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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1980年代

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12/110

    同上    の5

 誰からも無視されたように働いてきたばあさんが主役になるのが店の閉店時刻だ。客は帰ってしまい、洗い場の仕事だけが残る。店を閉めてから最低三十分、ばあさんの仕事は続く。粘っていたたった一組のアベックが帰って店を閉めた場合でも、片付けに三十分はやはりかかる。客が多かった日などは一時間以上かかることになる。ばあさんも含めて従業員を送らなければならない専務や私はその間待たなければならない。仕事を終えた仲居達もそうだ。板前達は既にあがっている。一日の仕事も終ろうとしている。だがそれを終らせるのはばあさんなのだ。ばあさんの仕事が終らぬ限り、家路に就くわけにはいかない。ばあさんが主役になるというのは、皆が彼女一人を待っているという意味だ。

 仲居が洗い場に入って手伝い、食器もすべて洗い終り、床も流し終り、ゴミを捨て終ってもばあさんの仕事は不思議なことに終らない。

 仲居達が床几に座って雑談を始める。煙草をふかす。住み込みの板前がふらりとやってくる。前に書いた御曹司の板前だ。彼―Yとしておこう―はこうしてやってきては酒をねだる。仕事を終えて、一人部屋で寝るだけでは淋しいのだろう。

 水割りのグラスを手にして床几に割りこんだYが「こら、〇〇子、尻をどけろ」と仲居の一人に言う。「二人分もあるでかい尻して」。Yは酒を飲むと饒舌になる。御曹司育ちのの名残か、人を見下した物言いが多くなる。彼は既にほろ酔い気分なのだ。板前達は仕事を終えた後、遅い晩飯をとる。その時、二、三本のビールを空ける。下戸の板前が二人居るので、Yはビール一本ほどは飲んでいるはずだ。食事の後、板前達はひとしきり雑談し、通いの板前が帰ってから、Yはこちらにやってくるのだ。「何がね、この酔っ払いは! 」仲居が言い返す。「酔ってませんよ。これから酔うんですよ」Yがおどけて言う。「いつも酔っとるやないね。たまにゃ醒めた顔見せてみんね」周りの仲居が笑う。Yとその仲居との間で二、三回の応酬があった後、「よし、やれ! 」というわけで、仲居二、三人がYの急所を摑みにかかる。奇声を上げてYは逃げ出す。仲居達が追いかける。私が名付けたところの「夜の運動会」だ。Yは便所まで追い詰められ、女便所の中に、内側から鍵をかけて閉じこもった。しばらくして、もういいだろうと出てきたところを、通路で声を殺して待ち構えていた仲居達に取り押えられ、思う存分急所を握られたのだろう、Yの間の抜けた絶叫が消燈した店内に尾を引いて流れた。


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