それが決意、さらば親父
目の前に立っていたのは、親父だった。
だけど、今朝に見た親父の姿とは思えない。
目は空ろで、口元から唾液を吐き出し、右腕が違う方向に向いている。
「ゆうへい、気をつけてください」
アイアンメイデンはそう言って、顔を歪めて首を振った。
「万丈さんは、既に死んでいます………恐らくは操作系の魔術でしょう」
その、アイアンメイデンの言葉を聞いて、喉奥に熱いものを感じる。
頭がクラクラして、吐き気を催し、そして吐く。
大きく息を吸って、アイアンメイデンの言った言葉の事実を受け止めようとして、その直前で思考が真っ暗になった。
―――目の前に見えるのは、死んだ親父。
―――聳え立つのは、俺の親父。
―――俺の敵は、其処に立つ親父。
先程まで思っていた意志が途切れる。
親父を殴る、殴って何故こんな事をしたのかを追求する筈だった。
けれど、親父は死んだ。
目の前に立つのは、親父の顔をした肉塊。
呼吸も鼓動も無く、ただ其処に立つだけの操り人形。
それが俺の敵、いやもしかしたら、親父自身がこの戦争の張本人だったのかもしれない。
それだとしても、そうだとしても。
「こんな―――終わり方ってねえじゃんかよ……親父ィ!!」
叫んでも親父は反応しない。きっと殴ろうが蹴ろうが、息子が殺されたろうが、もう二度と、反応する事は無い。
人間の終わりを見たのは、コレで二度目。
何度あっても慣れないこの感情は、それどころか心さえも壊されてしまう。
―――そうか、いっその事、壊れればいいのか。
元々、俺はそんな人間だった。
壊れる事を望んで、人に反抗したり、法律を破った事もした。
悪い事なんて一通りやったし、人を殴れば最高に気持ちがいい。
実の所、俺は壊れるのを望んでいたのだ。
少年がヒーローに憧れる様に、少女が魔法少女に憧れる様に。
俺は、自分自身が壊れる事を望む。
それは最高に素晴らしい、気が狂えば、もうこの現状をどうこう考える必要も無い。
そうだ。親父がくれた狂信のお守りを、今こそ使うべきだ。
それで、俺は狂って、最高に気持ちいい事をして、俺も死ねばいい。
内ポケットに入れたお守りを取り出して、首元に掛け―――
「―――よく……よく聞け!! 大馬鹿野郎!!」
―――瞬間として、頬に痛みが伝わった。
アイアンメイデンの平手打ちが、俺の頬に直撃したのだ。
呆けている俺を放ってアイアンメイデンは喋り続ける。
「私は使い魔だ、ゆうへいだけの使い魔だ、キミが望めば何でもしよう、何でも行おう」
初めて聞く、その白髪の少女の言葉。
「ゆうへいの敵は私の敵で、キミが迷えば私も迷う、だけど―――」
それは今朝や数時間の間では絶対に聴くことが出来なかった本音。
「―――ゆうへいが其処まで情けないのならば、私はゆうへいを何度でも叩く、何度でも、何度でも叩き続ける」
俺を主人として見定め、そして認めていた。
「迷いたいのならば迷えばいい、泣きたいのなら泣けばいい、私も添い、ゆうへいと同じ事をする」
認められたのだ、俺は。
「だけど、諦めとか、現実の逃避とか、そんなくだらない事に振り回されるのなら別だ」
その言葉は重く激しく煩く熱い、それでも俺の心に響く。
「もう一度言うぞ、ゆうへいの敵は私の敵だ、だけど――――」
まるで一句一句が言葉の針の様に――――
「―――ゆうへいが迷えば、私は敵に立ち向かえない!!」
俺の絶望を突き裂いた。
「―――アイアンメイデン、一つ、お願い聞いてくれるか?」
俯くせいで、彼女の顔は良く見えない。
このお願いが聞いてくれるかも心配してしまう。
「―――何なりと、ご主人様」
けれど、彼女は俺の言葉を聴いてくれる、理解してくれる、実行してくれる、実現してくれる。
「―――ろせ」
ひねり出した声は小さかった、けれど、彼女にはその言葉は届いていた。
「分かりました、ご主人様」
駆け出した彼女の右腕は大きく変化して、一つの針となった。
いや、それはもう針とは呼べない、それはまるで、風車に立ち向かうドン・キホーテの様な、勇敢な姿。
彼女の針は、『槍』となっていた。
「――ッぁあああああああああああああああああああ!!!」
咆哮と共に、親父の右胸を貫いた。
悶える事も痛がる様子も無く、親父はぶらさがるままだ。
けれど、それはほんの一瞬だけ。
操り人形の様に間接を捻じ曲げ、くねくねと動き出す。
親父はもう誰かの人形だ。
あの、憧れた親父の姿はもういない。
ならば、せめてこの手で葬るしかない。
それが俺が親父に対する行為。
俺が親孝行と思う、親不孝の行為。
俺は、今一度、アイアンメイデンに言った言葉を、大きく復唱した。
「殺せ!!殺せ!!殺せ!!一寸の間も与えずに殺せ!!そいつは敵だ、親父だろうがなんだろうが関係ない、楯突く者邪魔する者全て鏖殺しろ!!」
理念は消えた、親父の概念は殺し、ただ敵と言う言葉を残す。
代理戦争は始まっている、いつまでも後手に回ると思うな。




