「……」
『そんな三人組を見ていて、羨ましくなっていた自分がいたんだ。わたしもいつか、その中に入りたいな。て』
「……」
『きゃはは! 少し喋りすぎました。それでは、貴方に、スキルを授けます』
「……あ。う、うん」
そして、彼女は両手から青い光を放つと、戸惑う僕の額に軽く翳し、脳内からはこう伝えてきたのだ。
『タツキはスキル『校正』を手に入れました』
「校正?」
疑問に思った僕は彼女に聞くと、こう答え始めたのだ。
『そうですね。試しにわたしにかけてみて下さい』
「どうやって!? ええっと……」
『わたしは『リンネ』として僧侶へ転生する。『リライト』と』
戸惑っていると、彼女が優しく言い始めたのだ。
「あー。わかった! やってみる。ええっと、『君はこの物語の『僧侶 リンネ』として転生せよ。リライト!」
なので、言われるがまま、彼女に向かって手の平を向けて言い放ってみる。
すると、青い光が彼女の身を包み込むかのように光り出し、彼女は青い神聖ローブを身につけた姿となって、僕の前へ現れたのだ。
「すごいっ! 早速使いこなしてるじゃん!」
「これで大丈夫なのか? ものすごく不安なんだが……」
「平気平気っ! この調子で修正をかけてみよう!」
「あ、あぁ……」
「だけど、一個だけ注意してねっ!」
「注意?」
「そう! そのスキルは『人の性格』までは変えられないからね! 外の風景や時間軸、所持しているアイテムの『使い道』は変えられるけど、個人が元々持っている『気質』までは変えられないから、気をつけてよ!」
「あ。あぁ……」
押され気味になりながらも相槌を打ったが、女神から僧侶に変わったせいか、声質もAI風から人間になっているような。これも授かったスキルのせいか?
「だけど、このスキルさぁ、不思議だよね」
「不思議?」
「うん。僕が呪文のように一言発するだけで、何もかも書き換えられてしまうとかさ。物理的に有り得ない事が、本当に目の前で起きている」
「……」
「科学では証明できない事って、この世の中に沢山あるんだなぁ。て」
「それって、まるで科学者みたいな言い方だねっ! 越智君!」
「そう?」
「うん! きゃははははっ!」
彼女は今まで見たことの無い明るい表情で笑っていたが、八雲さんって、こんなに笑う人だったのか。
生前の八雲さんはどこか儚くて、触れたら消えちゃいそうな程、悲しさに満ちた顔をしていたような……。
あ。試しに使ってみるかな。
もし、仮にこのスキルが使えるなら、『非現実的』な事が可能になるんじゃないか。
さっきみたいに、『女神』というNPCから『固有名詞が付いたキャラ』になった様に。
なので、恐る恐るジーンズのポケットから自身のスマートフォンを取り出し、こう唱えてみる。
「えっと、今僕が所持しているスマートフォンは、『現実と唯一繋がれる媒体』だ。あと、現実世界でこのブログを見た場合、誰が見ても『大丈夫』だ。と。リライト!」
すると、僕の黒いスマートフォンが青く光り出し、夢の中でもスマホが打てるようになったのだ。
「おっ。これで……」
なので、僕はある事を現実世界にいる『年上の友人』に協力することにした。
内容はこうだ。『ブログの修正をするので、そちらで画面を開いて下さい。もし変な箇所や違和感があったら、逐一こちらに伝えて欲しいです』と。
あと、『女神が仲間になりました。なので、ブログを見て取り込まれる事は無いと思うので、安心して下さい』と。
「……よし。これでいい」
打ち込み終えると、僕はスマホを黒いジーンズのポケットにしまい、目の前にいる僧侶 リンネに声をかけてみる。
「準備、出来たよ」
「えっと、今、何をしたんですか!?」
「ん? 普通に『誰が見ても平気な様にした』んだ」
「はぁああ!? それってつまり、こちらにログインしないようにしたって事ですか!?」
「うん。こうすればイトウ君も、無理矢理仲間を募集することは出来ないだろうし……。て、やりすぎちゃった?」
「もぅ。貴方って言う人は……、何から何まで規格外なんだから。では、行きましょうか」
彼女は呆れ気味にため息をつきながらも、僕の後を付くように歩き始めたのだ。
快晴広がる青空と、緑色に生い茂る草原を背景に、僕達は各々の目的を抱えながらも『未完結の物語』を完成させるための冒険が始まったのだった。
――真夏の夜の大冒険。只今進行中……。




