第十話 身バレ、そして主人公交代?
「おい兄ちゃん起きろ。起きろって!」
野太い声とともに体を揺さぶられる感覚で目を覚ます。未だ重たい瞼をこすり、体を揺すっていた人物を確かめる。そこにいたのは熊ゴリラ…じゃない。思い出した。村で初めて声をかけたきた、あの筋骨隆々の豪放そうなおっさんだ。
後ろには、さきほど顔を真っ赤にさせて出ていった女性が隠れている。格好は革装備と二刀を携えたものに変わっていた。
「よう兄ちゃん。体の具合はどうだ?」
あの時と同じように、おっさんはにかっと笑って問いかける。
「あ、おはようございます。体の具合はどこも悪くない…どころか、むしろ快調です。介抱していただいてありがとうございました。ただ、恥ずかしい話ですが、お腹が少し空きました…」
不思議と人を安心させる力でも持っているのだろうか、警戒心を持たずに会話できた。
おっさんの後ろに隠れていた女性が顔を出し、凄い形相でこちらを見ている。誰だお前!?であろうか。
「なんだよ、兄ちゃんほんとに言葉が分かるんじゃねえか。俺ぁてっきり、遠く離れた国の人間なのかと思ったぞ。まあ、いいか。俺の名前はイーヴェン。鍛治士だ。…今は専ら修理士か大工みてぇなもんだがな」
そう言って彼、イーヴェンさんは、がははと豪快に笑う。まさにザ・鍛治士という印象だ。
名乗られたならばこちらも名乗るのが礼儀だろうけど…只野等って前の世界の名前なんだよねぇ。これは第二の人生な訳だし、名乗る名前を変えてみようか。
ただのひとし…タダノヒトシ…よし、決めた。
「僕の名前はタダヒトです。この度は助けていただいてありがとうございました」
安直?シンプルイズベストだ。
「あ、ああ。ご丁寧にどうも。ちなみに、兄ちゃんを助けたのも介抱したのもここにいるユティスって嬢ちゃんだから礼ならこっちに言ってくれ。あ、だけど着替えさせたのは俺だから安心しろよ?それとも残念だったか?なっはっは」
冗談をいって笑うイーヴェンさんの背中を彼女がぺちりと叩く。仲睦まじい様子だ。
「しかし嬢ちゃんの話と違ぇじゃねぇか。言葉は分かるけど話にならないから着いてきてくれって言ってたけど、どこからどうみても礼儀正しい青年だぞ。まったく…俺ぁ帰るぞ?修理依頼が山ほど残ってるんだからな。じゃあな兄ちゃん。後で工房に顔出してゆっくり話でも聞かせてくれや」
「ま、待ってよイーヴェンさん!あの人は二人っきりになったらまたきっと訳のわからないことを」
「嬢ちゃんに手を出すような命知らずはいねぇから大丈夫だって!用意してた飯早めに食わせてやれよ?あと、演技忘れてるぞ領主様」
「イーヴェンさんっ!」
取り付く島もなくイーヴェンさんは部屋を後にする。残されたのは二人。男と女。彼女がギギギという音がしそうな仕草で振り返る。
「改めて、助けていただいてありがとうございます。先程も自己紹介しましたが、僕の名前はタダヒトです。あなたがいなければ命はありませんでした。おまけに介抱までしてくださって感謝の言葉もありません」
馬鹿丁寧な位に挨拶をする。…いや、もうへまはしないよ?交渉スキル切ってあるし。
ちょっと交渉スキルをオンにしてみたかったのは内緒だ。
「へぇっ!?あ、ああ…んっ、ゴホン。私の名前はユティスだ。ここエンデ村の領主を一任されている。堅苦しいのは好まないので気軽にユティスと呼んでくれ。
…君は私に感謝をしているようだが、感謝をしなければいけないのは私の方だ。領民を助けていただいた上に、魔物使いから村を救って貰った。対処が遅れていたら死人が何人も出ていただろう。君の勇気ある行動に、心からの感謝を。
加えて謝罪もしなければならない。…少し話が長くなる。続きは食事の席でしよう。着替えを貸そう。…といっても前の領主のものだがな。男物だ。私は着れないから好きに使うといい。着替えたら出てきてくれ。食卓へ案内する」
キリッとした顔つきになったユティスが、領主然として振る舞う。なるほど、これがイーヴェンさんのいう演技か。演技だと知らなければ大層立派なデキる領主なのだが…これ以上は言うまい。
「本当に何から何まで有難うございます」
「ああ。先程も言ったがあまり堅苦しいのは好まない。砕けてくれていい。これが着替えだ。では、外で待っている」
「わかりました。ありがとう」
僕はベッドの上から降りて着替えを受けとると、去ろうとする彼女に続いて寝室を出る。
一拍置いて、ユティスは信じられないものを見るような目を向けてくる。
「へぇっ!?な、い、いつ着替えたんだ!?」
「え?着替えを渡された時ですけど…」
「さっきまで着ていた寝間着は!?」
「ベッドの上に畳んでおいたけど、持ってきた方が良かったですか?」
そう、瞬く間に着替えられる例のスキルのおかげだ。こんなところで役に立つとは思わなんだよ。
あ、またポカーンと口を開けている。美人が台無しですよ。
「な、なんなんだ君は…私は…さっきから夢でも見てるの…?」
頭を押さえて俯いてしまうユティスさん。演技忘れてますよ、領主様。
その後すぐにハッとしたユティスさんにつれられてやって来たのは食堂…というほど広くない、居間のようなところ。テーブルの上には何やら料理が置かれているようだ。
「村の救世主を盛大にもてなしたいのは山々なのだが…悪いがこれくらいしか出せるものは無いのだ。生憎と、贅沢とは程遠い村でな。今、男衆が森へ魔物の肉の回収に向かっている。到着したら少しは様になる食事を出せると思う。それまで我慢してくれ」
申し訳なさそうに彼女が示す先には、黒パン数切れと質素なスープがあった。
領主様の食事が、黒パンとスープ。
「…気を悪くしたならすまない。だが、これでも精一杯の」
「おぉ、おぉ!これがかの有名な、物語には必ずといっていいほど出てくる黒パン、そしてスープ!庶民の食事の代表格!
あるときは、味に絶望した主人公が料理作りにめざめるきっかけになり、またあるときは、主人公一行が美味しそうな料理を食べているときに、モブが食べていることで引き立て役となるあの!黒パンと…スープ…だというのか…!」
感動した。大昔に滅びたはずの古代遺跡を発見した様な感覚であろうか。いやだめだ、この感動を言葉で表そうなど無粋の極み。
「ユティスさん…食べてもよろしいですね?」
「あ、はい…」
「いただきます」
黒パンを一口かじる。
「硬い。あぁ、硬いな。おまけに味は薄い。ふんわり、もっちりというパンの常識を覆すようだ。あんも無ければ具もない。ジャム、マーガリン?そんなものは知らぬと主張する様まさに底辺の風格!」
スープを一口飲む。
「味が…無い…だと!ああ、なんということだ!塩!胡椒!クミン、コンソメ、コリアンダー!なんという暴挙!食事の本質は感謝だ!味の追求に躍起になってそれを忘れるなどと愚の極み。水、野菜、煮る。それで…いいではないか。味は無いが、命を感じるよ」
「けなしているのか誉めているのか…。と、とにかく気に入ってもらえてよかった。ただ、もう少し落ち着いて食べた方がいい…」
「あ、ああ。ちょっと珍しくて、つい…ね」
滾る気持ちを抑えて黒パンとスープを食べ続ける。うむ、不味い。
「この食事が珍しい…か。この国にいる者なら必ず一度は口にするはずなのだがな。他国の者だとしても、ここエンデ村は最果ての地だ。一切食事を口にせずにここまできたということはあるまいに…」
食事の手を止める。ユティスさんの顔を見ると、怪訝そうにこちらを見ていた。まずい、不審に思われたか…。
どうしよう…彼女には本当のことを言うべきか。だけど、善行を積んだから神様にこの世界へ送ってもらえたとか言っても信じてくれるかどうか…。
「まあ、転生者なら仕方がないか」
「えっ!?なぜそれを!!」
「ふふ…。君には驚かされてばかりだったが、どうやら一矢報いることができたようだな」
僕の正体をズバリ言い当てたユティスはしてやったりと笑う。
「他の国ではたまにあるみたいなのだ。特異な才能を宿した者が突如として現れ、ある時は国を救い、ある時はあらゆる技術に大幅な進歩をもたらし、ある時は残虐非道な振る舞いで恐れられる。そうした人物はみな一様に言うのだ、『自分達は転生者である』と。あの魔物使いとの話を聞いていたときに、君はもしかしたらそうなんじゃないかとある程度の察しがついたよ」
「転生者は僕だけじゃないとは知ってたけど、そんな有名だったとは…」
「この国ではあまり知られていないがな。それに最近は転生者の数も激減しているらしい。私の父が存命だった頃は、転生者同士の戦争があったとも言っていた」
転生者の価値が大暴落してる…。同じような実力者がいるなら、武力で無双するのは無理なんじゃないか?実力が伯仲している中で、どうやって相手に勝つかを楽しむ戦闘狂には嬉しいことなのか?
「この国ではあまり知られていないのにずいぶん詳しいですね」
「両親が転生者だったんだ。父は救国の英雄。母は王宮お抱えの筆頭魔術師。小さい頃に何度も冒険譚を聞かされたよ」
英雄と魔術師のサラブレッドか…それであの戦闘力、納得。
どこの主人公だ。
「へぇ…。その話、詳しく聞いてもいいですか?」
「ん?まぁ、構わないが…そんなに面白い話ではないぞ?」
そう前置きすると、ユティスさんは両親の話と自身の生い立ちを話し始めた。
ユティスさんの両親はもともとこの国の人間ではないこと。父親が転生者軍団から国を守り、その際に共闘した魔術師の女性と恋に落ちたこと。
結婚は認められたが、戦うことはやめて田舎暮らしをすると宣言した両親は国から追われて各地で大立ち回りを演じたこと。
逃げ延びた両親は、片田舎で不自由ながらも満ち足りた生活を送り、ユティスを産んだこと。剣と魔術の才能が秀でていたユティスは両親から大層可愛がられ、周囲にもちやほやされたが、けして増長するなと厳しく育てられたこと。
再び国に転生者達の侵略の危機が迫り、両親が戦に向かったまま帰ってこなかったこと。
父の親友であった鍛治士のイーヴェンさんに連れられ、この国へ逃げてきたこと。憧れの両親がそうしたように、民を守るため剣の腕を磨いて成長し、剣客として有名になったこと。
欲にまみれた貴族連中に言い寄られ、しまいには王に手籠めにされそうになったこと。王に喧嘩をふっかけて、成り行きで領主になってこの村の住民を守っていることなどなど。
どこの主人公だ。




