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10.観覧車

「花月!」


 呆然としていた私の名を小咲ちゃんが呼んだ。

 ようやく我に返り迫っていた拷問姫を思いっきり押して飛び出す。


 鈍い痛みを感じて手を額にやると、戻したその手は真っ赤に濡れていた。


「速くてよく見えなかったけど、何か持ってたみたい。気をつけよ」


 走りながら了解の意を示すために頷く。


 後少し走れば、地下室に下りてきた入り口に着く。鎧の騎士たちも拷問姫も追ってきている様子はない。


「あ、ちょっと待って」


 入り口から出る直前、私は近くの小部屋に入りあるものを持ち出した。

 それを見た小咲ちゃんが顔を歪めているが何も言わなかったので気にせず走り出す。


 二度と同じ目に合わないように外をきちんと確認した小咲ちゃんが先立って地上に上がり私も続いた。




 影すら一体もいないしんとしたロビー。

 どこから先回りしたのか、拷問姫はお供を連れて豪華な椅子に腰掛けていた。


「なんで……!」


 小咲ちゃんが悔しげに言うが、私は疑問を感じられるような健全な神経なんてもう捨ててしまっている。

 姫が立ち上がり、私たちは出口のほうへと駆け出した。


 姫はお上品で走ることはしない。

 鎧も特に動きを見せていない。


 いける……!


 あとは重たい扉をこじ開けて外に飛び出すだけ。そうなったとき、


 姫が小咲ちゃんの足を!足を!掴んだ!!


「は……はなしてっ」


 懸命に足を振る小咲ちゃん。

 何度も姫に当たっているが、姫は痛覚がないのか微動だにしない。


「うああぁぁぁ!!」


 雄叫びをあげて姫に掴みかかる私。

 両手で支えているのはギロチンの刃みたいなよく光るノコギリだ。


 ゴッと鈍い音がして姫が呻く。


 その隙に小咲ちゃんも脱し、重い扉を二人がかりで開けると外に出た。


 扉の閉まった城はしんと静まり返って不気味だ。

 私たちはお互い寄り添ってその場を離れた。






「……は、初めて死ぬかと思った」


 小咲ちゃんが荒い息の絶え間に言葉を吐く。


「私も」

「だよね」


 そして彼女は顔をあげると、


「あとは観覧車だけ」


 夜空に浮かび上がる円形の物体を指さした。


「行かないの?」


 なかなか動こうとしない私を小咲ちゃんが心底不思議そうな目で見る。


「いや、だって……死にたくないし」

「でもこのままだとジェットコースターでどうせ死ぬよ!」

「そうだけど。少ない可能性にかけたいっていうか……」


 参った。小咲ちゃんがこんなに強引かつやる気のある子だとは思わなかった。

 ここはさっさと嘘をついたことを白状するか……。


 そうして小咲ちゃんの顔を見て、その考えは一気に吹っ飛んだ。


 嫌われたくない。私が言わなければ由真や莉乃は死ななくて済んだかもしれないのに。


 それは、新たな友情の始まり。

 そして、やっぱり私は他人の命なんてどうでもいいと思っているのだった。


 とぼとぼと歩くうちに観覧車が近づいていた。

 せめてもの抵抗としてゆっくりゆっくり歩くが、


「早く行こ」


 小咲ちゃんが私の手首を掴んで急がせる。


 そして観覧車のふもとにたどり着いた私たちは、改めてその大きさと高さを実感した。


「子供の声聞こえる……?」

「聞こえない」

「うーん。乗ってみたらいいのかな」


 スタスタと搭乗口に近づいていく小咲ちゃん。

 私も慌てて後を追う。


 ガタン


 私たちの前で黄色い車体が小さく揺れると、黒い影が近づいてきて扉を開けた。


「行こ」

「え、や……ちょっと待とうよ」


 アクアツアーもミラーハウスもドリームキャッスルも。

 こわかったけどそれは足が着いていた。

 逃げることができる。その安心感はこの狂った世界で何よりも大切になる。

 でも、もし観覧車の中で何か起こったら、逃げられない。


「早く早く」


 遠足を楽しみにする子供みたいに、待ちきれない様子で小咲ちゃんが私を呼び込んだ。


「いや……ちょ……」


 すると突然、


 世界が白く。


 白い光。黄色い光。忘れないで――。


 金属の擦れる音がして、扉が閉まった。


「あ!」


 閉じ込められた世界から抜け出そうと扉を叩く私。


「そんなことしたら危ないよ」

「乗ってるほうが危ない……!」


 観覧車はぐんぐんと登っていく。


 ああ、もう逃げられない。


 ずるずると座り込んだ私を小咲ちゃんが持ち上げた。


「そっちに座って」


 いつになく真剣な彼女に逆らえず、向かい側に座らされる。

 そしてしばし沈黙。


「な、何か小咲ちゃんおかしくない?」

「何が?」

「いや、なんとなく……」


 耐えかねた私が口を開いて、それは小咲ちゃんを不愉快にさせてしまったらしく、また重い空気が流れた。


 ああもう意味わかんない。怒ってるなら怒ってるって言えばいいのに。


 息を潜めていた短気がここぞとばかりに出てくる。

 でもそれは小咲ちゃんの態度にも原因があると思うのだ。


 そして、突然小咲ちゃんの体が前に傾いた。


「え!?」


 慌てて手を伸ばすが間に合わない。

 小咲ちゃんは手も出さずに、頭から観覧車の床にぶつかった。


「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

「……ゔ」


 幸いにして血は出ていない。

 前面からゆっくり落ちたので脳しんとうの可能性も低いだろう。


 とにかく彼女を椅子に座らせようと介抱する私。




『ごめんね』




 耳元でか細く消えてしまいそうで、それでいて確かな輝きを持った声が聞こえた。



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