五大賢
ロクスタンの手で滑らかにつやのある扉が開けられると、その向こうの広間が目に入ってきた。
高い天井には魔法によるものとおぼしき明かり。
壁には大きなタペストリーがいくつもかかっており、つきあたり正面には見たこともない動物と幾何学模様が組み合わさったシンボル入りの垂れ幕が下がっている。
「わあ……」
ぽかんと口を開けて見回す。
ロクスタンはそんなミナの様子に苦笑すると、奥を手で示した。
「ミナさん。あちらへどうぞ」
視線を下ろすと楕円の卓が置かれているのが見えた。
置かれている六つの席。腰かける三人の人物。
一人は長髪の若い女だ。艶やかに腰まで流れるその黒髪に目を奪われそうになるが、彼女の視線の冷たさがそれを拒んでいるのがよく分かる。緩く腕を組むその姿にも近寄り難さを感じる。
反対に妙に親しげな笑顔を送ってくるのはその隣の老人だ。短く刈り込んだ灰色の髪、好々爺然とした緩んだ顔。人のいい雰囲気を全方位に放射して、あまつさえ小さく手まで振ってきていた。
手を振り返したミナが最後に視線を向けたのは、ちょうど正面の席に腰をかけた女性だった。
特に見るところもない、普通の女性だと最初は思った。
だがその目の奥にはゆったりとした深さと、見通せないほどの広さを感じる。
それほど年を取っているようにも見えないが、あらゆる経験を積んできた懐の深さがそこにあった。
「お連れしました」
「ありがとう」
ロクスタンの言葉にさきほどの正面の女性がうなずく。
どうやらこの人がこの場のリーダーのようだ。
手振りでロクスタンとザルダンを席につかせ、ミナにも席を勧めた。
ミナはぺこりと頭を下げて、ロベンタをテーブルの上に置いてから席に着いた。
「さて」
落ち着いた声で女性は言った。
「ようこそわたしたちの街、『知の庭』へ。ミナ、でよかったかしら?」
「あなたは?」
「アルハ。五大賢の長を務めさせてもらっているわ。それからそちらから順にアルジャスタ、ノルン」
老人と若い女を示す。
「ロクスタンとザルダンの名はもう聞いているわね?」
「あやうく知らせないまま来るところでしたがね」
ロクスタンの苦笑にザルダンが鼻を鳴らした。
「魔女は、敵です。余計な情など無用」
「……ごめんなさいね。ちょっと頑固だから」
「知ってます」
うなずくミナにアルハが微笑む。
「なかなか見どころありそうな子」
「あの、わたしはなんで呼ばれたんですか? っていうかなんで街の人たちはわたしのことが嫌いなの? あんな反応、しなくてもいいのに」
「それについては街の人たちもザルダンと同じくちょっと頑固だからなのよ」
「どういうことですか?」
「昔ね、この街には悪い魔女がいたの。自然の摂理を破壊して天変地異を引き起こし、人々をとてつもない混乱の中に陥れたの」
聞いたことがあった。
というより、それと同じことは既に何度も聞いて覚えていた。
ミナの背中を冷たいものが伝った。
「……ひどい事件だった。たくさんの人が不幸になった。だからみんな魔女には過敏になってるってわけね」
「その魔女の名前は」
「ん?」
「その魔女の名前は、メリエル、ですか……?」
五大賢全員が息をのむのが分かった。
「……どうしてその名を?」
五人の真剣な視線にさらされて、ミナは少し腰が引けるのを感じた。
「わたしの師匠、だからです……」
ドン、と大きな音がしてミナは飛びあがった。
そちらを見やると、テーブルに拳を押し付けてザルダンが立ち上がっていた。
「やはりこいつが元凶だ! 早く対処を!」
こちらをにらむその目には、先ほどの怒りとは違う色がともっていた。
嫌悪と、それから憎しみだ。
「衛兵を呼べ! 早くこいつを牢へ!」
身をすくませるミナを指さして彼は叫ぶが。
「落ち着いてくださいよザルダンさん」
隣のロクスタンがため息をついた。
「そうじゃな。あまり血の巡りが良すぎても長生きはできん」
初めて口を開いたアルジャスタもうなずく。
「何を言っているお前たち、こいつは――」
「ザルダン。座りなさい」
「アルハ様……しかし」
「いいから。まだ確かめるべきことは多いわ」
「……は」
ザルダンがうなだれて腰を下ろしたところで。
「……さっきから黙って聞いてりゃよ」
テーブルのかごの中から声がした。
いや、かごが腐って中からロベンタがはい出てくる。
「魔法……を使う鳥?」
ノルンが呆然とつぶやいた。
無視してロベンタは胸を膨らませる。
「よく分かんねえが、その馬鹿かました魔女ってのはかなり昔の奴なんだろ? だったら今こいつは関係ねえじゃねえか。そんな下んねえことで何騒いでやがる。害があるってんなら示してみろってんだ!」
「モモちゃん……」
「ロベンタだ!」
手を伸ばすと、触られるのを嫌がった彼に噛まれたが。
「そうね、その通りだわ」
アルハがうなずく。
「わたしたちが恐れているのは過去の亡霊じゃない。明確に今目の前にある問題よ。わたしたちはその現象を『凍結』と呼んでいる」
「『凍結』?」
首をかしげるミナに今度はロクスタンが口を開く。
「その名の通りですよ。人や物がまとめて凍りつく。凍結して、もう動かない。一区画丸ごと凍ったところもある。発生のタイミングも治し方も分かっていない。一度起これば悪夢のような事態を引き起こす」
「そんなの知らない……お婆ちゃ……師匠もそんなことしないよ」
「断言できるか? 確たる証明は?」
言ったのはノルン一人だが。
そこにいる全員の視線が同じことを語っているのをミナは察した。
すなわち、『お前に罪過はないのか』
何かを言おうとして。
何も言えない。
代わりに眩暈がする。
信じてもらうことの困難さに目の前が暗くなるほどの絶望感が押し寄せた。
「どうしたら信じてもらえるの……?」
「とりあえず」
アルハの声が遠くから聞こえるように錯覚する。
「今日はここで休んでいきなさい。明日またゆっくり話をしましょう」




