大男と青年
男の後ろについて明かりのともされた廊下を歩きながら。
ミナは退屈しのぎに鼻歌に合わせて右手の箒を振っていた。
ロベンタも左手に提げたかごの中であくびをしている。
手持ち無沙汰気味だったのは、男が何も言わないからだった。
何を問いかけても答えてくれない。
前を行く無言の背中を見上げる。
がっしりと異様に背が高い。
肩幅は広く、白い長衣に体を包んではいてもその筋骨はごつごつと自己主張が激しかった。
そして頭には髪がない。つるりとして健康的に光っている。
それほど歳が行っているようにも見えないので、わざわざ剃り上げているのだろう。
自他に厳しくきっちりと公正で、だがそのせいでひどく面白味がない。
そんな印象の人だった。
「暇だね」
男からの反応は諦めてロベンタに話を振る。
そろそろ外では日が暮れているせいもあるのだろう、ロベンタは眠そうな目でうなずいた。
「どっかの禿げ頭のせいでな」
「どこまで行くんだろ」
「さあ? 毛刈り室とかじゃねえの?」
「え。わたしも剃られちゃうの? それはちょっとヤだな……」
「意外と似合うかもだろ」
「うーん……」
ちらりともう一度男の頭を見上げる。
「……ごめん。無理」
「だってよ、禿げ頭。仲間が増えなくて残念だったな」
ロベンタの言葉に、前を行く男の肩がわずかに震えた。
ほんのわずかにだ。気のせいだったかもしれない。
「それにしてもなんでこんなことになってるんだろう。わたし全然悪くないのに」
「むしろ一方的に突き飛ばされてたしな。俺なんて盗まれかけて猫のエサ一歩手前だったしよ」
「この街の人たちって、もしかしてちょっと頭おかしいのかなぁ」
「ハッ、ちげえねえや」
今度ははっきりと男の肩が震えた。
「早く逃げなきゃやばいかもしれねえぜ? 相手は話が通じねえんだ、どんな言いがかりつけられるか分かったもんじゃねえしよ」
「でも変な人たちだからってそれだけで軽蔑したら可哀想」
「お前そんな甘いこと言ってっと……ん?」
ぴたり、と男が立ち止まった。
ミナたちもそれに従って足を止める。
見上げると男はゆっくりとこちらを振り返ってきた。
「お前たち……さっきから聞いていれば、なかなか好き放題に言ってくれるではないか」
その額にはくっきりと青筋が立っていた。
つかつかとこちらに詰め寄ってきながら言う。
「誰がハゲだ? 誰が変人どもだ? まだ子供だからと情けをかけてやってるのも分からずによくそんな口を利けたものだな」
遥か高いところから見下ろしてくるその瞳の威圧感はすごいものではあったが。
「ハゲは否定できねえだろハゲ」
「この……っ!」
ロベンタに挑発されて、男は青筋をさらに太くした。
「悔しかったら羽毛でも生やしてみろや。頭上が寒そうで見てらんねえんだよ。凍死しそうだぞ謝れコラ」
「脚の青っちろい奴に言われたくはないわ! 寒いのは貴様だこのチビガリ鳥が!」
「なっ……てめっ!」
己のコンプレックスを突かれたのだろうか。今度はロベンタがいきり立った。
「テメエこそ岩顔面にゲジゲジ眉のくせしてそれ以上でかい顔すんじゃねえ! 暑苦しいんだよツルピカ野郎!」
「羨ましいかチビガリ。お前ももう少したくましく生まれればよかったものを」
「チビガリチビガリ言うんじゃねえよ! 俺にはちゃんとした名前があるんだ。ちゃんとそっちで呼べ! いいか俺は――」
「モモちゃんといいますです」
「割り込むんじゃねえクソ女あぁぁぁっ!」
通路にロベンタの声がこだました。
その響きが静寂に消えようというところで。
隙間を縫うように苦笑の混じった声が割り込んできた。
「騒々しいですねえ……」
若い男の声だ。少年と言っても通じるくらいの、だが落ち着いたトーン。
通路の先に目を向けると、向こうからすらりとした青年が歩いてくるところだった。
禿頭の男と同じ長衣を身につけているがこちらはだいぶスマートな印象だ。
呆れたように茶色の髪の頭をかいて彼は言った。
「ザルダンさん、あなた一体何をやっているんですか。遊んでいる場合じゃないでしょう」
「俺は遊んでなどいない。真摯に職務を全うしている」
どうやらザルダンという名前だったらしい男は、きまりが悪そうに首を振った。
「だったら早くそちらの彼女を案内してやってくださいよ。僕だけでなくみんな待ちくたびれているんですから」
「みんな?」
首をかしげるミナに青年はうなずいた。
「ええ。この街を治める五大賢。僕とそちらのザルダンと、それからあと三名。そのメンバーであなたからお話をうかがいたいというわけです」
「話? 何の?」
「……ザルダンさん。まさか全く説明してないんですか?」
「必要ない。相手は魔女だぞ」
「その様子だと彼女の名前も聞いてないんでしょうね。……うかがっても?」
青年に訊ねられてミナはうなずいた。
「ミナ。こっちは友達のモベンタ」
「ありがとう。ミナさん。僕はロクスタンといいます。モベンタ君もよろしく」
「そろそろくじけそうな俺がいる」
ロベンタぐったりとうめく。
だれも気にかけはしなかったが。
ロクスタンはうなずいて通路の先を示した。
「では奥へどうぞ。もうまもなく着くので、説明はそこで、ということにしましょう」




