狼狽
微動だにしない大我を見て、レオは嫌な予感を覚えた。
「大我!しっかりしろ!」
力強く肩を揺らすと彼は大きく咳き込んだ。
その背中をレオはゆっくりと摩る。
「大丈夫か?息、止まってたぞ」
何とか息を整えた大我は頷く。
「ごめん。ありがとう……」
レオはじっと彼を見たが、誠二を慎重に抱えると立ち上がる。
「とりあえず今は、誠二をここから連れ出すぞ」
「うん」
二人は足早に部屋を出ると、エレベーターに乗り込んだ。
その中でも大我はなぜか浮かない顔をしている。
レオは気になったが、懐からスマホを取り出すと
着信の表示を押して電話をかけた。
「ボス。どうした?」
「ライ。誠二だが無事に取り返した。ただ、意識がないんだ。今からそっちに戻るから医者を呼んどいてくれるか?」
スマホから怒気を含んだ声が聞こえる。
「イアンのやつ誠二に何かしたのか」
「違う。あいつは手出ししてねぇよ。外傷もなかったし」
レオは落ち着いた声で話す。
「そうか。なら、いいんだが。医者は任せろ」
「ああ。頼む」
彼はそう言うと電話を切った。
隣に視線を向けると大我は相変わらず浮かない顔をしている。
「……大丈夫か?」
彼は首を横に振った。
レオは頭を搔くと、口を開きかけたがエレベーターが目的の階に到着した。
開かれた扉から外を見るとガラス越しに警察官が数人立っている。
その視線の先にあるのは大我がビルに侵入する前に気絶させた男達。
「だから、手荒な真似はよせって言ったのに」
レオは小さくため息をつくと身を翻して裏口に向かう。
扉の前に来ると少しだけ戸を開けて、外を確認した。
周囲に警官や人は見当たらない。
「ここなら見つからないだろ。行くぞ」
レオは誠二を抱える腕に力を込めると外に出る。
そして、数歩歩いたところではっとして足を止めた。
「誠二を抱えたままだと、さすがに目立つ。大我、タクシーを呼んできてくれるか?」
「わかった。誠二さんのこと頼むね」
彼はそう言うと走ってタクシー乗り場に向かう。
そんな姿を見てレオは難しい顔をする。
少しして大我はタクシーに乗って戻ってきた。
「お待たせ」
「おう。ありがとうな」
レオは扉を開けて誠二をそっと座席に座らせた。
「お客さん。泥酔か?車内で吐かないでくれよ」
運転手が困惑した顔でこちらを見つめる。
「心配しないでくれ。寝てるだけだから、吐かねぇよ」
「なら、いいんだけどよ」
大我とレオはタクシーに乗り込んだ。
車内でも心配そうに誠二を見つめる大我に彼は声をかけることができなかった。
タクシーが廃品置き場の前に着くと二人は車から降りる。
誠二は変わらず目を覚ます様子がないので、レオがまた抱えた。
「ボス。大我」
シャッターの方から男が駆け寄ってくる。
「ライ」
彼は目を開けない誠二を見ると眉を下げた。
「医者は呼んである。病室に運んでくれ」
レオが頷くと三人はシャッターの方に歩き始める。
暗い表情をしている大我を見て、ライが小声で話しかけた。
「ボス。大我のやつ何かあったのか?様子が変だぞ」
その言葉にレオはため息をつく。
「俺もわからねぇんだ。誠二を見つけてからずっとこの調子で……」
ふと、一瞬目を覚ました誠二が言ったことを思い出した。
『大我?よかった。ずっと、会いたかったんだ』
あの時の様子は明らかに今までと違う。
まるで、別人みたいに……。
「そういうことか」
レオは複雑な顔をした。
隣でライが首を傾げる。
「大我のことは俺がなんとかするよ。お前は誠二のことを頼む」
「OK」
レオと大我は薄暗い階段を降りて病室につくと、扉を開けた。
中には白衣を着た中年の男性が立っている。
「彼が病人?そこに寝かせてくれるかな」
「ああ」
彼はそっと誠二をベッドに寝かせた。
男性はベッドに近づくと聴診器を当てたり、手を取って脈を調べた。
少しすると彼は立ち上がりレオの顔を見る。
「心音も脈拍も問題ない。外傷もないから、何らかの原因で気を失ってるだけだろう。しばらくしたら目を覚ますはずだよ」
「しばらくとは、だいたいどのくらいですか?」
レオは俯く大我を横目で確認した。
「人によって変わるから、はっきりとは言えないが……。一週間以内には意識が戻るはずだよ。それでも目が覚めない時はまた、呼んでくれ」
男性はアルマに目を向ける。
「わかった。そんときは頼むよ」
「では、私はこれで。アルマ君。怪我もほどほどにするんだよ」
彼は茶色いドクターズバッグを持つと軽く手を振り部屋から出て行った。
その様子を見てレオはアルマに声をかける。
「あの医者。知り合いなのか?」
「日本に来てからちょくちょく怪我をすることがあってな。あの人にいつも診てもらってるんだよ」
アルマはふっと笑った。
「なるほど。まぁ、助かった。ありがとうな」
「おう」
ふと、視線を下に向けると大我はベッドに寝ている誠二を心配そうに見つめていた。
「今はそっとしておこう」
レオがそう言うとアルマは頷いて二人は部屋を出て行く。
一人きりになった部屋で大我は誠二の手を優しく握ると小さく呟いた。
「ごめんね……。兄さん」
それから日が傾きかけた頃、レオは病室の扉を叩いて中に足を踏み入れる。
「大我。悪ぃ。ちょっといいか?」
彼は頷くと立ち上がり、レオの後に続いて部屋の外に出た。
二人は少し歩いて武器庫に入ると真剣な顔をしてレオが口を開く。
「お前、誠二の記憶が戻るのを恐れてるだろ」
「えっ?」
大我の驚いたような顔を見て彼は大きくため息をつく。
「言いたくなけりゃ別に言わなくてもいい。だが、あいつの前ではそんな顔をするなよ。心配させるからな」
「……わかってる。でも、怖いんだ。 誠二さんが全ての記憶を思い出したら俺は軽蔑されちゃう」
小さく震える肩にレオは目を瞬かせた。




