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これが俺のトーンクラスターだ!

今日はどっかの国会議員さんの不適切言動を攻撃する内容ではなくて、世界中に散らばるトーンクラスターの活用法についてご説明いたします。司会はせみころーんさんですーどーもーーーーーーーととととととてててて。


トーンクラスター、そうですね、ピアノの鍵盤を全部押しとかいうあれです。


そもそもこれは、なんで必要だったのかその経緯からはいります。


まず最初にですね、、、


そんなに多くの音符を押す必要があるのか、という話から始めます。


グスタフ・マーラーの交響曲第10番の第204小節を調べてみてください。imslpで確認できます。音源はYoutubeをお使いください。今日私が聞いていたのは1972年のブルーノ・マデルナの指揮によるものでした。


これねえ、びっしゃー!と12音のうち同時になる音が10音。もうコードネームや数字付き低音でどう分析しようが、別の結果が産出されるわけでして、ここまで音の数が多いと、ドミナントなのかトニックなのか全くわかんなくなってしまってるんですよ。


マーラー本人はこの10音の音集合をドミナントだと思ってたらしいです。なんとかオーケストレーションの濃淡でドミナントが知覚される、ってとこでしょうねえ。


こういうのエクリチュール科では、やるんでしょ?ころーんさん。


ほらやるっていってる。そりゃそうでしょうよ。音楽高校とかでも授業で絶対出てきますから。


もうそれ以前にですね、ドビュッシーの前奏曲集第2巻の「霧」とかいうやつ、あれもいきなり、最初の5連符で、もう7音使っちゃってる。いきなり複合音を使えるかどうかってのが、1910年代のトレンドだったです。


もちろん、こんなことができたのは少数の優れた作曲家だけです。パウル・ヒンデミットですらこんなことやりません。


そうすると、、同時に一番多く押さえたやつが一番強いんだろ、って考えの人も出てくるわけです。この方がチャールズ・アイブズでした。


彼なピアノソナタ第二番の第二楽章で「右腕でピアノの黒鍵を14と3/4インチの板で押さえる」ように要求し、左手は全部白鍵によるメロディーが展開され、当然のように右ペダルが踏まれるので、事実上12の音が全部空間に漂っていることになります。


ここで気が付いていただきたいのはですね、、


「一番多く押さえた俺かっけー!」という思想です。


ここに、聞いて美しいかとか、聞いてよいと思ったか、ってのは一切入ってないんですよ。ほらこんなことしてやったぞどうだざまーみろ、ってのに近い。


これこそが現代音楽の思想なんですよ。とにかく、競争が展開されたら、その中で勝てばいいんだと。勝てば何をやってもよいんだと。


不幸にもアメリカ人作曲家アイブズの不謹慎な思想は、2010年代を覆ったコンセプチャル作曲の流行と軌を一にしております。


で、トーンクラスターは1960年代に流行の頂点にまで上り詰めましたが、1970年代になるとものの見事に西側社会から忘れられました。


この経緯はフランコ・ドナトーニの人生を追うだけでわかります。1960年代に真っ黒なスコアでどこもかしこも12音組織で埋め尽くされていた「Souvenir」が、1970年代になると霧が晴れたかのように快適なメロディーを「Spiri」で歌います。


ドナトーニですら、1970年代でトーンクラスターを使ったら負け、これに気が付いてしまいました。


ここらへん、作曲家によって相違があったようです。カジミェシュ・セロツキはPianophonieでまだクラスター全開で、タデウシュ・バイルトのオーボエ協奏曲はまだ聞き苦しくはないけれども弦楽はちょっと微妙なクラスターです。まぁ、ポーランドの情報不足が背景にあった可能性こそありますが。


1970年代にトーンクラスターを使ったら負け、と最初に宣言できたのはReinbert de Leeuwの「告別 Abschied」だったような気がします。根拠はありません。


Youtubeにあるので聞いてみましょう。


ぽち。


新ロマン主義を全肯定してるのがすらあっーしゅさんは非常に気になるみたいですが、私はそうではありません。ゴウモエラーは「普通のオーケストラ作品でどこがどう新しいのかさっぱりわからない」って言ってます。ころーんさんは「、、ノーコメント、、」、、からくちだなあ。


ちょっとこれ白けるよねってとこもありますが、私はこれ悪くないよなって思うんですよ。でーよーく聞いてみてください。もうクラスターなんてどこにもありません。印象派どころか後期ロマン派ではないかと思える和音の連続。


ただし、旋律断片や和声を自由に組み替えて、面白いところだけ拾うのが当時としては斬新だったんですよ。


なんでそうなったんでしょうか。答えはもうお判りでしょう?「『競争が展開されたら、その中で勝てばいい』では、聞いても楽しくないではないか」ということでした。こうして、聞いても楽しい音色のオンパレードが1970年代を覆いつくしてしまいました。

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