26 怨霊と情念とオーガズム
何て趣味だ。
群賀廃教会にトメが乗りつけた車は巨大な宮型霊柩車のようであった。
「タマ、これって昔の霊柩車じゃないの?」
「だよね、やっぱそう思うよね。だけど、トメさん曰く、忍者屋敷キャンピングカーなんだって」
トメは袈裟からジャージに着替えながら、
「鬼瓦も家紋もウチと同じ物、大黒柱も一部使っている。やはりウチが一番落ち着くからな」
半裸のトメから蒸気が上がっている。
性別ではなく人として美しいと感じた。
ダウンを着こんだ楽々は、三線をハードケースにしまうと、
「そんな事より、トメちゃん、今日のウチどうだった?」
「おまけして65点ってトコだな」
と、キャンピングカーの中にいたタケルに荷物を渡していく。
「えぇ?もっと褒めてくれてもいいのに。ウチの三線の波動が次々と怨霊を無効化していったでしょう」
「三線はまずまずだったが、デス声の魂周波がまだ不安定で、それをタマがいくつもフォローしていた」
「また、いつもタマばっかり」
「タマの声はデス声の中にも慈愛の魂周波が満ちている」
「人間力の差だろ」
と、タケルが茶々を入れる。
「うっせー、あんたなんて、全部怒りの魂周波の力技じゃんか」
「いいんだよ。俺が力技で入口作ってタマが慈愛を流し込むんだから。それにタマの怒りの魂周波が足りない時は俺がフォローしてんの。お前が一番中途半端なんだよ」
「何?それだったら」
先に乗り込んでいた卍郎が「うっせー」と遮り、
「集中して充電出来ねーじゃんよ」
「太陽ねーわ!」
と、楽々はタケルへのいら立ちの矛先を卍郎にぶつける。
「あると思えばある!まぢ卍・・」
と戻っていく。
みんなお疲れのようだ。誰も悪くない。
相変わらず仏の玉臣は微笑みながら運転席に乗り込んだ。
彼らと同席するのは気まずいので、烏崑は自分なりの駆け足で助手席の座を勝ち取った。
次の電灯まで間隔の長い暗闇の山道を霊柩車みたいのが走っていく。
烏崑の隣で運転する玉臣は小声のデス声でお経を口ずさんでいる。
車窓から眺める、過ぎ行く景色、本来は静かな物なのだろう。
彷徨う落ち武者や、くたびれたサラリーマン、山に捨てられたであろう女、佇む老女など、普通に過ぎていく。
「あの婆さん四つ這いで追っかけてくるけど大丈夫?」
「待っでげれ~」とバランスを崩し、顔でつんのめり、首の骨が折れてまま、追いかけてくる。
「そうなの?」
「ほらそこ、並走してるけど、タマ見えないの?」
「うん、見えない」
「だってさっきめっちゃ的確に浄霊してたじゃん」
「その時は、六チャクラ剥き出しにしてたからね」
「普段は閉じてるって事?」
「まぁね、実は塾では六チャクラの開放がコンプリートした瞬間禁止されてるんだ」
「何で?色んな情報が手に入るじゃん」
「うん。色んな情報が入る代わりに色んな情報が取られちゃうんだよ。六チャクは受信機であり発信機でもある。個人情報から蓮寺家の情報まで取られるから情報管理の為、かなり厳しいんだよね。僕らレベルで大した情報はないけど、取られた情報によっては消される場合もあるらしい」
「消されるって記憶を?」
「そっちじゃなくて」
「そりゃヤバいね」
「でも、そんなの監視してる人がいるの?」
「六チャクラの感度がビンビンの諜報部の連中が味方にも目を光らせているからね。そのうち情報を重視する獄獣が現れるだろうという予測の元だけど、実際は他の六氏を警戒しているんだと思う」
「今回の事もバレるのかな」
「多分バレてる。目を瞑ってくれるといいけど」
いつの間にか並走していた老婆が烏崑と玉臣の間に座っている。
うわぁあ!
ボサボサの白髪が貞子のように顔を隠し、息を切らし、覗く表情はニマぁと笑っている。
「ここに座ってはぁはぁしてるけど、幽霊って疲れるの?」
「魂の氣憶だからね、走ったら疲れる氣億ってとこかな」
姨捨山に捨てられた怨念で太極門を必死に拒んだ。だから怨念として残っている。
「この人ついて来ちゃっていいの?」
「トメさんがこの人の眉間の執着を解いてくれるでしょう」
「タマ、今出来ないの?」
「出来るけどやんないよ。今回は烏崑と卍郎の事があったしトメさんの力だけじゃ難しい浄霊だっていうから協力しただけ。」
「トメさんってボランティアで浄霊やってんの?」
「あまりにも強い怨霊は実害があるから、色んなところから依頼されてやってるみたい。結構な報酬もらってるらしいよ」
怨霊は玉臣の肩にもたれて寝ている。
「タマ、さっき玉の六チャク開放してる時、僕の情報何か見えなかった?」
「う~ん、怨霊に集中してたからさ」
「そっか」
「どうして?」
「7歳くらいまでの記憶が全くなくて、それがたまに妙に怖いんだよ。呪われた過去が今を蝕む気がしてならない」
「うん。烏崑は確かに普通じゃあない。濃縮した魂氣が、膨大な量滲み出ているなとは思った。でも氣億を感じる事は出来なかった。ごめん。僕らの六チャクは割と鈍くて」
「いや、いいんだ。たぶんそのうち向き合う事になる。ただ、それが今じゃないんだ」
あくびと共に目の端に涙が滲んだ。
もう一つ、あくびをかまそうとしたところで、卍郎の絶叫が車内に響き渡り、眠気を吹き飛んだ。
「おい、大丈夫か?」
「卍郎!しっかりしろ」
などと後方で聞こえる。
烏崑も急いでシートベルトを外し、背もたれの後ろの障子を開けると、卍郎がてんかん発作のような症状で、白目を剥いている。
楽々がすかさず、備え付けの酸素マスクを卍郎に装着している。
こういう時、上手く呼吸が出来ず、SATが低下するからである。
トメは印を結び、口から魂粥を出し卍郎の六チャク周囲を覆った。
「これで大丈夫だ」
卍郎の黒目は戻るもボンヤリとしたまま肩で呼吸をしている。
トメは卍郎の汗を拭いてやりながら、
「卍郎の六チャクはかなり過敏のようだな」
「はぁ、はぁ、精神がザンザンバラバラになるとこだった」
卍郎の焦点は定まっていない。
タケルは迷惑そうに、
「大方、六チャクをスケベな使い道にしようとして失敗したんだろ」
「まぁ、そうとも言う」
「ガッハハハ、ムッツリ兄弟、そっくりだ」
トメが楽しそうに笑うと、
「俺はムッツリじゃねーし」
と卍郎。少し生気が戻ったか。
「ブルーマーんなったとき、ムッツリな事に使ってねーから」
タケルも六チャク解放時、同様の症状があったのだろう。
卍郎が起き上がると、頭がトメの白い魂粥まみれで、
「シャンプーの途中みたい」
と、路肩に車を停めた玉臣が顔を覗かせていた。
「トメさん、もうこれいいよ」
「外すとまた痙攣するぞ。いいのか?」
「それは無理。あれは勘弁」
強気な卍郎が、そういうからにはよっぽどキツかったんだろう。
「なんか、すっげー霊とかうじゃうじゃ見えるしさ、人間のきったねー思念とか、恨みつらみとか、人間の強い感情が荒波のように押し寄せてくるし、生霊っていうのか、そんなもんも電波みたいに飛びまくってるし、ぐわんぐわん酔うし、頭の神経がバチバチフラッシュするみてーに痛ってーしさ、そんな時、オーガズムも強い感情だからか、喘ぎ声みてーなのが、聞こえてきたから、なんとかそっちに意識飛ばしたら、ブタミソババぁとゲテモノジジィがクンズホグレツやってんのよ。保ってた意識がパンってなって、もう怨念とかぐっちゃぐちゃに飛び交う情念に呑み込まれて発狂よ」
ぐったりした表情は3歳くらい老けてみえた。
炭治郎と一字違うだけで、こんなにも可愛げがないものかと思っていた卍郎であるが、同情してあげてもいい。
烏崑はよく分からないが、アチマリカンと呟き、
「いくらメクラチビ卍肛門ゴミムシの卍郎でもそりゃ可哀そうだ」
「ひっでーの。烏崑、お前は何ともねーの?」
「幽霊は見えたけど、そこまでは」
「くっそー、鈍感が羨ましいぜ。だが、待てよ。上手くコントロール出来るようになれば、有名人のおっぱいが見れるようになるかもしんねーな。それにあーいう状態でマッチングアプリみたい事出来ねーかな。ひょっとするとひょっとするかも。あー、でも、あーなるのは勘弁だし、他の方法を研究しねーと」
「たくましいというか何というか」
タケルは携帯から目を覗かせ「ただのバカだ」と呟く。
「そんな事言うなよ。兄ちゃんだけは尊敬してんだから」
「あー鬱陶しい」
「ぜってー兄ちゃんみてーに強くてカッコよくなってやっから見ててくれよ」
「おめーには無理だバカ」
仲の良い兄弟はそっちで続けてもらって、烏崑はふと浮かんだ疑問をトメにぶつけてみた。
「チューニングの方の能力に特化出来たら、僕の友達、ロクの居場所を探せるんじゃないかと思ったんだけど」
「烏崑、残念だがそういう才能はないよ。何となくの存在を感じる事は出来てもその程度だろう。そういった感度は努力でなんとかなるもんじゃあない」
「そっか」
「ここの認識は魂粥術のキモだからもう一度、整理しておこうか」
トメは烏崑の返事を待たずに続けた。
「ブルーマーは周囲に強い魂氣を感じた時、自動的に松果体周囲の魂氣がパッと晴れる。どこかの魂氣とチューニングしたい時にもパッと晴らす事が出来る。だが、実際にチューニングしようとして、逆探知され無防備な松果体に攻撃を食らい廃人となったものが多くいる。私は六氏の暗部程ではないにしても、ある程度ジャミングや、防備の訓練をしているから、リスク管理は出来るが、それでも細心の注意は払っている」
「何だか情報過多で訳わかんなくなってんだけど、この松果体の解放に何の意味があったんだっけ?」
「今魂氣が動いたのは理解したな」
「うん。松果体周辺の魂氣は移動した」
「今まで動かそうと思っても動かなかった魂氣が大きく動いた。それがスイッチとなり魂氣を動かす事が出来るようになる。そして魂氣を活性化することによって、身体の質の変化を起こし、フィジカルの能力が圧倒的にアップする。筋力、視力、脳力。そして魂氣の硬質化によって打撃、防御と組み合わせる事によって、人とはかけ離れた戦闘能力となる。そして、硬質化した魂氣で鍵を創り、チャクラを開け、魂粥を取り出す。魂粥量が多いと暴れ狂うから魂粥を手なずけられず、身体が崩壊するヤツもいるが、そこらのヤツなら問題ないだろう。魂粥を活性化させると魂氣とは比べ物にならないほどフィジカルが進化する。凄まじく強化された動体視力と連動する身体能力で銃弾を素手でキャッチするなんて事も容易くなる。技術しだいだが、魂粥で武具だとか、あらゆる物を創り出す事だって可能となる」
「すっげーな。トメさんも魂粥を操れるの?」
「ひと通りの忍術は扱う。火遁や水遁など忍術は魂粥から成るものだからな」
と指先に次々と火を灯していく。
「忍びって凄いな」
楽々もトメの真似をするが、指先に火は灯らない。
「派手な術を使えるのは、忍者でもほんの一握りだよ。火とか水を魂粥から作り出すと消耗して命に係わるからね、ある程度の産まれながらの魂粥量が必要になるって訳」
烏崑は楽々を見つめると、楽々は慌てて前髪を触った。
「楽々は、魂粥を扱えるの?」
「魂氣でチャクラを開ける鍵を創ってるんだけど、まだ上手くいかなくて」
「鍵を創るってめっちゃむずそうだね」
「魂氣の凝縮と形成。出来る氣がしない。タマはもうじき鍵が完成しそうなんでしょ」
「たぶんね、いいとこまでは来てると思う」
「いいな、何でも器用なヤツは」
「たまたま僕の鍵がシンプルな形をしてるだけだよ」
「人によって形が違うの?」
「そうだね。千差万別。でも、結局難しい鍵を創る技術を得ると、魂粥を手にした時繊細に扱えるから、始めの苦労した方がいいって言われてる」
「楽々は魂氣だけで、立派な金玉を創れるんだから、魂粥を扱えるようになったスンゴイ金玉を扱えるようになる」
そういえば、対はちゅうるん戦で、バスケサイズの金玉を出していた。
「そうだね、立派な金玉だった」
「確かにお前の金玉だけは綺麗だ」
玉臣とタケルが同調する。
楽々の金玉大絶賛である。
「ちょっとみんなやめてよ、金の玉だからね。『の』が大事なの」
タケルはイタズラに笑い、
「いいじゃねーか、半分男みてーなんだから。片玉くらいついてても驚きゃしねーし」
「なんだと、この内臓ぽろんちょ野郎。唇の恨み忘れないし」
「何?唇って。兄ちゃん、ついに楽々の唇奪ったの?」
卍郎が参戦する。
「思い出すだけで、鳥肌が立つ」
「俺の唇なのに、あいつもどさくさに紛れてぶっ殺す」
と、烏崑に殴りかかろうとするタケルを玉臣が止めに入る。
「誰が俺のだ。バカ。卍郎の卍でも吸ってろ」
「んだと?」
「楽々、俺の卍ってなんだよ」
楽々の代わりにタケルが
「ケツの穴だバカ」
と吐き捨てる。
「んだと?いくら兄ちゃんでもそれはねぇ。卍を※と一緒にすんな」
「うっさい。小坊主ども」
ゴゴゴゴゴン。
トメのゲンコツが落ちる。
烏崑と玉臣にまで。
うぅ、イダイ・・なんで僕まで。
四方を森闇に囲まれた九頭龍の滝。
落下する水流が烏崑と卍郎の頭、首筋、肩にビチビチビチと打ち付けていく。
「全ての煩悩を押し流し、魂氣を回せ回せ回せ!」
トメが手を叩きながら檄を飛ばした。
体内の魂氣を回しに回して、内から温める修行だとか。
魂氣を動かす術を身に付けないと死んでしまう。
烏崑は体内の魂氣を感じ、ゆっくりと回す事は出来るようになったが、思いはとは裏腹に、魂氣の動きは遅っ遅とのんびりである。
んぐぅうう。
あまりのもどかしさに力むが、どうやらそれは逆効果らしい。
なるべく脱力するのが正解らしい。
烏崑は隣の卍郎をチラとみた。
さっきまで白目を剥き、紫の唇でブツブツ言ってたヤツが穏やかな表情で血色もいい。
先を越された。
卍郎のヤツ、体内で魂氣を回してる。
「烏崑君、やっぱ俺は天才だったみたい。まぁ君は気に病む事はない。比べる相手が悪かっただけだ」
「へぶぶぶぶ。卍郎にだけは負けたくなかったのに。ざぶい」
「ふむふむ、それは可哀そうに、こっちは温泉につかっているようだよ。烏崑くん。日頃の成果のたまものだな。君にも日光浴を教示してやろうか」
「教えてもらおうか。いや。ダメだ。クッソ、判断能力がおかしくなってる。へぶぶぶぶ」
トメはウムと頷き、
「さすがは、百地の血というところか。卍郎、もう出ていいぞ」
卍郎は、「これはすげぇ。視力もめっちゃ良くなってる。うぉお、腹から漲るこれはすげぇ」
卍郎は滝行場から、すさまじい跳躍を見せ、森の隙間に見えた鹿を追い、数倍速のような動きで樹々をかわし、鹿の背に立ち、サーフィンのように乗りこなす。
戻ってくると、「やべーよ、これ、楽々になら勝てるんじゃね。ちょっと、起こしてくる」
と、車の方に駆け出していった。
烏崑は体力の限界か、膝をつき、うなだれ、卍郎を横目に見た。
「烏崑、今日はもう限界か?」
「魂氣は少し動くんだけど、めっちゃ重くて」
「それは仕方ない。お前の魂氣量が多すぎる」
「そうなの?」
「そう。魂粥量の少ないヤツだったら1割近くあるかもしれん。だから今日何とか出来るとは思っておらん。1ヵ月はここに通わせようと思う。今日はもうしまいだ。もう上がんな」
「ごめんだけど、もうちょっと付き合ってくんない?」
と震える膝に力を込め立ち上がった。
「重いけど、少しずつ動いてるから、この感覚を大事にしたい」
「死ぬぞ。陰陽門をまた見たいのか?観光名所と思ってもらっては困る」
「ごめん。おみやげ買ってくるからさ」
「ふっ。お前の体力のゲージは赤く点滅している。数秒後にトリップしてもおかしくないが、まぁいい、熱いヤツは嫌いじゃない納得するまでやればいい。蘇生は任せろ」
「ありがとう」
無駄な時間は限界まで削いでいきたい。
プレミアプロで0.1秒でもカットして編集するイメージだ。
背伸びして数秒後の編集点にいるであろうロクの表情がチラつく。
そしてロクは白狐に乗っている。
多分、アレはロクなのだろう。ロクが自分の意思で安倍にいる事は考えずらい。獄獣を受胎したことで、何かしら利用されているのかもしれない。ちゃんと、ロクとしての意識は保てているのだろうか。
皆の話を聞く限り、陰陽六氏の中でも安倍はだいぶ異端な組織であるとのことだ。
実際にはちゅうるんや白狐など獄獣と友好的である。
時を経るごとにロクは安倍に染まっていく。
早く取り戻さないと、今までの日常が遠ざかっていってしまう気がしてならない。
悠長にしている時間などないのだ。
滝の流れが、意識を洗い流していき、滝に打たれる外部感覚が静まり、内にある重く粘り気のある魂氣に鋭敏になっていく。
ゆっくりゆっくり動いていたものが、やがて流動的になってきた。
魂氣は熱を帯びながらゆっくり速度を上げ回っていく。
と、唐突に意識がショートし、魂氣の動きは収束していく。
烏崑はその場に倒れたが、その自覚はない。
「限界かな」
トメが烏崑を抱きかかえ、平らな岩にのせ、蘇生のため手に光をまとわせ、烏崑の丹田に手を当て、目を閉じる。
烏崑は魂氣の流れがゆっくりと加速していくのを感じる。
いつの間にか、第五チャクラの車輪が回り、魂氣を動かすのをサポートしている。
ほのかな温度が内側からじわじわ広がっていった。
横臥した烏崑の身体が瞬間的に沸騰し、ジュッと水分が蒸発し、丹田に手を当てていたトメが手を離した。
「回ってる」
烏崑はパチンと目を見開き、
「凄いエネルギーが漲ってる」
烏崑が跳び起きようとした時、トメは間髪入れず、烏崑の顔面を岩に押し付けた。
しかし、顔面を回避し岩に手をつき、トメを軽く跳ね除けると、トメは5m先の樹に打ちつけられた。
いや、背部は魂粥で防御していてダメージはなかったが、
「バカか。無数の有棘骨を忘れたか。この状態で動き回れば、筋肉がズタボロに切り刻まれる。タマ!タケル!」
先ほどまで、車内にいたはずの玉臣とタケルは瞬時烏崑の両サイドに挟み、左右の腕をキメる。
「大丈夫だよ、僕だって痛いのは嫌だし」
烏崑は脱力してみせた。
「ったりめーだ。ふざけんな。俺は7時には潜水の試験があんだから。調子ん乗って暴れでもしたら、ホントにブチ殺すかんな」
と、タケルは、キメていた腕に必要以上の力を込めた。
「タケル痛ったいって」
玉臣は、先に腕を離し、鼻息の荒いタケルをなだめる。
「タケルいいよ、休んでな」
と、車へ追いやる。
「タケルはいつも不機嫌だな」
「いつもあんなんでごめんね。潜水の試験は気を抜くと死ぬし尋常じゃない集中力がいるから、なるべく省エネにしときたいだけだと思う。今回は無理言って来てもらったからね」
「そっか。そりゃ悪かったな」
「腕大丈夫?強くなかった?」
「大丈夫。でも、確かにみんなが抑えてくれなかったら、卍郎みたいに動き回ってたかもしんない」
「そうなんだよね。魂氣が回り始めると、腹の奥底から突き上げる衝動で皆ハメを外すんだ。んで、アレが成れの果て」
卍郎がノーガードで立ち尽くしていた。
全身あざとコブだらけで、顔も漫画のように腫れあがっている。
「どうした?」
「負けた」
と茂みを見やると楽々が出てきた。
「ったりめーよ。舐めんなっつーの」
「だってイケると思ったのに」
「バカなの?私はタケルに勝つ事もあんの」
「え?兄ちゃん負けるの?」
「たまにね。あいつ。頭に血がのぼりやすいから」
「マジぽん?」
「絶対ないけど仮に私に傷一つつけてたら、あんたタケルにぶっ殺されるよ」
「あっ、そうかも。ヤッベー。っぶねー。で、でも、お前だって、弟傷つけられたって、兄ちゃんにぶっ殺されるかもしんねーぞ」
「アホか、前提として間違ってる、あいつは私に傷ついて欲しくない。あんたはどうでもいい」
「な、なにぃ?」
「うっさい。人の寝てるところにいきなり『決闘だぁ!』とか言って。アホでもいいけど、他人を巻き込むな」
と車に戻っていく。
烏崑は目を閉じ、静かに体内で魂氣を回し続けていた。
松果体周囲はいわずもがな、魂氣に覆われている。
数時間前の怨霊との闘いで痛めたいくつかの箇所もなんとなく修復されていくような気がする。
気のせいなのかもしれないがじわじわと心地よい感じだ。
慶さんの他人を修復する術は、この原理を増幅したものなのかもしれない。
すっげーな。
魂氣を回す事によって、人とは一線を画す何かに進化する。
開花する。これがブルーマーというヤツなのだ。
フィルス家とやりあった時の野獣モードにも匹敵するかもしれないな。
あの時も、無意識に魂氣が回っていたのだろうか。
だが、あの時の感覚とは全然違う気がする。
あの時は自分の中にある残酷性が表層を乗っ取った、乗っ取られたように感じた。
自分でいて自分でない感覚。自分でいながら恐ろしさを感じる。
思い出すのもおぞましい。
なんにせよ、この能力を得た事は大きな前進である。
舞台の観客という立場から、スタッフパスを首からぶら下げる事は出来たように思う。
梅の花がチラホラと咲いていた。
花には、けば立った神経をゆるやかにしてくれる効果があるななどと物思いに耽り、一瞬の癒しから現実に戻り、ヤツと目を合わす
さっきから、岩陰から顔を覗かせたコモッちこと、コモドドラゴンがこっちを見ている。
獲物として見ているのか、毒物の師匠として羨望の眼差しなのかはよく分からないが、不味い食べ物を演じようと、腐ったミカンのような表情を必死に作ってみた。
こんな僕だが、九頭龍の滝からずっと、魂氣を回し続けている。
トメさんは寝ている時も回せるようにしろと言うが、そんな器用な事は出来ず今に至る。
上手く回し続けていれば、睡眠もとらなくていいとトメさんはいうが、需要と供給がおいついていない。眠い。
それでも、魂氣はゆっくり回し続けている。
NARUTOを読んでテンション上げたいから先に始めててくれということで、さっそく裏庭に連れてこられた。
テニスコート2つ分はある庭園の中央に立たされ、トメさんがノックをし、僕が身体で受け止める。
身体を8分割にし、ボールのぶつかる部位に魂氣を移動し、滲みでた魂氣をクッションにして防御する。
トメさんが、「顔!」と言えば、顔に魂氣を移動させる。
一度すら上手くいかないが、言われた方に魂氣を動かす感覚は掴めるようになってきた。
鼻がむず痒く、拭くと線状に血が引かれた。
鏡を見ていないが、楽々に凹された卍郎の顔みたいになっているんだろうな。
コモッちはまだこっちを見ている。
僕の顔が判別出来ずに、迷っているんだろうか。
かれこれ3時間は経っているが、卍郎はまだ戻ってこない。
ヤツのことだ。火遁。豪火球の術でも必死に出そうとしているのだろう。
あざけってやりたいが、つい先日まで「我が深淵に迷いしエナジ―の暁光よ、いざ道を示さん!!」などと血迷ったことをほざいていた。
思い出すだけで発狂しそうになる。
「烏崑、さっきから何変顔している?コモッちを笑わせようとでもしているのか?」
トメがバットをブンブン振っている。
ジャストミートすれば余裕で川崎まで飛んで行きそうだ。
「トメさん、さっきから思ってたんだけど、魂氣を動かすだけの訓練なんだから、硬球じゃなくてカラーボールでいいんじゃないかな?」
「何を女々しい事を言っている。人は追い詰められた時に最大限の集中力を発揮する。成長の速度がまるで違う」
確かにそれはそうだ。だが、身体を8分割したうちの1つ「ちんこ」は「ちんこ」だけは、うずくまってしばらく動けない。
成長速度は動けない時間を考慮すると、トントンになりはしないか。
「立て、行くぞ」
「はい」
「ちんこ」
ゴス!
「はぅあ!!・・・・・」
「立て」
「は、はい」
「ちんこ」
ゴス!
「はぅあ!!・・・・・」
魂氣をちんこに集めても痛いんだよな。
「もっと、ちんこに魂氣を集めろ。もっとちんこを硬くしろ!」
「はい」
「いくぞ」
「ちんこ」
ゴス!
「はぅあ!!・・・・・」
なんだこの珍妙なSMプレイみたいなヤツは。
「もっとだ。もっとちんこを硬く!」
「はい。女王様!女王様ちゃうわ」
「顔!」
「顔?」
ゴスッ
泥のような眠りから目覚めると、烏崑の部屋に横たわっていた。
という事は、ドキンと心臓のアラートとともに部屋の隅々に目を走らせるが、毒物達は息をひそめてはいなかった。
そういえば、暗闇なのに良く見える。
夜目が効くようになっていたのだ。
寝ている間に魂氣の動きは止まっていたが、覚醒した途端、瞬時に回り始め、集中した部位の能力が格段に向上した。
トメさんとの修行が如実に成果として現れている。
多分、この調子で修行していけば、蓮寺の入塾試験には合格出来ると思うが、この能力を自在に動かす筈の全身の筋肉は、呪縛の棘で拘束されている。
塾生として獄獣を駆逐しまくり、地獄への階段を下っていくに、行く手を無数の忌々しいイバラが覆い阻み、通り抜ける事は出来ないだろう
今のところ唯一の方法を知るのは虎万璃である。
虎万璃には悪い事をしたな。
屋敷に到着するなり、救い出そうと色々と策を巡らせていたが、トメさんの修行の流れに呑み込まれた。
烏崑は障子に耳を澄ましてから、部屋を出ると廊下をよろつきながら抜き足差し足で、茶の間に襖をこっそり開けた。
黒猫が顔を上げがみゃうと鳴いた。
「おまえも毒物・・なのか?」
近づいてきたので、避けるように片足をあげると、するりと股の間を抜けていった。
ホッ。
虎万璃の収納されていた戸棚を開けると、やっぱりいた。猛毒獄獣、腐乱坊の幼体である。
僕が飲んだ液体が補充されている。
うっぷ。食道から酸っぱい何かと拒絶と眩暈がないまぜにせり上がってきた。
瓶に眼球を押し付け、興奮し、瓶がカタカタと揺れている。
視線を嫌い、そっと瓶の向きを回転させるが、瓶の中で向きを変え、こっちを見てる。
もう一度回転させてあとはスルーする事にした。
ここに陳列されているのはどれも珍妙な獄獣で幼体なのか成体なのか分からない。
あまりにもグロテスクなので、悪タイプのポケモンにも採用されないだろう。
ひと通り、瓶を裏返したりして虎万璃を探したが、見当たらない。
こいつらに馴染み過ぎて気付かなかったのか。
さすがにソレはないか。
多少は可愛げがあった。
液体の入っていない、空瓶が3つある。
多分、そのうちの1つに虎万璃はいて、逃げ出したのかもしれない。
「おい、何をしている」
トメが、斜め後ろのタンスの一番下段から顔を覗かせている。
「い、いや、あの、ちょっとお腹すいて」
タンスは地下への入口になっているらしい。トメは階段を上がりながら、
「戸棚に何かあると、鈴がなる仕組みになっててな。この毒物割と効果で一瓶、数億のものもあって、3日前泥棒を捕まえたところだ」
「その泥棒どうしたんですか?」
トメは、口の端を上げ、
「拷問した」
「ご、拷問って」
「腸の出口を右の鼻穴につなげてやった。すなわち右の鼻が肛門ということだ。どうだ?秀逸だろう」
「え、えぇ。つまり、右の鼻でぷぅとやったら、左の鼻の穴がとても臭いということですね」
「人は1日32回、おならをする。ふっふっふ。烏崑も迂闊に戸棚を触らない方がいい、間違えて拷問してしまうかもしれないよ。ふっふっふ」
おならより先の展開について想像する事は控えよう。
「もう触んない・・ですけど、実は知り合いからもらったミイラがあって、こないだ、腐乱坊を口にした時、この戸棚で見たような気がしたんです」
「あぁ、あの乾物か、あれは・・・多分コレだ」
トメは、引き出しから、瓶に入った粉を見せ、振った。
「虎万璃・・」
「それは悪い事をしたな。ムジナは色々面白いものを拾うと、机に置いておいてくれる習性があるから、ついそれかと思って粉末にしてしまって」
「粉末ってなんで?」
「こういうものはたいていいい薬か毒になる」
と、人差し指をペロッとなめて、粉につけ舐める。
「ん~、コレは滋養強壮だな」
「虎万璃!」
顔面蒼白となる。
「そ、そんな、酷いよ。虎万璃は生きてたのに」
「乾物は乾物だろう」
「トメさん、さすがにコレはデリカシーがないよ。コレは返してもらう」
と、瓶を奪い取り、部屋に戻る。
これはない。これはないよ。
あー全部僕が悪かった。早く水に戻しておいてあげれば、こんな事にならなかった。
乾物か。そうだよな。トメさんには乾物にしか見えないよな。
虎万璃、ごめん、ホントにゴメン。庭に墓でも作ってあげようかな。
人魚だから、海に散骨するのが一番喜ぶかな。
思えば、虎万璃には何度も助けられた。
乙葉さんに襲われた時も、『はちゅうるん』とやり合ってる時も。
結局、虎万璃が何者であったかは分からずじまいだった。
それに有棘骨を治す術もなくなってしまった。
だが、そんなことより、虎万璃を失った喪失感の方が大きい。
何だか偉そうだったが、どことなく可愛げもあった。
干物なのに、必死に胸をかくしているところなんざ、乙女ちっくでもあった。
異文化交流を楽しむ余地がいくらでもあったように思う。
残念で悲しい。悪い事をした気持ちでいっぱいである。
何か、ただの乾物ではないと主張できなかったものか。
それにしても判断早くないか?
あー悔やまれる。
烏崑は自身の部屋で虎万璃の瓶を前に正座し、うなだれていると、
「修行の時間だが、今日はやめるか?」
背中越しにトメが見下ろしている。
烏崑が答えずにいると、トメの気配が消えた。
いついかなる時でも最優先に立ち返らなくちゃいけない。
ロク・・・。
沈んだ気持ちを奮い立たせ、正面を睨みつけた。
烏崑は静かに手を合わせ、立ち上がり、魂氣をゆっくり回し始めた。
しかし、上手くいかない。
思ったよりも喪失感が深いのかもしれない。
でも、もう一度・・・。




