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11.お姉ちゃん

「何……?」


 体が硬直し意思とは無関係に小さな声が出た。

 不思議な声が案外優しそうな響きを持っていたので何とか平静を保てている。


『覚えてる?』

「な、にが……」

『こっち向いて』


 ぎぎ、と音がしそうなくらいぎこちなく首が動いていく。

 そうして、私の目には穏やかな笑顔を浮かべる白いワンピースの幼女を映した。


『覚えてない?』

「……」


 記憶を懸命に探って彼女の顔を引き出してこようとするが、全く、完全に、完璧に、心当たりがない。


 私の表情でそれを察したのか幼女は悲しそうに微笑んだ。


 幼女。

 その身長は私の体の半分ほどしかなくて、顔だって幼いとしか言いようがなくて、


 でも、年上だ。


 声が、顔が、雰囲気が、何とも言えない大人っぽさを醸し出している。


 見た目と中身が一致しない奇妙な子だったが、不思議と恐怖は感じなかった。


「覚えてなくてごめんなさい。あの、どちら様ですか?」

『ふふ』


 含み笑いをすると彼女は口を開いた。




『お姉ちゃんだよ。花月』




「お姉ちゃん……?」


 私の家は父と母そして私の三人家族だ。姉がいるという話は一切聞いたことがない。

 流産したとかかな? 現実的なようで現実的でないことを私は考えた。


『花月とは仲良しだったのになぁ』


 あっけらかんとした様子を装っているが、その底には悲しみが読める。


 いや、でも、待って。

 私と、仲良し……?


「全然記憶にない」

『えーほんとにー? ここにも一緒に来たことあるよー?』

「ここって、裏野ドリームランド?」

『そう』


 参った。わからない。


『私が七歳で花月が五歳のとき、ここに来たんだよ? その頃にはジェットコースターはなかったけどその代わりにおっきな恐竜の模型が飾ってあってそこで遊んだの。帰りにはお揃いのキーホルダーを買ったね』


 「あ」と声をあげた私に幼女が反応した。


「キーホルダー知ってる! この世界でも役に立ったの」

『私もここに来て長いからねぇ。キーホルダーと私の繋がりが花月のためになったのかもしれない』


 あのメリーゴーランドを見て私だけがおかしくならなかったのもお姉ちゃんのおかげ?

 でも、じゃあなんで。


「その、おね……ちゃんはなんでこんなところにいるの?」

『私がなんで観覧車の亡霊になったか?』


 やっぱり、亡霊だったのか……。


『ここがあんまり楽しくて、私帰りたくないって思ったの。帰りたくないと思って気がついたら観覧車に乗ってた。どうしても降りられないの。私はずっと観覧車で回ってるの』


 そうして幼女はひと息ついた。


『花月も見たでしょ? メリーゴーランド。あれは危ないね』


 危ない。確かに危ない。

 とても言葉で言い表せないくらいに。


「ずっと観覧車から外を眺めてるの?」

『そうよ。でも私が外を見られるのはゴンドラが上がっているときだけ。あとはね、ほら……』


 ちょうど観覧車が四分の三を回り終えた。

 一瞬にして世界が暗くなる。


『下で見える景色は観覧車からの景色じゃないからなのかな。だから私はジェットコースターの事故が起こった瞬間を見てないの』

「そっか」


 ちょっぴり期待していたことだっただけに残念だった。

 でも人魚に教えてもらったのがあるから一応は大丈夫だ。


「ずっとここに一人なんて寂しいね」

『……う、ん。まぁ大丈夫よ』


 饒舌に喋っていた幼女が突然言葉を詰まらせた。

 小首を傾げて彼女を見る。


「一人じゃなかったんでしょ」


 はっとして振り返ると、小咲ちゃんが幼女を睨んでいた。


「小咲ちゃん! 大丈夫?」

「うるさい」


 そして私までも睨む。


「姉妹揃って最低のクズ人間」

「え……」

「弟を返して」


 何言ってるの?

 私は幼女を向いたが、彼女の顔から穏やかな笑顔は消え去り代わりに少し俯いたのが決定的だった。


「さっき、あんたに意識を失わされたとき、弟の声が聞こえた。ここで行方不明になったの。知ってるんでしょ」

『ごめんなさい……! でも一人は寂しくて。ずっと遊園地にいたいって言うから望みを叶えてあげるって……』

「言い訳はいいの。弟を返して」

『もう返せないの。私の未熟な霊力で引き寄せたから、魂はもうぼろぼろで……』


 ガタンと車体が揺れて、ゴンドラが地面に着いたのだとわかった。


『……早く降りて!』


 幼女が私を押し出し、私が小咲ちゃんの手を引っ張った。

 小咲ちゃんは空気みたいに軽くて消えてしまわないか心配になる。


『二周目は危ないの。何の力にもなれなくてごめんなさい。弟さんのことも……本当にごめんなさい。でも、一つだけ。


 自分の目で見たことだけを信じて』


 扉が閉まり、ゴンドラは上がっていった。


「……小咲ちゃん」

「話しかけないで」


 背中を見せて去っていく。


「花月ちゃんにあたるのは筋違いだってわかってる。でも弟があんな女に殺されてたってわかって、本当にむかつく。あの女の妹だって殺してやりたい。そうならないうちに行くね」


 わかった。そう言う以外なかった。

 その声さえも聞こえていないかもしれない。


 小咲ちゃんと反対方向へ向かおうとして、そっちにはジェットコースターがあると気づいた。

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