愛しの公爵令息Ⅱ
出だしは快調そのものであった。
先の夜会で世話になった礼をしたいと、まず彼を我が自慢の交易都市ドレシアに招待した。館でお茶を楽しんだあと、本人からの要望で街なかを案内することになった。
エリオールは海が大好きで、ただでさえまばゆい瞳がらんらんに輝いていた。港の帆船にも強く惹かれているようで、異国から渡ってきた珍しい品々を見せれば会話は面白いように弾んでいった。
地の利は我に有り。最初は気心許せるお友達同士として、わたしは土台を固めていった。
夜会でもぬかりなく、彼が現れるとおぼしき催しには率先して出席した。
親しい貴族たちから、彼にまつわる情報も片っ端から収集していく。趣味や好み、得意なことに苦手なこと、ご家族との仲から交友関係に至るまで、どれも大切に記憶の宝石箱へとしまいこんだ。
それから、恋敵のことも。
彼はやんごとなき公爵家のご令息さま。その隣を狙う貴族の令嬢がほかにも多くいることは、致し方ないのである。
そこはディオスの出番だ。
エリオール宛てに、他所の家から恋文や贈り物があったとしよう。運ぶ使者には気の毒だが、賊と装ってディオスに襲わせた。
逆にこちら側の文や荷が狙われることもあった。しかし、攻守ともにわたしの護衛騎士に敵う者などいない。朴念仁ではあるが、あれで剣術は天下一なのだ。何人束になろうとも、すべて丁重に討ち取ってさしあげた。
こうして、わたしとエリオールの交流は、穏やかな海洋を渡る大型船のように順風満帆に進んでいった。いつしか、交わす手紙の文面に情熱をこめるようになり、二人の仲が特別であることを周囲が知るのも時間の問題となった。
そして、あるとき事件は起こった。
仕事で多忙な父が、必要な荷を受け取るために館に寄った際──なんと、うっかり偶然に! 廊下に落ちていたエリオールからの手紙を拾ってしまったのだ。
さすがの父も、娘が高貴なお方と情熱を交わしている事実を知ると、無関心を装ってなどいられなかった。
それでも直接問いただされるようなことはなく、代わりに親戚一同を密かに招集して、館で話し合いの場が設けられた。当人であるわたしは蚊帳の外だ。適当に歌劇の招待券を渡されて、暇を出された。
もちろん、わたしは出かけたふりをして館へ引き返した。こっそり、ディオスとともに廊下で聞き耳を立てていたのは言うまでもない。
このとき知ったのだが、時おなじくして向こうの家──シルクス家からのお声もかかっていたらしい。わたしたちのことで、正式に顔を合わせたいと。
相手は公爵家。父も独断は難しいと考え、ほかの者の意見を仰ぎたかったようだ。
無論、満場一致で「ぜひ、縁組みを!」と、参席した方々は拍手を送ってくれた。公爵家とお近づきになる機会なんて、めったにあるものではない。さっそく段取りを、と誰もが色めき立った。
しかし、肝心の当主である父は渋い声を上げるばかり。その場にいる全員に向かってこう言い放った、ひと言「気が進まない」と。
「あれはまだ若く、未熟者だ。身分の高い家と関わりを持つことの重大さをまるで知らない。浮かれた一時の熱で、大恥を晒すことになるのは目に見えている」
要は、不釣り合いであると。
あんまりな言い方だった。盗み聞きとはいえ、わたしの心は深く傷ついた。
冷たくされているのは幼い頃からわかっている。だからといって、人前でああもはっきり否定するなんて、酷いんじゃないかしら?
閉じたドアの前で、わたしは声を殺して嗚咽する。悔しい、腹立たしい……振り向きさえしなかったあなたに、わたしのなにがわかるというの? 瞼からあふれる熱い水を、乱暴にぬぐうことしかできなかった。
どれだけ周りが説得しようとも、爵位の冠を継いだ者が頭を縦に振らなければ、すべてご破算だ。
このまま終わってしまうのか。
彼とは結ばれない定めなのか……。
しかし、そこに思わぬ助け船が入った。
「ワタクシは賛成です。こたびの公爵家とのお話、ぜひともお受けするべきでしょう」
しゃがれの混ざった甲高い声。
継母の、アマンダ・ベルベットであった。
「華やかな場をお好みでない貴方は存じてないのでしょうが、すでに貴族たちの間ではこの二人のことがかなり噂されています。破談となれば、返って当家に悪い印象がつくでしょう。
浮ついた若者同士で、まぁけっこうじゃないですか。ベルベット家をより安泰に導くためにも、今回の件を活かさぬ手はありませんことよ?」
後妻のアマンダの強い主張をきっかけに、賛同の声がさらに高まっていった。最初こそ不満げにつぶやいていた父も、やがて重いため息を漏らし、渋々ながら受け入れる旨を告げた。
まさか、あのアマンダがわたしとエリオールの仲を取り持つなんて。
なにか裏があるかとも勘ぐったが、結果的に冷徹な父の重い腰を上げさせることに成功したのだ。彼女には素直に感謝しておこう。
その後の両家の会談もうまく進み、話は滞りなくまとまっていった。
そして季節が一巡する頃に、フィオナ・ベルベットとエリオール・シルクスの婚約は、正式に認められることとなった。
……そうだ、なぜいままで忘れていたのだろう。
わたしはいま、幸せの絶頂にいるはずだ。
愛を知らなかった少女は、とうとう自らの手でつかみ取ったのだ──貴族の令嬢としての幸福を、なにより己の存在意義を。
白嶺の華として、人生に美しい大輪を咲かせた瞬間であったはずだ。
なのに、なぜ……わたしは暗い闇のなかにいる?
ここはどこ?
どうして、エリオールの姿がそばに見えないの?
寒い、冷たい……。
……思い出すのよ、フィオナ・ベルベット。
いったい、自分の身になにが起きたのかを。
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