表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/368

子どもの7人に1人が貧困状態に、へえそうですか、大学の進学率は上がりまくっているのに?

妙なグラフだなーともやもやの取れないせみころーんさんですーどーもーととととととととて。とてっ。


これみて、すらあっーしゅさんは「じゃかあしい!なにが貧困じゃあ!」といきなりskypeで怒号が聞こえてきました。


そりゃそうでしょうねえ。


日本の貧困率は1985年には11%と大変低く、優秀な国家でしたってことになってますから。


これねえ、私やころーんさんはともかく、その親の世代はどう思いますかね?


怒るんじゃないですか?


アムパサンドさんは「大学進学率が25%を切っている1985年に貧困率が11%ということは、2020年の貧困率は6%にしないとつじつまが合わない」と何度も電卓をたたいておりますが、納得した数字は出てこないようです。


なぜ日本が1960-80年代の貧困をひた隠しにするのかは、ちゃんと理由があります。それは親が大学出てないのに、子は立派に出たというケースを見ることが少なすぎたからです。


まだ高校数学に群論初歩やオペレーションズリサーチがあった (こんなこと言っても誰も信じてくれない世の中になってしまいました!詳細はモノグラフの公式集を読んでください) ころ、当然の話ですが、ここまでやって大学に行けないケースは存在しませんでした。


とにかく高校数学を思いっきり拡張して、ついていけなくして大学に来られないようにする、これが昭和のニッポンでした。


大学にもメンツがあったので、そう簡単には水準を下げたくなかったのです。ほんとに1970年から10年強はソ連式に近かったんです。


ところが、1970年代から中学生以下の児童の数が増えすぎたため、授業数を確保どころか授業崩壊が日常的に起きるようになり、日本は大学に入れてあげようという世の中に舵を切りました。


もっと早く切るべきだったのではないかと思います。


すらあっーしゅさんは妙に切り取られて高校数学の教科書が書かれていたことを、今でもお怒りの様子ですが、どっかを切り取らないと週休5日制では間に合いません。


「全部5日制やと、そら、、解析は軒並みアウトやろ」とすらあっーしゅさんは言いますが、解析どころか何から何までアウトです。


このため、30年前なら即日高卒で社会にたたき出されたはずの児童が、なぜか大学進学を夢見るようになってしまって「貧困だ!」とわめく世の中になりました。


わめくことはいいことです。


しかし


昔はどうだったのか、検証が行われず今が貧しいといわれるのには違和感があります。


私の世代ですら、3割が中学数学で落ちこぼれ、もう3割が高校数学で落ちこぼれていましたが、おとおさんの世代はこんなものではなかったそうです。


「いやー、田舎だと9割勉強しないんだよねー。まともな大学生は、がきんとき先生の言うことを聞いて上位1割ってのだけ。その1割ですら、半分以上は文系」ですから、私の世代よりはややひどかったみたいです。


ただ、今大学進学を目指す層は、昔目指していた層とはまるっきり違ってしまっているのですから、比較対象にはなりません。


1985年に貧困率が11%、ですか。


実際の貧困率は33%くらいだったと考えています。これならつじつまが合います。


だいたい、33%はどうあがいても大学には行けない、44%はいける学力はあっても学費がない、残りの23%が大学生になりました。


いける学力はあっても学費がない人を貧困層とは、呼ばないのです。


本物の貧困層は、どうあがいても大学には行けない、です。これがほんとに多かったのです。まず、根が田舎者なのか、人の話を熱心に聞くことができないんですよ。


なんでできないのかというと、もう小学校で落ちこぼれているので、わかんないんですよね。中学生くらいから文芸作品の購読をやりますが、これがもうわかんない。


わかんないので学校で暴れている、そんな児童がたくさんいました。彼らは、今大学進学予定の子供を1-2人ほど抱えている、こんなところだと思います。


「暴れて馬鹿を見たので、反省して結婚して、子供には親の後に続かないように、ってのなら成功、成功やん」ところーんさんは今の貧困率は問題ではないと思ってます。


私は、別の問題が出たと感じています。ころーんさんは、これが、わからないといいます。


所得はあっても情報はない、所得はなくても情報はある、この不一致が強くなってまいりました。昭和のニッポンは「所得はあればあるだけ情報があるのが当たり前」だと考えました。


コンピュータもFAXもなーんもなく、中高一貫のトイレは荒れないが公立のトイレは荒れ放題、これが当たり前で、所得が増えれば増えただけの学校に入れる、日本中どこでもそうでした。


なので、この通りに時が経つだろうと思われていましたが、21世紀に入って変わってきました。


今はどうでしょうか?東大生の親ですら、子供は東大に行けなくなってしまうことは普通にあり得ます。親の頭が賢いと、親は子供に同じ伝統を教えたがるため、情報格差が生じるといわれていますが2020年代はこれが常識になっています。


親の頭が賢くない場合は、即日塾に入れるため、格差が生じるどころか好転するのです。ひょっとすると、こんなケースは日中韓くらいしかないかもしれません。


そんな国家が「貧困率が上がった」というと、まだまだ極貧層が列をなすアジアの周辺諸国に怒られるんじゃないでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ