エピローグ
煌びやかな王城での外交が絡む夜会を終えたジークハルトは、ぐったりと馬車に揺られて自身の屋敷に帰宅する。
特に今日は夜会に妻を伴っていなかったばかりに、随分と女性に群がられてしまったのだ。
身動げば自身のものではない複数の香水が入り交じった香りが立ち上って、眉を顰める。
最近ではすっかり匂いに敏感になってしまった妻には、きっと煙たがられてしまうだろう。帰り次第すぐに湯浴みをして洗い流さねばと算段を立てる。
王立学院を卒業して数年。
自分がいかに愛妻家であるか、隙あらば惚気を吹聴して回っているのにも関わらず、残念ながら妻帯者となった今でもジークハルトは事あるごとに、女性に群がられてしまっていた。
今日も今日とて、次から次へとひっきりなしに擦り寄って来るご婦人やご令嬢をあしらうことに疲れ果てたジークハルトは、深いため息を吐いてよろよろと馬車を降りる。
屋敷を見ればまだ明かりが灯っていて、ジークハルトは目を瞬くと「無理に帰りを待たなくていいよと言ったのに」と小さく呟いた。
だが、表情筋は素直なもので、疲れ切った顔はすっかり締まりなく緩んでしまう。
そっと玄関の扉を押し開ければ、丁度玄関ホールの中央階段をニコラが降りて来るところだった。
ニコラはつかつかとジークハルトに近付くにつれて、馬車の中での想像通りに顔を歪め、しまいには片手で鼻をつまみながら、それでもなお真っ直ぐに近寄って来る。
ジークハルトの前までやって来たニコラはやがて、ちょんと背伸びをして、もう一方の手をスっとジークハルトの肩上あたりに伸ばすと、ぐっと何かを握り潰す動作をする。
するとジークハルトの耳元では複数人の女性の断末魔が重なって一度だけ聞こえるも、五秒も経てばそれっきり静かになった。
ニコラは掴んだ手をふっと息で払うと「ん。匂いも若干マシになった」と満足気に頷く。
「どうやらまた持ち帰って来てしまったみたいだね……ごめんね」
「いつものことでしょう。ただの生霊ですし、これくらいは大した手間じゃありません」
そう言ってパンパンと手を払うニコラは本当に涼しい顔なので、感謝を込めて抱き締めようとすれば、残念ながらスイと身を躱されて距離を取られる。
「マシになったとは言いましたけど、その香水の匂いは近付かれると吐きます」
「ご、ごめん」
ジークハルトが謝れば、ニコラは分かればよろしいとでも言うように、鷹揚に頷いた。
「壁の花で良ければ、今日だって人避けくらいにはなったのに」
「大事な時期に、疲れるようなことはさせられないよ」
ジークハルトは緩く頭を振って、まだなだらかなネグリジェの腹を見て頬を弛める。
接近禁止令が出ている以上、湯浴みをするまで近付けないのがもどかしいが仕方がない。
「それにしても、隣国にも知れ渡るくらいの愛妻振りを見せつけているのに、一向にこういうのは減らないね……」
ニコラを同伴している夜会は今日よりマシではあるが、それでも夜会から帰ればいつもニコラから何らかの処置を受ける羽目になるのだ。
付け入る隙もない様を見せつけている筈なのに、何故か一向に減らない一方的な好意にげんなりと零せば、ニコラはきょとんとした顔でジークハルトを見上げた。
「知らないんですか? 宰相補佐の奥方は王太子にも不遜な態度を取るとんでもない悪女で、憐れな宰相補佐は愛妻家を無理やり演じさせられている、らしいですよ」
「…………それはまた、アロイスが知ったら爆笑しそうな噂だね」
妻を心底愛してやまないだけなのに、どうやら本心からの行動は裏目に出てしまっているらしい。
だが、この手の噂話は否定すればするほど皮肉にも信憑性が上がってしまうもの。
どうすることも出来ずに深々とため息を吐くしかなかった。
「そう言えば、アロイスがまた近々お茶会をと言っていたよ」
途端にニコラの機嫌が急降下するのが手に取るように分かって、ジークハルトは苦笑する。
「またですか? たったの一週間で、今度は何処で何を拾って来たって言うんですか……」
顔をこれでもかと歪め、地を這うような声でニコラが唸るので、ジークハルトは肩を竦めて形ばかりのフォローを入れた。
「炭鉱に視察に行ったんだって。そしたら沢山連れて帰って来てしまったみたいでね」
「エルンスト様は一体何をしていたんです……」
「何でも、エルンストがその炭鉱に近付こうとすると馬車の車輪が脱輪したり、落石があったり何だり、不幸な偶然が続いたみたいで進めなかったんだって」
ジークハルトがそう言うと、ニコラは眉根をぎゅっと寄せて頭を抱えた。
「それ……どえりゃースポットってことじゃないですか……。まさかそんな場所に行っちゃったんですか!?」
「まぁ、アロイスも公務だからね……」
ニコラは髪をぐしゃりと掻き乱して、とうとう叫んだ。
「あぁもう!……勘弁してくださいよ本当に!」
2023.06.19
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
何分、初めて書いた小説なもので、これが面白いのか面白くないのか、さっぱり分かりません。
感想、酷評、アドバイスなど頂ければ非常に参考になります……。
『異世界転生』『乙女ゲーム』というありふれた枠組みの中でいかに独創性を出すかが終始課題でした。
トラ転でオリジナリティを出すのは難しいと試行錯誤した結果のニエ転。設定的に耐えてるんでしょうか……?
起 一章
承 二章 三章 四章
転 五章
結 六章
何というバランスの悪さ。
終始壁にぶち当たり続けましたが、プレビュー数で最新話まで一定数の方が追いかけて来てくださっていることが、非常に励みになりました。
いいねや本ページ下部の☆ポイント評価、感想やレビューなど頂ければ狂喜乱舞いたします。
既に評価を下さった皆様方にも、多大なる感謝を。
本当にありがとうございましたm(_ _)m
2023.06.19 追記
光栄なことに、少なくとも2巻までは書籍化させていただけることになりました。
1巻の内容は概ねWeb版と同じですが、ラストが2巻へ続くような運びとなっております。
どうやらすんなり婚約とはいかないようで、さらなる厄介ごとが舞い込むみたいです。
ニコラのその後が気になるよ、と思ってくださる方は、よろしければ書籍版をお手にとって頂ければ幸いです。
2巻は2023年7月発売予定です!




