23 ホルマリン漬け
茶の間で正座をした楽々と玉臣と烏崑とトメが座卓を囲み、朝食を掻き込んでいる。
烏崑は淀んだ目でテレビを見つめていた。
テレビでは、以前から問題になっていた拉致が急増しているとのニュースが流れていた。
獄獣社会になり、監視カメラの数はかなり増えたが、まだまだ網羅しきれていない。
カメラの視覚を狙って拉致が行われているらしい。
目撃者の話では、拉致を実行しているのは人であるとの事だったが、獄獣によるものも少なからずあるだろう。
楽々はシシャモを頬張り納豆ごはんを掻き込み、みそ汁と茶をすすり、
「烏崑、今日から歌舞伎町ハウスに出勤でしょ、少しは食べときなよ。腹減るよ、ホラ」
と、焼き鳥を差し出す。
烏崑は一晩トイレでこしらえたクマの真ん中の淀んだ目をしょぼしょぼさせ、
「コレ、昨日の毒々しい鳥の?」
「さっき私が締めたニワトリだよ。ねぇトメさん」
「そうだね。あたしだって鬼じゃあない。今日は毒はお休みだ」
「だって。あんなくっさい鳥調理しないって。なんてんだっけあの鳥」
玉臣は、よく噛み、味わい呑み込んでから、
「頭黒森百舌」
トメは燻製イモリを頬張り、
「モリくんも、コモっちも烏崑の返り討ちに合うとは思わなんだ。特別な毒物に育てあげた上物達なのに、烏崑の身体はどうなってる」
トメの白Tには『ちちなし』と書かれている。
「こっちだって死にかけましたよ」
「うむ。死ななきゃおかしいのだよ」
「え?じゃやっぱり」
「死んでもらうつもりだった」
「どういう事ですか?」
「最もキツイ松コースを選んだのはお前だろ」
「いやいやいや、死んだら元も子もないでしょう。玉、松コースの事知ってたの?」
「うん。まぁね、僕らも松コースを希望したけど、必要ないって竹コースにされたから、似たような経験はしてるし、今でも時々猛毒生物に襲われる。烏崑にも毒慣らしを早いペースで行うだけと思ったけど、こんなフルスロットルでいくとは」
「この筋がうまい」と、トメは摘まんだシシャモを齧り、
「忍者は毒を扱う事が多いし、毒による攻撃を受ける事が多いから耐性をつける訓練は幼少期からやっている。伊賀の血族は異様に毒に強いが、この子らはちゃんとした修行をしていないから必須な訓練なのだよ」
玉臣は頷き、
「ちなみに5割の獄獣は毒を持つと言われてる」
「だからって、何で僕を殺すの?意味が分からない」
トメは親指と人差し指の塩気をチュポッと舐め、
「烏崑、人は死ぬとき、外殻の内側、体内に充満した魂氣はどうなる?」
「七つのチャクラとそれらを結ぶスシュムナー菅に収束していくんでしょ」
「その通り。そして、松果体、第六チャクラは魂氣が晴れ、露出する。それが海神因子等であれば、発現し、ブルーマー、開花者となる。烏崑、お前は、臨死体験だとか、エスパー的な経験をしたことがあるな?」
エスパー?乙葉さんの時の氣憶の同調体験も含まれるだろう。
「あると思います」
「お前に海神因子だか何かはあるようだが、松果体周囲の魂氣は、露出すべき時に露出しきれていない。そしてお前の体内に充満する魂氣は異様に多い。だから、綺麗に第六チャクラが露出する癖づけをするまで、チャクラに魂氣を収める訓練をする必要がある。そして、魂が太極門を抜けるわずかな隙に解毒し蘇生する。だから、毒慣れと、毒殺を一度に仕掛けた。そして魂氣を動かす訓練をする事によって、能動的に魂氣を動かす事が出来るようになる。これが、忍術、魂粥術のミソなのだ。それはまぁおいおいとして、お前を毒殺しようにも、お前の毒の耐性は、伊賀のよりも更に強い。しぶといのは良い事だが、毒のレベルを究極にまであげるかどうしようか考えている」
そういう事だったのか、目的のある殺人ならば、話は違ってくる。
それだけ僕の事を考えてくれていた事に感動すらする。
最初に言ってくれればなお良かったが、黙って行った事にも意図があるのかもしれない。
「そういう事だったんなら、いくら強い毒でも構いません。僕の中にあるものを全部引きずりだして、ロクとの日常を取り戻す材料にしたい」
「ふむ、まぁ、毒以外でもなんやかんや方法はある。血抜き、窒息、低血糖、高カリウムにバルビツール。麻酔の過剰投与はラクだがどうも生ぬるい。コモッちの毒もまだ試してないしな」
「何でもお任せします」
「そうか、とりあえず、オムツは履いておけ。死ぬと肛門が開くからな。片付けが大変だ」
「昨日、トイレに行ったら肛門がバカになって、もうダダモレだから、タマに装着してもらってるし」
「バカッ」
楽々と玉臣は青ざめている。
何か、トメさんの目が鋭くなっている。
「今、何て言った?」
「え?肛門がバカになって」
「そのあと」
「ダダモレ・・あ!!」
禁句じゃん。
トメさんが戸棚の上段を横開きにすると、コップサイズの容器に得たいの知れないホルマリン漬けが並んでおり、黒い液体の入ったコップを取り出し、コルクの蓋を開け、烏崑に差し出し、
「まぁ飲めや」
「コレ、な、何ですか?」
「コーラ風」
風の中身が知りたいのだ。
「飲めよ」
圧が強い。
もう、どうにでもなれ。
一気にあおると、上唇に何か当たった。
慌てて、コップを離すと、中に入っていたそれは、毛虫と人の赤ちゃんのハイブリッドみたいなのが、ギョロ目を剥きだした。
そいつと目が合うなり、そいつは敵意剥き出しでうごめき始めた。
うぅ、口に含んだ黒い液体を吐き出すのを必死にこらえると、鼻からジリジリと液体が流れるのを感じる。
トメは酷薄に笑い、
「飲みこめよ」
喉元がそれを受け付けず、必死に抗っている。とにかく腐臭が鼻腔を行き来する。
が、ロクを思い、必死に飲み下した。
「猛毒獄獣、腐乱坊の幼体、こいつは一滴で千人はいける」
と、烏崑が取り落としたコップをトメが手にした時、棚に並んでいるコップの一つに、虎万璃がいるのに気付いた。確かにゲテモノと一緒に陳列された虎万璃に違和感はないけれども。
「3,2,1イェイ!」
掛け声と同時に、全身が火傷するような熱に包まれ、全身の汗腺から血が滲み、目玉や鼻、口が血しぶきをあげ、ブラックアウトした。




