人文知軽視の政権は失敗する?
なんだこりゃとおもったせみころーんさんですーどーもーととととととて。あんまりころーんさんは驚いていないみたいですが、私はちょっと驚きでした。
なんでしょうねえ、左翼の方々ってのはまだ「新しい思想は新しい言葉から」って本気で信じてんでしょうかね?
2020年代の異世界、日本、あとそのほか大勢の国家は誰もそんなこと思ってません。「新しい思想は新しいプログラミング言語と数学と語学から」です。とっくの昔に。
それを「人文知」という言葉で置き換えられるのはちょっと、ねえ。
キム委員長が重篤なのに、何考えてんだって話です。「どんっ!」はありません。呆れてますので。
よく考えてみれば、電子音楽で日本人の作品が受理されたときも、ISCM1975に武田明倫さんの作品、ブールジュ電子音楽コンクール1979で久保摩耶子さんの作品が入ったのですが、このお二方は日本の作曲科卒じゃありません。
人文知を連呼した結果、指導する教授はおろか、作曲家の学生すら手を付けないというありさまで、結果的に日本の作曲科卒じゃない人が次々と乗り込んできたのです。
このように人文知の連呼はあっというまに田舎者の塊になります。
今は人文知を重視しすぎて、無人機攻撃が主流なのにいまだに核ミサイルを撃つことにこだわる政権が、危険な状況になってまいりました。
これを見てわかるのは、人文知を重視して本まで出した毛沢東、ムアンマル・アル=カッザーフィー、サパルムラト・ニヤゾフの人生では、国は持たないということです。
今思い出しましたが、田舎者の塊で人文知が支配した世界のほうが、うれしくて仕方がない共産主義者は多いんじゃないでしょうか。
私やころーんさんが生まれるはるか前の話ですが、日本国内における理系数学の専攻者は国民の1割を切っていました。つまり、9割が人文知。
9割も人文知というのはちょっと考えられないのですが、当時の日本はこれが常識でした。で、これに従えってやつでした。
ところが、こんなバカなことがあっていいわけがないと、気が付く人々が現れました。私はその世代のちょっと後かな。
それでも、8割が人文知です。
ぞっとするほどバカみたいな結果ですが、ころーんさんは「人間って、すぐ進化しないからダメだってばあ」「まだまだ数学の得意な女性ってのは日本はおろか海外ですら差別されている」「この差別が続く限りはダメ」と。
そうでしょうねえ。
人間はすぐ進化しないってのはつらいですよねえ。日本だって反省を余儀なくされてからまだたったの75年ですよ。
キム委員長の住んでる国は、これから反省を余儀なくされる、それだと、、今から75年も苦痛の日々が始まるということです。
これは大変ですよ。今から75年たっちゃうと、日本の人口は6000万をちょっと上回るくらいですねえ。韓国は2000万です。
北朝鮮はもう1000万もないでしょう。そのくらい時間が経ってしまったとき地球はどうなってるでしょうか。
1000万もなくなってしまったとき、もう吸収しようか、なんて話が出るのは自明の論理です。広西チワン族よりも少なくなってしまっています。
こんな時、もう民主主義なんて意味がありません。武力を行使して征服してしまった国が正しくなるでしょう。その時に初めて気が付くんでしょうね。
「人文知は平和主義の弊害」と。
どんな国家も、傷つけられて初めてわかるんですよね。これって直らないんでしょうか?
そばでかっらいかっらいポテリング新発売をのんきに食ってるころーんさんは、「直らない」って言ってます。
困るよなあ。
なんとかならないもんでしょうか?
うーん、これならどうでしょうか。
「人文知の連呼をやめろ」「ちゃんと未成年に正確な情報を教えろ」
これしかないんですよ。
でもこれって守られてるでしょうか?全然そうじゃないでしょ。
なので、いまに21世紀中に日本は学制の改革が行われるのではないかと睨んでいます。そうです。学齢主義が廃止されるということです。
今コロナで休校中の学生さんは多いですが、人によってどこまで勉強するのかは全部異なります。これに気が付く児童は多いでしょう。
それならもう17歳で大学に入りたい、15歳で入りたい、こういう人がいても全くおかしくありません。
私は「人文知どころか、長い言葉を使うことすら忌避される」んじゃないかとさえ思っています。言葉を必要としないってところまではまあ今世紀はなさそうですが、、
くおてしょんさんはskype会議で「にゃーーんっ!!」とか言って驚いてましたが、何で驚くのかがわかりません。
人類は情報の精鋭化に向かっています。それなら無駄な言葉がなくなるのは当たり前です。
大卒6割世代が日本でまとまって出てきた時にどうなっているか注目です。




