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変異種

 ――ゴブリンエンペラー


 存在が僅かしか確認されていない変異種の一体。本来であればゴブリンの群れの長はゴブリンキングである。だが稀にゴブリンキングが生まれず、キングの取り巻きとして生まれるゴブリンジェネラルが異常発生するときがある。そのゴブリンジェネラルが互いに()()()()を始める。そして生き残った最後のゴブリンジェネラルが変異種であるゴブリンエンペラーとなるのだ。


 過去に確認されたゴブリンエンペラーは僅か3体。いずれも討伐されているが、討伐されるまでに甚大な被害を及ぼした。例えゴブリンであろうと変異種ともなればゴブリンエンペラーの1体だけでも、大きな街を破壊することができる程の力を持っており実際にいくつも街や小さな国は崩壊した。たかがゴブリンと高を括った冒険者も数多くいたが、そんな冒険者達ほど対峙した瞬間に逃げ出そうとした。もちろん逃げ切れるはずもなかったが。


 ちなみに討伐された3体のうち1体は当時勇者だった桜が、1体はナハトとセレンの二人が討伐した。残り1体は更に過去に冒険者によって討伐されたと記録されている。






 それが今現在私と真緒が対峙している魔物の正体だったはずだ。その姿はゴブリンとは思えぬ程に筋骨隆々。手にはどうやって作ったのか分からない程巨大で無骨な剣。そして高さはゆうに5メートルを超える。ゴブリンであるということは初見では分からない程かけ離れている見た目に私達は……特段何も感じていなかった。当然といえば当然だ。もう過去に何度も見たから。これよりでかい魔物なんてそれこそごまんといたのだから。


「ハァ……フゥ……よし。だいぶ体力戻ってきた。真緒は下がってなよ。私がやる」


「何を言うか。体力が戻ったからと言ってもそれはほんの少しじゃろう。しかもお主は魔力も消費してるときた。ならばここはわしに任せておけ」


「真緒も魔力ないでしょ」


「ふん。既に3割程度は戻っておるわ。お主、さてはわしの得意技を忘れたな?」


「あ〜。あったね〜そんなの。元魔王とか抜きにしてもずるすぎでしょ。あんたが一番チートなんじゃないの?」


「あほぅ。これはわしが魔力効率を長年研究した結果じゃ。それにわしと同じくらいの魔力を持っておったお主にだけはチートとか言われとうないわ」


 なんて言い合いもできる程度には恐怖なんてなかった。それよりかは心配事の方が大きい。


「それで、どうする? 早くしないとあいつこっちに来ちゃうけど」


「ふむ。ならば仕方あるまい。わしがアレを倒そう。お主は援護でもしとれ。若葉のためとお主は言ったがわしの魔術が効かんかったような顔をしてるあやつをわしはぶった斬ってやりたい。だからここは譲るがよい」


「……はぁ。しょうがないわね。でもいいの? これは元々私が言い出した我儘なのに」


「今の実力を試すいい機会じゃということもお主が言ったんじゃ。それにまだ旅は始まったばかりじゃぞ。こんなところで死ぬわけなかろ。というかお主はわしが負けるとでも思っておるのか?」


「それはそうだけど……」


「わしを信じるがよい。すぐに終わるわ。お主の援護があればの」


「……分かった。今回は譲る。だから早く終わらせなさい」


「分かっておるわ。それにそろそろしびれを切らした奴が来るからの」


「グゥゥオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 穴から飛び出してから観察でもしていたのか、ほとんど動かなかったゴブリンエンペラーがとうとう動き出した。


「手始めに魔術から行くかな。『水牢獄(アクアプリズン)』」


 私が魔術を発動すると空中から水が出現し、ゴブリンエンペラーの足元から全身を水で包んでいく。出来上がったのは巨大な球体の水の牢獄。


「ゴボッ!? ゴボボボボボ!!!」


 足元から来ると思っていなかったのかゴブリンエンペラーは容易く入ってくれた。でも流石にきつい。サイズがでかすぎる。でも足止めするだけならこれで十分だ。


「よし! そのまま止まっておれ!」


 叫ぶや否やそのまま水の牢獄に向かって走り出す真緒。走りながら右手を横に広げる。そのまま何かを掴み取るような仕草をすると、右手にゆらゆらと影のようなものが現れる。



「『死神の大鎌(デスサイズ)』」



 それは巨大な鎌だった。黒く染められ形作られたそれは名前の通り死神の持つ大鎌のようだった。長さは2メートル程あり、背が低い真緒が余計小さく見える。


 軽々と自分の背丈よりも倍以上の長さもある大鎌を振り回す真緒はゴブリンにも助けた冒険者の子達にも異質に映るだろう。


「その首飛ばすがよい」


 水の牢獄に向かって跳躍。黒い大鎌がゴブリンエンペラーの首へまるで吸い込まれるように向かっていく。だがそれだけでやれるほど変異種という存在は甘くない。


「ほぅ。これを()()()か」


 そう。避けたのだ。真緒の大鎌による斬撃をあの図体で、しかも私の『水牢獄』の中にいる状態で避けてみせたのだ。


「ならば次は避けられるかの?」


 即座に真緒はその場で切り返し、ゴブリンエンペラーを斬ろうとする。ゴブリンエンペラーはさっき避けたばかりでまだ真緒に反応が追いついていない。


「殺った!」


「あ、やってないフラグ……」


「ゴボボボボボ!!!!」


 真緒が迂闊というかなんというか、定番なフラグ発言をしたら突然ゴブリンエンペラーが水の中だというのにぐるりと回転し後ろを振り向く。そしてそのままゴブリンエンペラーの首へ迫っていた真緒の大鎌による斬撃を避けてみせた。


「はあ!?」


「嘘じゃろ!?」


 まさかあれを振り向いて避けるとは思ってなかった。ゴブリンエンペラーってこんなに身体能力高かったっけ? というかそれ以上に気になることが1つある。


「これは……魔術も衰えてるね……」


「ふん。女神に力を返し続けていたのじゃ。お互いに全盛期には程遠いのは当たり前じゃが……いざその現実を叩きつけられると中々きついもんじゃな」


 私の独り言にいつの間にか戻ってきていた真緒が反応する。そう。問題はそこなんだよね。本来の『水牢獄』は水の中に閉じ込めるだけじゃなくてその中、牢獄にいる状態ですら動くことも許さない程の拘束力を持つ魔術だ。水の中に閉じ込めるだけあって当然空気がない。そのまま窒息させられるという結構使い勝手のいい魔術だ。


 ただ、今見る限りだとどう見ても……。


「窒息する気配……ないよね」


「これも弱体化している、という訳かのぉ?」


 不意打ちだったにも関わらずあいつは苦しそうにする様子が見られない。魔術に衰えが見られても窒息する効果だけは弱体化しようがないはずなんだけど、あいつの身体能力の高さが原因だろうか。


 それにしても普通なら真緒の大鎌を避けることなんてありえないはずなのだ。それなのに避けたということは真緒の言う通り弱体化していることになる。つまり今の私達は力の使い方は分かるけど出力が大幅に足りないということ。この状態だと勝つどころかまともに攻撃が入るかどうかさえ怪しい。


「だからってやらないという選択肢はない」


 水がダメなら風だ。風の魔術は目に見えづらい。だから私はよく使う。逆に火と土はあまり使わないから得意じゃないけど。


「とりあえず『水牢獄』解除。それから『風刃(ウィンドカッター)』」


 『水牢獄』は常に敵を捕らえ続けているよう形作る魔術だから徐々に魔力が減っていく。とりあえず『水牢獄』を消してから、見えない風の刃がゴブリンエンペラーへと放つ。狙いは足。たとえどんなに巨大でも足を潰せば動けなくなる。そうなればその巨体なんて無意味だ。けどそれも甘かった。ゴブリンエンペラーは持っていた巨大な剣を『風刃』が迫るタイミングで振り上げた。


「グオオオオオオ!!!」


「うわっ!」


「なんじゃと!?」


「「「きゃあああ!!」」」


 弾かれた風が辺りに撒き散らされる。私の『風刃』は三日月のような形をしている。それが崩れたら刃としての機能を無くすように設定してあるから幸い撒き散らされた風に殺傷性はないけど、それでも早く相手に到達するようにしてあるからかなりの強風だ。


「……それ、使うんだ」


 なんてどうでもいい感想が出るほどに驚いている。けどこれは困った。ゴブリンエンペラーは私の『風刃』をも止めてみせた。これだと他の魔術でも結果は同じかもしれない。


「次は……斬撃?」


「当たればの話になるんじゃが」


「じゃあはい。『速度上昇(スピードアップ)』」


「ありがたい。これなら、どうじゃ!」


「うわはっや」


 真緒に『速度上昇』の魔術をかける。そのまま真緒はゴブリンエンペラーへと向かっていくが、先程よりも更に速くなった真緒はこんな速さになるんだ。覚えておこう。というか真緒、ゴブリンエンペラーのこと通り越してるし。


「ぐ、ぬ」


「ガアアアアアア!!!!!」


「あっぶないのぉ!」


 真緒が方向を変えようとスピードを落とした瞬間を狙ってゴブリンエンペラーは跳躍し大剣を振り下ろした。あいつもあいつでなんて速度だ。ただ真緒は危ないとか言いながらも余裕で避けてる。そして跳躍。ゴブリンエンペラーの首元へ今度こそ、その大鎌は吸い込まれていった。


「ぬ?」


「止まった?」


 大鎌がゴブリンエンペラーの首に少しくい込んで止まってるように見える。かなりの速度が乗った一撃だったはずだけど。一体どれだけ硬いのか。でも今なら。


「こっちからも……『飛閃』」


「ガアアアアアアアアア!!!!!」


 後ろを向いてるから簡単に『飛閃』を放つことができる。同時にずっと持っていた刀からみしりと嫌な音が聞こえた。そろそろ限界が近いみたいだ。でもまだだ。まだあいつは倒れていない。


 飛閃がゴブリンエンペラーの首の後ろ、うなじの部分に飛んでいく。斬撃がゴブリンエンペラーに当たる。けどやっぱり斬れない。ほんの少し前にゴブリンエンペラーの巨躯が動いただけ。でもそれでいい。今は首元に真緒の大鎌がくい込んでいるから。もっと奥までくい込ませる。それが狙いだ。


「ぬぅ。かったい、のぉ!」


 狙いは成功だ。途中まで進んだ大鎌はゴブリンエンペラーに確実に傷を負わせた。


「む。抜けぬ」


「! 真緒!」


「グオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!」


「おっと。危ないのぉ!」


 ゴブリンエンペラーが首にくい込んでいる大鎌を真緒ごと掴もうとして手を伸ばす。それを真緒は軽々と避ける。ついでにゴブリンエンペラーの後頭部を蹴って私のところまで跳んできた。


「グゥゥウウウウ!!!」


 首の途中までくい込んだ大鎌をゴブリンエンペラーは力尽くで強引に抜く。そんなことをすれば当然血が噴き出す。


「グガアアアアアア!!!!!」


 深々と刺さっていた大鎌を無理矢理抜いたんだ。あいつは苦しそうにその場で叫ぶ。だけどそれをすぐに抑え込んで私達を睨みつける。どうやら痛みよりも怒りの方が勝ったみたいだ。そして手に握っていた真緒の大鎌を私達の方へと投げる。


「戻れ『死神の大鎌』」


 回転しながら飛んでくるそれを真緒が声をかけるとピタリと空中で止まり、そのまま一直線に真緒の手に飛んできた。


「さて。どうしようか」


「お主……この事態を楽しんでおらぬか?」


「そんなことはないよ。ただ……」


「ただ?」


「ただ……そうだね、少しだけ懐かしいと思ったんだ」




 ――そうだ。私は懐かしいと感じているんだ。さっきの戦いの中でも懐かしいと感じた。無意識にいつからか求めていたのかもしれない。地球で無為に過ごした灰色のような人生よりも、あのたった一年間しかなかった旅路を。


 もう戻れないことは知っている。私はあの結末に後悔はしていない。自らの意思で私は勇者として戦い、魔物を屠り続け、私の目の前の人だけを救い、同時に誰かを救えずに、そして最期に大事な仲間に傷だけを残して死んだのだ。


 今でも別のやり方はなかったかを考えることがある。考えてしまう。笑っていて欲しいと願った仲間を泣かせて死んでしまったのだから。


 それでも。それでも決して後悔はしていない。召喚され、命じられ、戦い、戦い、戦い、戦い続けて死んだ哀れな勇者はそれでもその結末を望んで受け入れた。


 本当は懐かしいと感じてはいけないことなのだろう。一年間の旅の終わりとして仲間の目の前で死んだのだから。けど私は満足している。自分勝手だということは分かっている。分かってはいるけど、私は満足してしまっている。でも、それでも、守られてしまった仲間はきっと一生悔やみ続けてしまうだろう。


 だから今度こそは誰かが満足できる結果で終わらせる。そのためには――


「こんなところで、始まったばかりの場所でいきなり終わってたまるか。変異種たるゴブリンエンペラー。お前をここで斬る」


「よう言うた! ならばわしも本気を出すしかあるまい」


「真緒」


「分かっておる。わしが『アレ』を出す。お主は贋作でも良いからトドメだけでもさすがよい」


「ごめん……じゃないか。ありがとう」


「分かっとるではないか。では行こうかの」


「グオオォォォォォォオオオオオオ!!!!!」


「怒りまくりじゃな。じゃが、それも終わりじゃ。お主は何もできずに死ぬ。ここで巣を作っていたことも、暴れようとしていたことも国に伝わることはあるじゃろう。しかしじゃ。その結果はお主は何もなすことなく無様に新人冒険者に斬られるというものしか残らん。わしから言えることはただ一つ。――諦めるがよい」


「言葉通じないでしょ。今はもう魔王じゃないんだから」


「……そうじゃな。では終わらせようかのぉ。そうじゃ。これはもう使わんな」


 ずっと持っていた大鎌を真緒は手放し自らの()の中に落とす。その間に私は少し後ろに下がる。そうじゃないと巻き込まれるから。逆に真緒は怒り狂うゴブリンエンペラーの元へ歩いていく。はたから見たらただの自殺行為にしか見えないだろう。実際に横から『隠蔽』の効果で見えないけれど小さく悲鳴が聞こえた。


 そんな心配されているという事実をよそに、当の本人はゆっくり、しかし先程までとは違い異常な圧力を纏いながら前へと進む。


「変異種まで進化したところまでは褒めてやろう。故にわしが敬意を持ってお主を斬ろう。光栄に思うがよい。わしが魔王と呼ばれた所以じゃ」


 真緒の体からとてつもない魔力が放たれる。真緒を中心に放たれたそれはやがて収束していき小さな剣を形作る。小さい、といっても普通のサイズだ。さっきまで使っていた大鎌に比べたら小さいというだけだ。


「死んで以来か。随分と待たせた。もう二度と振ることはないと思っていたが……運命とは分からんものじゃな」


「グゥゥゥゥゥ!!!」


「さて、出番じゃ。今一度だけわしに力を貸すがよい」


 そしてそれは膨大な魔力を放ちながら真緒の前に浮かび上がる。最早暴威とも呼べるほどに吹き荒れる魔力を、まるで微風のように受け流しながら真緒は手を伸ばす。




「さあ、蹂躙(終わり)の時間じゃ」




 かつて世界を滅ぼさんとした魔王を最強たらしめた力が、今再び顕現した。

遅くなりました。お久しぶりです高澤です。

今回分けようかなと思ったのですが、短いので分けなくていいと思い一気に最終局面までいきました。

やはり戦闘描写は難しいですね。全然進まない……。

まだ最初の国にいるんですよ……主人公。

これも全部自分が書くのが遅いからなんですけどね。


次で戦闘を終わらせたいと思っています。その後は助けられた冒険者視点の予定です(あくまで予定)


それでは次のお話で。

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