12.終わり
人魚に教えてもらった席は真ん中の右側だった。
そして今、その席は黒い影によって埋まっている。
それはつまり人魚が嘘をついたか、私たちはもうクリア不能なのか――。
嘘をついたんだな。
別にかんで言ってるわけじゃない。
状況から考えてその可能性が高いということ。
そしてそれを信じるならば、事故が起こった席もおのずとわかってくるのだ。
サラサラだったミディアムヘアは掻き毟られてもう随分とその量を減らしていて、ぱっちりとした瞳に宿る光は消え失せている。
小咲ちゃん。
完全に壊れてしまった彼女は今何を思いここに立っているのだろうか。
「どこ座る?」
尋ねると体を揺らしてゆっくりとこちらに歩いてきた。
「一列目の左側。花月ちゃんはその隣に座って」
私ははっと息をのんだ。
「本当に、それでいいの?」
「いいの」
私たちが乗り込むと、ジェットコースターはゆっくりと上昇を始めた。
横に座る小咲ちゃんを窺うと、真摯な目でじっと前を見据えている。
まるで死を待つかのように。ただじっと。
やっぱり彼女は優しいのだった。
優しくて、優しすぎて、そして自分を滅ぼしていくんだね。
「花月、お願いがあるんだけど」
「ん?」
「絶対にこの世界から生きて脱出して。それで弟のお墓に花を供えてほしいの」
鼻の奥につんとした痛みを感じる。
「わかった。絶対に約束する」
「ありがとう」
小咲ちゃんは不意にこちらを向くと、いつも通りの笑顔で、誰もを魅了するあの笑顔で、私に別れを告げた。
小咲ちゃんは高校に入って変われたと言った。
そんな小咲ちゃんと一緒にいるうち、私も少しずつ変わりたいと思い始めていた。
だけど結局、私は何も変われていないのだ。
自分が大事で、麻耶に依存して、それ以外の全てを切り捨てる心の冷たさ。
そして小咲ちゃんはそんな私も全て包み込んで、私は小咲ちゃんに何もあげられないことをわかったうえで、見返りのない愛をくれたのだ。
あのとき空いていたジェットコースターの座席は三つ。
一番前の二つに、真ん中の左側。
そしてその三つに安全度で順位をつけるならば、一番前の右側、ここだけが安全であとの二つは危険だった。
思い返して見れば答えは初めから目の前にあったのだ。
いつも私たちが目を覚ますその上空にある赤いレール。そこは麻耶と由真がレールから放り出された場所。
右曲がりだったよね?
つまりは、そういうことだ。
「合ってるでしょ」
目の前に現れた斎藤未希。
その顔に向かってため息をつくように、私は言葉を吐いた。
否定も肯定もせず黙りこくっている斎藤未希。
だがこうして彼女が私の前に現れたことが何よりの証拠だろう。
ぷしゅうううと空気の抜ける音。
ジェットコースターが止まり、私の中で張り詰めていたものも抜けていった。
ちらりと左に視線を向けても、そこに誰よりも優しくて誰よりも苦しんでいた彼女の姿はない。
彼女は事故の起こった座席が一番前の左側であることにいつから気づいていたのだろうか。
観覧車に乗ったあと?
それとも始めに麻耶が死んだとき?
それは小咲ちゃんにしかわからないんだろう。
例え小咲ちゃんがそれにはじめから気づいていたとして、保身のためか弟くんのためか理由はわからないけど黙っていたとして、私に咎めることはできないし、しようとも思わない。
いつものように意識が途切れることはなかった。
餞別ってところか。
呼吸をするものはこの世界に私以外存在しなくて、やけに音の響く鉄の階段を一段一段噛み締めながら降りていく。
そして、地上に足をつけた。
風がそよいでいる。
黒い影がキラキラと輝く門への流れを作っていた。
さよなら、裏野ドリームランド。
さよなら、私の……。
裏野ドリームランドに迷いこんだ私と彼女の無闇に無謀な四日間の記録。




