第二十一話 理不尽は語る
木を、地を、空を舞いながら二つの影が幾度となく交差する。地に伏しているため視界が悪いのも相まって、戦闘の詳細は把握できない。
ただ、鍔迫り合いが発生して両者の動きが止まる瞬間だけ一端を垣間見ることができた。
ユティスさんの剣戟を、男は見えない何かを振るうことで防いでいた。空間の揺らぎのような無色透明、無形のそれは、時に剣を受け止める盾となり、時にしなる鞭となり、時に鋭く貫く槍となる。特徴的なのは、鍔迫り合いの際に一切の音を発していないところだ。金属音も打撃音も鳴らない様は、まるで衝撃という現象を無視しているかのようだ。
戦闘の詳細が分からなくても、想像を絶する速度での切り結びが行われていることは空気を裂く衝撃や地を蹴る音でなんとなく理解できる。そんな激戦のなかで剣戟の際に音が鳴らないというのは、一部だけ無音のアニメを見ているような違和感があった。
どれほどの時間が経っただろうか。戦いは飛ぶ斬撃と共に双剣で斬りかかったユティスさんと、空間の揺らぎを極大の剣の形にして受け止めている男との一際長い鍔迫り合いの後、呼吸を合わせたように両者同時に飛び退くことで一時の膠着を迎えた。
「気炎万丈…固有スキルにその赤髪、そしてユティスという名前…思い出したよ。灼光と銀嵐の子供か。それなら転生者でもないのにこの戦闘力なのも納得ってところか」
膠着の合間に差し込まれたのは、どこか得心がいって呟くような一言だった。灼光と銀嵐、称号かなにかであろうか?
消え入るような独り言を、しかしユティスさんは聞き逃さなかったらしい。
「貴様…父と母を知っているのか?」
「ん?知ってるも何も、俺が殺したからね」
さも世間話をするかのように落とされた爆弾は、不発に終わった。
「……馬鹿を言うな。父と母が死んだのは十年以上も前だ。今の貴様がどれだけ化け物であろうと敵うものか。挑発にしては安すぎる」
「十年…十年か。たったそれだけしか経ってないのにもう記憶の隅か。この魂もそろそろ限界かな…。そうだな、ちょっと休憩して話でもしようか。ちょうど彼も近くにいることだし、一緒にね」
まるで噛み合っていない様子の会話もそこそこに、男は僕をちらりと見てから無防備にも背を向けて歩き出した。一方的に戦闘を切り上げた挙げ句、斬ってくださいと言わんばかりに晒された隙。勿論見逃すはずもなく、ユティスさんはすさまじい速度で斬りかかったのだが
「―地の嫉妬―」
「なっ!?ぐ、うっ…」
男がそう呟くだけで、ユティスさんは僕と同じように地面に磔にされてしまった。立ち上がろうと必死にもがくも、四肢に釘でも打ち込まれているかのようにびくともしない。
やはり先ほどの戦闘は遊びだったのだろう。文字通り手も足も出せていないのが証拠だ。はなから実力差には天と地ほどの開きがあったんだ。
男はもがくユティスさんに一瞥すらくれずに歩いて行き、やがて太い木の幹に背を預けて座り、こちらを向いた。
「さて、信じてもらえるには何から話したらいいかな…。そうだ、お前の気炎万丈のスキル…一定時間ステータスを3倍、デメリットは無しなんていうご都合主義の塊みたいなスキルを俺は一方的に知っていたわけだ。これはフェアじゃない。そういうわけで俺のスキルの説明からいこうか」
男は完全に気を抜いていた。どうやら本当にこれから世間話に興じるらしい。底冷えするような無表情を貼り付けたまま、肩を竦めるわざとらしい仕種でもって男は続けた。
「大体察しがついてるとは思うけど、俺は転生者だ。名前は…まぁいいか。自慢ぶるつもりはないけど、この世界のなかでは最古参に近いだろうな。能力は強奪特化。神が3つくれるっていうスキルを強奪一本に纏めてもらった結果、初期スキルレベルは15と結構高かったけど、これがまた使いづらいスキルでなぁ」
ペラペラと自分の能力を話し始める男に対してユティスさんは怪訝そうな顔を向けているが、弱点を探るためなのだろうか口出しはしない。
「スキルを奪ってもレベルが1なんだよ。スキルレベル1なんて初心者に毛が生えた程度だし、成長させるにも時間がかかる。一人から奪えるスキルは一つだけ。おまけに固有スキルは奪えず、体力や魔力を奪うには触れ続けてる必要があるから隙だらけ。奪えるステータスは微々たるもの。更には途中から、スキルは奪えるけど奪った相手のスキルは消えないなんていう修正が加えられてね…スキルを奪って優位に立つっていう戦法が使えなくなって大幅な弱体化さ。それもこれも、安易に最強を目指して強奪系スキルを取る転生者が多過ぎて神にクレームが殺到したからなんだけど…まったく冗談じゃない。
だけど俺はめげずに奪いまくったんだ。恥ずかしながらあの頃は青臭い正義感に燃えていたからね。盗賊を見つけては奪い殺し、悪事を働く転生者を見つけては奪い殺し…何十年そんな生活を続けてたかな。棺桶に片足を突っ込む位の年齢になったとき、遂に壁を越えたんだ」
話の山場なのだろう。相も変わらず無表情ではあるが、両手を広げ話の演出をし…更なる爆弾を投げつけた。
「スキルレベル30。それは神が設定した壁か、はたまた辿り着くものなんてどうせいないだろうと調整を放棄した粗なのか。この壁を越えたらね…さっきまでの制限が全て無くなったんだ。どういうことかわかるだろう?
全てのスキルを奪い放題。固有スキルも称号も、スキルレベルだって相手が所持していたレベルそのままさ。ただ、もとから持ってるスキルを奪ってもレベルがそのまま加算されたり、ステータスの数値をそのまま奪って加算するなんていう壊れでは無かったけど、それでももはや敵なんて居ないに等しかった」
なんだ…。なんだそれは…そんなのただの…
「まさしくチートだ。無双と言って過言無いだろうね。あぁ、だがなんということだろう。俺の寿命は後僅か。三日天下で終わるのか…って、まぁ俺がいま生きてるからそれは無いって分かるか。それじゃなんで生きてるか…転生魔法を奪って転生を繰り返してる?若返りの魔法でも奪った?
違う。壁を越えたんだ。奪えるのはスキルとかステータスとか称号だなんてシステムの枠に収まったものだけじゃない。存在だよ。寿命、容姿、記憶に感情から無意識な癖や口癖、思考回路。人を形成するその全てを手中に収めることが出来る、まさしく子供が思い描いたような最強の強奪スキル『簒奪』。俺のスキルは飛躍的な進化を遂げた。そこからは正しく蹂躙さ。その頃にはもう青臭い正義感なんて欠片もなかったからね。等しく奪ったよ。俺の前では強力な固有スキル持ちも、歴戦の猛者も赤子の手を捻るより簡単に無力化できた。奪い続ける限り死なず、強さに果てはなく、ありとあらゆるスキルはあっという間にレベル30の壁を突破した。世界を掌握した気分だったよ」
もはや言葉も出ないほどのチートぶりだ。
そんな奴が良心を無くしたら……目の前にいる化け物になったわけか。神の目は節穴なのか。
「神は、何でお前みたいのを放っているんだ…確か、星の存続を脅かすような存在なら生かしてはおかないと言っていた筈なのに…」
あれは確かギルとかいう魔物使いの扱いについて神に質問したときだったか。神は一個人の間引きをしない―というよりは出来ない。しかし星の存続が危ぶまれるようであれば話は別だと言っていた。こいつは間違いなくこの世界をどうとでも出来るのだろう。危険すぎる。放っておく理由なんて無いはずだ。
「へぇ、神はそんなことをねぇ。んじゃそこらも含めて話していくか。簒奪を手に入れて、俺はあらゆる転生者の記憶を奪ったわけだけど…まぁ、色々あってね。その時に青臭い正義感を捨てて、転生者に限らず、現存する全ての強者のスキルを奪ってでも神を全員殺すことにしたんだ」
神を殺すという言葉を聞いたとき、心臓の奥の奥がドクンと脈打つのを感じた。火が点いたような、掻きむしられるような疼きの正体を突き止められぬまま、しかし男は待ってくれることなく話を続ける。
「詳細は端折るけど、あいつらは糞の塊だ。人を虫のようにしか思ってないゴミクズだ。荒唐無稽な小説の世界を再現させたような世界だとは思ったけど、神が最も害悪だなんてところまで陳腐なゲームや小説に似せなくても良かったのに。…この話は置いておこうか。
とにかくだ。目標を定めたはいいけど、その道程はあまりにも険しい。神に目をつけられることなく、神を殺す力を蓄える…。まぁ、一言で言うと不可能だ。転生者の中で最強になったところで神から見たら赤子同然。寿命を奪いながらステータスとスキルを奪い続ければいつかは…。だがそのいつかを神が許すはずもなく、八方塞がりだ。そんな時さ。初めて運命の出逢いとやらに出くわしたのは。
陰湿なストーカーを繰り返された挙げ句殺された憐れな女。神に転生を持ちかけられた際、女は特別なスキルもステータスも望まなかった。ただ平穏を、そして神の目からも逃れたいと願った女に、とある神は一つのスキルを与えた。『エル・ジャミング』。ありとあらゆる認識を阻害するという神の御業は、女をその神の目すら届かない存在へと昇華せしめた。
その女がある日、一人の男…勿体振るのはやめようか。俺に話し掛けてきたんだ。笑うよ?一目惚れですってさ。何かと便利だからモテそうなチャラい外見で固定してたら、なんの脈絡もなくそう言い寄られたんだ。なんの罠だと鑑定を発動させたらまさかの鑑定不能。鑑定レベル40が弾かれるなんてあり得ないと、咄嗟にスキルを奪った結果『エル・ジャミング』を獲得したんだ。陳腐すぎて笑えるような運命という名のご都合主義は、神ではなく俺の味方をした。そう、別に神は俺のことを放ってるわけじゃないんだ。見えてないんだよ。俺が今、身を裂く爪を研いでいることも、喉笛に食らい付く牙を磨いていることも、何もかも神は、知らない。知らないものは、消せない。どうだ?思ってたより単純なことだろう?」
神の目すらごまかす?なんだそりゃ…。そんな規格外のスキルが、よりにもよってこの男の手に渡る?都合が良すぎてもはや渇いた笑いしか出てこない。
「あの時は歓喜したよ。どうしても足りないピースをカチリと嵌めることができたんだ。そうそう、万が一に備えて出会い頭にお前達にもエル・ジャミングをかけてあるからな?本来はパッシブスキルなわけだが、俺の能力なら付与の原理でアクティブスキルとして扱うことも可能なんだ。まぁ元からあり得ないことだが、これで神からちょっかいかけられる心配はないし、今しばらく話に付き合ってくれよ」
期待していたわけではないが、もしかしたら神が助けてくれるかも、なんて考えていたが甘かったようだ。抜かりがないようで何よりだ、くそったれ。
唯一の希望が絶たれたところで、もはや話に口を挟む気力もなくなった。男の口から紡がれる話を、僕は半ば他人事のように聞いていた。
「これで殺せる。数十、数百、数千の年を経てでも必ず殺す。知ってるか?この世界と地球とでは時間の進み方が違うんだ。転生者の記憶を奪って検証したら、向こうでの一年はこの世界のおよそ三十年に値することがわかった。その時間の流れもたまに不自然に歪むから、神の匙加減なんだろうがな。俺はこの世界で約二千年生きてる。それでも向こうではたった七十年前後しか経ってないわけだ。だがそれだけ経てば文明は驚くほどに成長した。転生直後のお前なら現代の世界の文化はわかるだろ?ガキの妄想を拗らせたような創作物の数々が溢れだし、それに触発された転生者達は揃って強力なスキルを神に要求、獲得し始めた。
成長は加速度的だったよ。俺の転生直後は剣術とか拳闘術みたいな地味なスキルが多かった。だからこそ強力な固有スキル持ちは活躍できていたけど、今となっては固有スキル持ちなんてのはざらにいる。そいつらを泳がせて成長させて、スキルを奪うのだけが俺の唯一の娯楽だったよ。敢えて所持スキルを聞かずに奪うのも福袋的な楽しみができて良かった。珍しいスキルを奪えた日には余計にね。まあ奪ったのが収納や鍛冶、料理なんてありふれててつまらないスキルばっかりの時は萎えたけどな。
さて、数えるのも面倒なほどに集めた固有スキルと暴力的なステータス。それでもまだ、神どころか神の眷属にも及ばない。だが焦りはなかった。幾千の時代を過ごしてでも、屍山血河を築いてでも、狂人に成り果ててでも、必ず神を殺す。その目的があったからね。…でも、狂う前に壊れたんだ。簒奪を以てしても、人の魂までは奪えなかった。今から二十年くらい前かな。自分の魂にヒビが入るのを理解したんだ。
まず感情が無くなった。あれほど憎かった神を、正しく憎むことができなくなってきたんだ。思考力も衰えた。考えなしになったんじゃない。考えるということそれ自体が出来なくなっていった。性格も無くなった。没個性とかじゃなく、究極的な無個性って言えばいいのかな。まぁ、総合して人じゃない何かになっちまったんだ。客観的に見たら、奪った数多のスキルを掛け合わせて使って辛うじて動いてる継ぎ接ぎの人形ってところか。
そこで初めて焦りが生まれた。その焦りもすぐに脳裏の隅。小さく、されど確実に灯った焦りを消さないように俺に出来ることが、さっき話した転生者の絶望を奪うことなんだ。ドロドロに煮詰めたような絶望、悲哀、殺意だけが俺を僅かの間だけ人間に戻してくれる。神を殺す誓いを思い出させてくれる。糧となってくれる。な?嘘じゃないんだ。俺にとっては、必要なことなんだ。
さて、こんな身体になった俺がいつまで保つかなんてわからない。もはや手段は選んでいられない。神にばれるのを覚悟の上で、今まで以上に大規模な乱獲が必要になった。そこで戦争を利用することにしたんだ。戦争なんて呼ばれていてもタネが割れればつまらないものでね…この世界の人間にとっては戦争でも、転生者にとっては、それこそMMORPGの攻城戦みたいなもんさ。国と国とで勢力ごとに別れ、必要以上の殺しを行わないことを暗黙の了解として、転生者同士で戦いあう。神は娯楽として戦いを楽しむ。まったく茶番だよ。戦争とは名ばかりの、転生者達が力を誇示するだけのイベントなんだからさ。ぶち壊すのに躊躇いはなかったよ。
ちょうどいい大規模爆発魔術の発動に干渉し、さも暴走したかのように範囲を十倍、威力を五十倍に変えてやったよ。あとは転生者全員にエル・ジャミングをかけて、爆発に紛れて一斉転移するだけで作戦は完了さ。後に残ったのはクレーターのみ。即興で考えた杜撰な計画だったけど、いやはやエル・ジャミングの面目躍如といったところだね。
さて、捉えたのは転生者およそ五千人。その全員に等しく、俺の糧になってもらった。おかげさまで、まあなんとか神を殺せる算段がついたよ。今は成功確率を少しでも上げるための機会を窺ってるところだね。
さてと、随分と遠回りな説明になっちゃったけど…まあこんな経緯で戦争に加わってたお前の両親を殺したんだ。灼光のユウト、銀嵐のシルティス。まあ、それなりに強かったんじゃないかな?相手が俺じゃなければ、ね。それにしても、いい絶望をくれたよ。
『俺はどうなってもいいからシルティスには手を出さないでくれ』なんて王道な台詞を吐いてくれたから、女を助けるふりをして四肢をもいだ。歯を砕いた。目を抉った。あらゆる苦痛を与えて、記憶と感情を奪って、畜生以下の死をくれてやったよ。いやあ、人はホントに血の涙を流せるのかと感心したもんだ。俺のことを殺したがってたから拘束を解いてやったら、叫びながら向かってくるわけだ。だから言ってやったんだよ。お前が弱いからなにも守れないんだ、次は娘を同じ目に遭わせてやろうか?ってな。王道な台詞には王道な悪役で対応するのが筋ってもんかなって思ってさ。半狂乱になって襲ってきたよ。一時間もしたら力を使い果たしてバテやがったから奪い殺しちゃったけどね。
さてと、だいぶ話したけど…三十分も潰せなかったか。なんか質問とかある?これだけ生きてて、かつ魂がこんな状態だと会話で時間感覚を誤魔化してないとどうにかなりそうで辛いんだよ」
「…ならば、今すぐ死ね!鬼炎天衝ぉおお!!!」
燃えはぜるような光を発したユティスさんは、それまでびくともしなかった拘束を振り払い、先ほどの戦い以上の爆発的な速度で以て男に斬りかかった。
だが、駄目だろう。
確信に近い諦念を胸の奥に感じながら、先程から何故か他人事のように冷えきった頭で助かる方法を考える。死が眼前まで迫っているというのに、心臓がひどくゆっくり鼓動を刻んでいるのがおかしく思え、既視感を覚える。そういえば、魔物使いに殺される直前もこんな感じだったな。
頭に靄が掛かったような感覚に陥りながら、それでも必死に考えを巡らせる。
双剣を半ばから叩き折られ、意識を刈られたユティスさんが無造作に放り投げられたのが視界の端に映った。
男がこちらに向かってくる。迫る死神の足音を聞きながら、今から殺されると理解していながら、それでも何故か冷静でいられる自分に寒いものを覚えた。




