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星漢共鳴曲  作者: ふじま
第6章
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最終話 星漢の響き、優しき風の吹く江湖

大戦の熱気が冷めやらぬ、天枢城てんすうじょうの黄昏時。

星宇シンユーはいつものようにパタパタと扇子を動かし、軽薄そうな笑みを浮かべて、愛すべき婚約者の背中を追っていた。


烈華リェファちゃん、そんなに肩を怒らせて歩かなくてもいいじゃないか。戦は終わったんだ。これからはもっと、こう、未来の夫と茶でも飲みながら風流に生きる……というのはどうだい?」


「……ふん。お前と茶など、退屈で死んでしまう。私は練武場へ行く」


烈華は足を止めず、無愛想に言い放つ。

だが、星宇はひらりと彼女の前に回り込むと、閉じた扇子で彼女の行く手を軽く遮った。その仕草は軽やかだが、十代の頃のように、負けて泣きべそをかきながらも何度も食らいついてきたあの頃と同じ、折れない意志が宿っていた。


「おっと、逃がさないよ。……これでも私は計算高い男でね。この肩書きに胡座をかいて、君の心を取りこぼすような真似はしない主義なんだ」


星宇はそこでふっと笑みを消した。

いつもの胡散臭い余裕が消え、射抜くような鋭い視線が烈華を捉える。彼は無造作に一歩踏み込むと、戸惑う烈華をそのまま壁際へと追い詰めた。


「お、前……何を……」

「烈華。君は強くて、凛々しくて、最高の武芸者だよ。……だけどね、私の前でまで、そんなに険しい顔をしてなくていいんだ」 


星宇の声は、いつになく低く、熱を帯びていた。彼は自由な方の手で、烈華の頬にかかった一筋の髪を、驚くほど丁寧に、慈しむように指先で払う。


「あの日、父と母を亡くした私に寄り添ってくれた時から。それ以前に、身寄りのない不安を押し殺して強くあろうとしたお前を見てきた時から……私の願いは一つだけだ」


至近距離で見つめてくる星宇の瞳には、茶化すような色は微塵もなかった。


「立場として添い遂げるだけじゃ足りない。お前という難攻不落の城を、私の愛で完璧に落とすために……私は十年分の策を練ってきたんだ。……いい加減、心まで完全に降伏してくれないか?」


烈華はあまりの気迫に毒気を抜かれ、顔が耳の裏まで一気に真っ赤に染まっていく。

かつて、泣きながら自分に挑んできた小さな背中。夜、一人で泣いていた時に黙って隣に座ってくれた温もり。それらすべてが、今目の前にいる男の熱い視線と重なり、握りしめた拳の力がふっと抜けた。


「……お前、そんな……。私が、もうとっくに降参していることなど、知っているくせに……」


烈華は顔を背け、俯きながらも、自分を閉じ込める星宇の腕を振り払うことはできなかった。沈黙が流れる中、彼女は消え入りそうな声で、けれど確かな愛を込めて呟いた。


「……星。……お前の茶なら、一生、飲んでやってもいい」 


その情愛を含んだ言葉に、星宇は一瞬だけ呆然とした後、再びいつものような、けれどどこか心底嬉しそうな軽薄な笑みを取り戻した。


「ははっ……光栄だね。人生をかけた最高の一服を、これから一生かけて、私の最愛の妻にだけ捧げるとしよう」


星宇は再び扇子を広げると、真っ赤な顔をしてそっぽを向く自慢の「未来の妻」の隣を、勝ち誇ったような足取りで歩き始めた。



門派の争いを止めた最大の功労者として、浩然ハオラン玲玲リンリンはついに正式に結ばれた。


再び南斗派の次期宗主に、と浩然を推す声も多かったが、彼は迷うことなくその座を固辞した。彼が選んだのは、宗主という重責ではなく、玲玲と共に再び広い世界へ踏み出す旅路だった。



旅立ちの日。星宇はいつものように扇子を仰ぎ、茶目っ気たっぷりの笑みで二人を送り出した。


「浩然、可愛い妹を頼むよ。あ、私への珍しい貢ぎ物も忘れないでね?」 


目配せする義兄に、浩然は苦笑しながらも力強く頷いた。

かつては死を覚悟した薬売りと、孤独な少女。

しかし、再び大陸へと歩き出した二人の足取りに、もう迷いはない。


「……これからはまた、私が君の専属護衛だ」


照れくさそうに、けれど誇らしげに笑う浩然の隣で、玲玲は幸せそうに麗弦を抱え直した。

お人好しな二人のことだ。行く先々でまた厄介ごとに首を突っ込み、困っている人を放っておけずに奔走するのだろう。

そんな彼らの姿は、いつしか「大陸を旅する幸せな夫婦の伝説」として、人々の中で温かく語り継がれていくことになる。


それから、数十年。

『星漢共鳴曲』は、市井の演奏家たちの間でも親しまれるほど有名な曲となった。かつてそれを奪い合っていた者たちは、誰一人として「暴力的な力」を引き出すことはできなかった。なぜなら、その真髄は「二人で音を合わせ、互いを慈しむ心」そのものだったからだ。 


旅を続ける二人の姿は、今もどこかで見かけられるという。


「麗弦の音が聞こえるところが……私の帰る場所だ」


二人の歩む道には、もはやかつての血の匂いなど残っていない。

そこにはただ、穏やかな琵琶の音と、誰かを想う優しい風が、どこまでも、どこまでも吹き抜けていくのだった。



―――――――――――――――――――――――


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

美強惨メイ・チャン・ツァン」な英雄と、彼の横に立てる強くて優しいヒロイン、そして自分なりの武侠の世界を書きたい!というパッションで完成させた第一作目。拙い点も多かったと思います。

ですが、二人の旅をここまで見守っていただけて、作者としてこれ以上の幸せはありません。


明日の7:00からは毎日『南北交剣録 〜家名再興を誓う男気女侠は、孤独な天才剣仙の未来をすべて買い取る〜』を連載します。

武侠ラブコメに初挑戦してみました。

良ければ遊びに来てください!

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