序 一章 女性初プロ野球選手
序
何もない世界、何もない場所。
私は誰?
いくら自分に問うても、答えはでない。
広がる闇、漂う波、何れの浮遊物、手を伸ばしても届かない。
もどかしさだけが残る。
ただ唯一出来る事、意識を彼方に飛ばし思いを紡ぐこと。
眩い光が洪水のように溢れだした。
一章女性初プロ野球選手 ①
CSシリーズも大詰め、まさに最高潮の瞬間をむかえていた。
日本シリーズへの出場権をかけた最終戦。
舞台は甲子園球場。
三位で進出を決めた広島オリエンタルレッドシャークは、二位中日ブルーアイズドラゴンズをプレーオフで下し、迎えたリーグ王者阪神ホワイトタイガースとの最終局面。
三対二、シャークリード、九回裏ツーアウト二、三塁の大ピンチ、マウンドには抑えの切り札、女性初のプロ野球選手、水田菜緒が立っていた。
歓声と怒号それに野次が飛び交う。
袖で額の汗を拭うと、帽子のつばに触れ目深にかぶり、周りをシャットダウンする。
息を整え、集中する。
キャッチャー達河のサインは変化球、菜緒は大きく首を振る。
達河は小さな溜息をつく。
次のストレートのサインに菜緒は頷く。
セットアップポジションから、振りかぶりソフトボール投げに近い変則下手投げで、ライジングボールを投げる。
インコース高めのピンボールに、四番バッターはのけぞると、彼女を睨みつける。
球速は130キロを記録、上手投げと違い、体感スピードは球速表示以上に感じる。
彼女は軽く頭を下げる。
二球目はアウトコース低目にチェンジアップで、バッターのタイミングをずらし見逃しストライク。
三球目は同じコースにライジングボールをファウルでツーエンドワン。
ピッチャー有利のカウントから、もう一度ビンボール、画面スレスレに球がバッターを横切る。
ふんぞり返り、激昂するバッター。
騒然とする両ベンチ、今度は意に介せず、菜緒は涼しい顔でロージンバックに手をやる。
ノーワインドアップから大きく振りかぶり、渾身の一球を投じる。
ど真ん中のストレート、四番のフルスイング。
ミットに球が収まる。
電光掲示板に球速140キロ。
菜緒はガッツポーズとともに雄叫びをあげる。
キャッチャーと抱き合い、チームメイトから揉みくちゃにされた。
前年度最下位からの日本シリーズ出場権獲得、奇跡が起こった瞬間だった。