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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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90/110

第79説 大西巨人の『神聖喜劇』を読んでいる。……

 大西巨人の『神聖喜劇』を読んでいる。現在4巻目(全5巻)まできたが、なかなか面白い。東堂太郎という驚異的な記憶力を持つ主人公が、その記憶力と弁舌によって、旧日本陸軍内部において、最下級兵士(二等兵)の権利を守ろうと闘う物語。

 いろいろな魅力のある小説なのだが、軍隊における上官・上級者の理不尽な下級者、特に新兵いじめを批判し、是正していくという主題に先ず惹かれる。旧日本陸軍内務班における古年次兵や下士官兵による新兵いじめはよく知られたことだが、それに対する告発といえば、わたしはやはり五味川純平の『人間の條件』を思い起こす。そこでは主人公梶の抵抗が描かれている。しかし、東堂の抵抗の仕方は全く違う。軍隊という世界が意外に法治主義的な合理を尊重する世界であることに着目した東堂は、軍隊生活を律している細々とした諸規定を後ろ盾にして自らの言動を正当化し、上級者の命令・指示のそれからの違背を指摘して二等兵の権利擁護のために闘うのだ。そこに引用される『陸軍礼式令』『軍隊内務書』などを読むと、法制的に旧日本軍の姿が浮かび上がってくる。もう一つ東堂の闘い方で注目されるのは彼が一人ではないこと、仲間がいることだ。これも『人間の條件』の梶とは異なるところだ。二人に共通するのはどちらも図抜けた能力の持ち主であるということだろう。それが「スーパーマン梶」などと批判されることにもなったのだが、凡庸な能力では強大な国家権力を体現している軍隊において、上官・上級者に対峙することはできないということだ。まだ4巻の途中なので、この共同の闘いがどんな展開を見せるかわからないが、楽しみだ。

 この小説には数多くの文学書からの引用がある。それは機に応じて東堂が想起する自身の読書体験であり、それがまた、かれの人生閲歴、思想閲歴を示すものとなっている。小説進行中のある時点でそれは始まるのだが、実に精しく、かつ膨大である。東堂の超人的な博覧強記がそこに示され、彼がまさにインテリであることがそこに定立されている。膨大な文学書の引用、東堂の述懐・解説の間、小説の進行は停止しているのだが、作者はそんなことには頓着しない。そしてまた、この小説にとってそれは余分な部分では決してない。文学と人生との関わりがそこでは語られているのであり、文学が人生において持つ意味が静かに説かれているのである。それはこの小説に広がりと深さをもたらしている。

 様々な人間のタイプが描かれていることも魅力のひとつだ。どの人間像も現在我々が周囲に見出す体のものだ。部落差別の問題も大きな位置を占めている。日本社会にある差別・偏見は残らず軍隊にもある。職業、学歴による差別・偏見も庶民である兵士一人一人の内面を通して描かれている。それらは全て現在の日本社会に通じるものであり、驚いたことに旧日本軍は現在の日本社会の縮図とも言えるのだ。

 日本文学にもこういう骨太い作品があったということは喜ばしい。五味川純平の文学と並ぶ貴重な業績であり、貢献であろう。                 


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